習作としての断片的な掌編小説
吐きそうなほどの不安が、食道の奥からせり上がるのを感じて、スマホを布団の方へと投げつけた。世界のすべてが入っている小さな板は、ぼふっと間抜けな音を立てて、羽毛布団に着地する。
もう夏になると言うのに、布団を片付けられないでいる。片付けるにはシーツを洗わなくちゃいけないし、布団を干さなくちゃいけない。そんなことが出来るんだったら、いまここでスマホを投げつけたりなんてしていない。
世の中の人たちは、冬用の掛布団を出しっぱなしになんてしないらしい。提出期限までに書類は用意するし、毎朝きちんと起きられるらしいし、夜中に目が覚めて絶望することもないらしい。
自分が何をしているのかわからなくなることもないし、なにか一言発するごとに、世間に要不要を判断されている気分にも、ならないんだって。
〇
「死にたいと思うことはありますか?」
「まあ、はい」
「どのくらいの頻度で?」
「どのくらい……毎日ですけれど。」
「毎日」
「あー、二時間に一回から二回程です」
「うーん、そうですか」
しゃべってから、言わなきゃよかったって思った。でも、そういうこと全部素直に話すのが病院なんだっけ。
〇
駅や学校はうるさくて行けない。あちこちから、がやがやと、多量の情報が入ってくる。
色、音、匂い。その情報全部についていかなくちゃいけない。ぼーっとできない。私はこんなに生きるのが嫌なのに、なんで皆普通に生きていけるんだろう。嘘、みんなきっと嫌なんだ。なんで我慢できるんだろう。嘘、みんなきっと我慢なんて出来てない。それでも生きているんだろうな。じゃあ、早く死にたいって思う私は、世界についていけいない人の中でも更に輪をかけた落ちこぼれにちがいないだろう。
病院に不安を取りに行くのか、不安になりに病院に行くのか、どっちかわかんないな。
〇
「もうちょっと早く病院に来た方が良かったかもね」
そんなこと言われても、判断のしようがない。皆苦しいんだから、私の苦しさなんて些細なものだ。病院にかかるなんて、自分を大切にしている証拠じゃないか。
「どれくらい死にたいって思うようになったら、病院に来るべきでしたか?」
「週に三回かな」
そんなに少ないのは小学生までだろって、思ったけど言わなかった。
〇
世界には優しさが溢れていて、私が勝手に苦しいって思ってるだけなんだろうな。
布団に投げ出されたスマホを見ながら、しばらく切っていない髪をぐしゃぐしゃとかきあげた。五本の指の間に抜けた髪の毛が何本も挟まっている。それをゴミ箱の上ではたいた。なにやってんだか。
優しい言葉を作り出して、耳障りの良い温度で放って、誰も傷つけないで。息をするのが辛すぎる現実から逃げて来たくせに、周囲に幸せをふりまけるような誰かのことを、恨んでしまう。卑屈にもほどがあるので、早めに首でも括った方がいいだろう。
もう何もかも馬鹿らしくなって、スマホの後を追うようにして冬布団の上に身を投げた。
ぼふっと、羽毛が優しく身体を包んでくれた。
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