休日に姉の家でバインミーを食べる。

『ひま？』
LINEの通知が画面上に映る。相手は姉。
タップして、トークルームを開いた。
『それなりにひま』
小さな画面でローマ字打ちをする。いつまでも、スワイプ入力を覚えられないままでいる。
『会社でブルーベリー大量に貰ったんだけどさあ、早く使いたいんだよね』
それだけで連絡してきた意図が分かってしまうのは、相手が姉だからだろう。
『チーズケーキ』
『それだ。三十分で迎えに行くから、用意しといて』
『わかった』
ぼんやりと寝ころんでいた布団から飛び起きて、急いで出かける支度をした。

　　〇

月に一度か二度、姉の家へ行く。
姉の下宿は実家から車で十五分ほど。歩いていくことも出来る距離にあり、実際一度朝の散歩ついでに突撃したこともある。
姉の家に行くときは、大概二人して悪巧みをしているときだ。
悪巧みとは、つまりお菓子作りのことを言う。

姉の家へ行く前に、近くのスーパーで買い出しをする。作るレシピは車内で検索して目星をつけておいたので、それに従ってカゴに材料を放り込む。

クリームチーズ、生クリーム、小麦粉……はあるんだっけ。そうそう、レモン汁も。あ、昼ご飯どうする？

そう尋ねると、姉が得意げににやりと笑った。
「実はうちにさ、パクチーあるんだよね」
「え、なんで」
「食べたくて、バインミー」

バインミー。ベトナムのサンドイッチ。話には聞くが、食べたことはない。

「そしてなんと、エビと生ハムも家にあるんだなあ」
「贅沢な奴め」
「バゲットもある」
「用意周到」

すぐさまスマホを取り出して、バインミーに必要なものを調べる。エビ、生ハム、ニンジンと大根の膾。アレンジは様々。膾をサンドイッチにするの、初めてだけど美味しそう。

「いいね」
「いいでしょ」
「うん」

ちょうど切らしているというマヨネーズも買い、姉の家へ向かう。

　　〇

冷蔵庫に食材を片付ける。
お菓子作りは昼食後と決めて、先に姉が昼食の準備をはじめた。その間に下ごしらえ、クリームチーズは常温にしておく。

それから、貰ったというブルーベリーを確認。小ぶりだが甘い。だが確かに量が多い。生地に混ぜて焼き上げるのに、ちょうどいい量だった。

手持無沙汰になったので、気まぐれに姉の部屋に掃除機掛けをした。私と似てずぼらな姉は、忙しくなると掃除が行き届かなくなる。ここしばらく、コロナの関係で自宅待機が増え、その分出勤日の仕事量が多いらしい。
キッチンで膾をつくる姉を横目に、机をどけ、クッションをよけて、髪の毛を吸い取っていく。ついでにコロコロでヨギボウも掃除する。

一宿一飯の恩。

そうして部屋がすっきりする頃には、ちょうどバインミーが出来上がっていた。

　　〇

大きな口をあけて、ばくりとかじりつく。
なますのザクザクとした触感が歯に心地よく、存外バゲットに合う。パクチーの独特の香りが鼻に抜けて、生ハムの塩気が効いている。
けれど、何か物足りない。

「おいしいけど、なんだろ」
姉も、同じように首をかしげていた。

「もうちょいマヨネーズ？」
「うーん、もっとパンチの効いた感じのやつかな」
「スイートチリソース」
「あ～いいかも」
「豆板醤にマヨネーズ」
「それだ！」

姉との食事のいい所は、なにを試しても自由なところだ。実家にいると、こうはならない。さっそく冷蔵庫から先ほど買ったマヨネーズと豆板醤を取り出して混ぜる。それを、バゲットと具材のあいだにたっぷりとぬった。

ばぐり。
なますの酸味、歯ごたえ。生ハムの塩気。パクチーの香り。
それから、マヨネーズの中にピリッと効いた、アクセント。

「おいしい」
「うん、おいしい」
「天才か？」
「天才でしょ」

マヨネーズ豆板醤が功を奏し、お皿の上はすぐに空になっていった。

「でもさ、これ、バインミーなのかな」
食べ終わって満足げな姉が、ふとそう口にした。
「うーん、バインミーをちゃんと食べたことないから、正解の味を知らない」
「だよね。今度食べに行くか」
「いいね」

その時は、ついでに生春巻きも一緒に食べよう。私は生春巻きが好きなのだ。

正解のバインミーを食べる日を楽しみに、満腹の身体をクッションの上に投げ出す。

バインミーで満腹になり、結局午後に焼いたチーズケーキは、冷凍庫で凍らせることにした。

　　〇

月に一度か二度は姉の家へ行く。
二人でゲームをしたり、お菓子を作ったり、そうめんを茹でたり、バインミーを食べたり。
それから満腹になったら昼寝をして、だらっと過ごす休日。

そんな日が、結構好きだったりする。