二十四時間風呂の水中出産で生まれた赤ちゃんが、レジオネラ症で亡くなった
厚生省の母子保健課の課長補佐をしていた、一九九九年の十二月に、ある情報提供がありました。
二十四時間風呂をつかって自宅での水中出産を推奨している団体がいて、愛知県で水中出産で生まれた新生児がレジオネラ症で死亡したというのです。
一九八四年頃から水中の有機物を微生物で分解して水を浄化する「生物浄化方式」が家庭用の浴槽に応用され「二十四時間風呂」として広まりました。
テレビのCMで、二十四時間いつでも熱い風呂に入れて、水は循環するので水道代もかからない、と宣伝していたのを覚えております。
まさか、二十四時間風呂をつかって水中出産をする妊婦が出てくるとは、想像もしておりませんでした。
この問題は愛知県と日本助産師会が調べておりました。
両者から提供を受けた情報を整理し、母子保健課長名で注意喚起の通知を発することにしました。
ギリギリの十二月二八日でも記者発表ができるか、広報室に問い合わせてみたところ、厚生省記者クラブの幹事社の記者が了解すれば可能という返事でした。
幹事社は毎月変わるとのことで、十二月の幹事社の記者さんに相談しました。
自宅の二十四時間風呂を使って水中出産で生まれた新生児がレジオネラ症で亡くなっている例が複数報告され、注意喚起の文書を発出するので記者発表したいと説明したところ、即OK!
御用納めの日ということから記者を集めることが難しいので、発表形式は記者クラブに文書を投げ込むだけでいいということでした。
そのかわり資料だけで記事が書けるような内容にしてください、とお願いされました。
記事を書くには「4W1Hの法則」がありますよね。
柔軟な判断をしてくれた幹事社の記者さんには、今でも感謝しております。
さて、愛知県と日本助産師会と相談してまとめた資料と母子保健課長名の注意喚起の文書をつけて二八日の指定の時間に、必要部数を印刷して広報室に、いわゆる「投げ込み」をしました。
文書には母子保健課の連絡先の電話番号を記しました。
しばらくして、何人かの記者から電話がかかってきました。
「なんでこんな日に記者発表をするんだよ。普通しないよ。おたくは記者クラブのルールわかってんの?」
「なんだよ。昨日から休暇を取っていたのに、出勤することになったじゃないか」
「年明けまで待てないのかよ。中身はなんだよ。どーせ大したことじゃないんだろうに」
ブーブーブー。罵詈雑言です。
そうした苦情には、「厚生省記者クラブの幹事社の了解は得ています。一日も早く知らせないといけない危険情報なので、どうか理解して下さい」と必死に反論しました。
しかし、案件を電話で伝えると、記者さんは静かになりました。
御用納めの日でも記者発表しなければならない案件だ、と理解してくれたのです。
追加取材もほとんどありませんでした。
発表資料だけで記事が書けたようです。
翌日の新聞のみならず、週刊誌にも二十四時間風呂で水中出産で生まれた赤ちゃんがレジオネラ症で亡くなったという記事が掲載されました。
この報道以降に、自宅の二十四時間風呂で水中出産する妊婦はいなくなりました。
水を制するものは公衆衛生を制す。
改めてそう思います。