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雪の中で、夢はいつかはかなうものであることを知った

青森県むつ保健所にいたときの話です。
本庁から二次医療圏ごとに地域保健医療計画を策定するよう、指示がありました。

むつ下北医療圏は、下北半島のまさかり部分に相当します。
この二次医療圏における最大の課題は、医師の確保でした。

基盤となるのはむつ総合病院でした。
医療圏の人口は、約10万人。

むつ総合病院の病床数は約500床の中核病院で、下北半島の患者はほとんどがこの病院に集中していました。
病院の医師は、弘前大学からの派遣に頼っていました。

しかし、弘前市から遠く離れており、安定的に派遣してくれている訳ではなく、非常勤の医師が日替わりで来ることもありました。

臨床研修病院の指定を受ければ、全国から研修医を公募することができることから、むつ総合病院を臨床研修病院にすることを計画の目標として掲げました。

当時の臨床研修病院の基準は、全科の医師が常勤であることや、亡くなった患者の病理解剖の実施率などがあり、大変厳しいもので、いつクリアーできるか、その見込みは全くありませんでした。

県の医務薬務課からは、こんな目標を掲げて大丈夫かと言われ、また弘前大学からは、大学からの医師派遣が無くなってもいいのかと怒っているという話が伝わってきました。

しかし、むつ総合病院の副院長を始め、むつ下北地域保健医療計画を策定するために集まった委員が、この目標でいいということで、押し切りました。
計画を策定した平成8年3月末に、3年間勤務したむつ保健所から私は、東京に異動となりました。

それから8年後、平成16年の1月末に、厚生労働省の老人保健課にいた私のところに電話がありました。
受話器を取ると、聞き覚えのある声でした。

「その声は、むつ総合病院の副院長ですね?」
「ははは、その情報はもう古い。今は出世して病院長だ」と相変わらず豪快な声でした。

なんでもいいから、私にむつ市に来て講演をしてもらいたいというざっくりとした依頼をされました。
むつ保健所との共催の研修会で、しかも職員が休日の土曜日の午後にやるとのことでした。

講演の内容は、自分が担当している「地域リハビリテーション」にして、2月末の土曜日に実施することになりました。

さて、研修会当日の午後に、三沢空港に降り立ちました。
病院からの迎えの車が来ておりました。

雪の降る中、車はむつ市内に入りました。
もう少しで病院だな、と思ったら、車は違う道の方に行くのです。

「あれ?運転手さん。病院は向こうですよ!」と私は心配になりました。
「病院長からお連れするようにと言われております」

車はそのまま進んでいき、工事現場の前で停まりました。
「ここで、降りてください」と運転手が言いました。

え? 雪の中、こんなところで降ろされたら、寒さで凍え死んでしまう。
しかも、長靴も履いてない。

訳がわからずにドアを開けて外に出ました。
まさか、置き去りにする気では……。

運転手が、近寄ってきて、右手を挙げました。その手には……。
二時間ドラマの見過ぎです。

「あれをご覧ください。まだ工事中ですが」
運転手が指を指す方向を見ました。
「4月から来る新しい研修医の宿泊施設です。8人の研修医が来ます」

平成16年度から新しい臨床研修制度が始まることは聞いておりました。
研修医が希望する臨床研修病院とマッチングして、両者の希望が合えば、2年間の初期臨床研修をすることができるようになったのです。

「もしかして、むつ総合病院が臨床研修病院に指定されたのですか?」
「そうです。補佐がむつ保健所におられたときの目標が実現しました。病院長からは、この建物を最初に見てもらうようにと言われております」

降りしきる雪の中で、工事現場を見つめておりました。
涙が流れてきました。

まさか、夢が叶うとは。
8年前には、正直なところ思っておりませんでした。

雪と涙で霞んだ風景は、今でも鮮明に覚えております。

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