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葉先に雫が実るように。

部屋にポトスのこけ玉がある。
彼が部屋へ来たのは、もう半年近く前のこと。苗は百円均一で入手し、それを自分でこけ玉に仕立てた。水苔とケト土を混ぜ合わせたもので土台をつくり、庭の木陰に生えていた苔をテグスで巻き付ける。どろだんごの要領で拵えた苔玉に、ポトスは根付いてすくすくと葉を増やしている。

週に一度か二度、気づいたときに水をやる。その程度の、適当さ。それでもひとつふたつと、若緑の葉を増やすのだからえらいものである。

そうしてたっぷり水をやった翌朝に。ポトスの葉先には、決まってちいさな雫が実っているのだ。

  ○

何事にも『適量』というものがあるとするならば、日々世界が私に与える刺激の量はきっと過剰投与に違いない。

例えば夕方の駅の中央改札で、足を止める。目の前を右に左に、歩いていく人々の多さに、目を回す。

何通りもの異なる歩き方、話し声、服装、表情。

ほんの数秒、視界に映る映像は次々と移り変わる。通り過ぎる人々それぞれに私の知り得ない人生の苦楽があるのかと思うと、その複雑さと広大さに目眩がする。

過剰投与される情報の渦に飲まれそうになって、目を伏せる。耳にはイヤホン。雑然として複雑な世界から一歩遠のく。

すこし、呼吸が落ち着く。

  ○

きっと、欲張りなのだ。

手に持てるだけの荷物を持とうとして、結局なにが必要だったか忘れてしまう。そういう類の、間抜けな欲張り。

本当必要なものは、それほど多くないのにね。

  ○

水を苔玉にたっぷりと被せ、それから一時間ほどつけておく。水やりのタイミングも適当なら、やる量もいい加減。

水をやりすぎる心配はない。ポトスは吸いすぎた水を、葉先に溜めるのだ。そうして、必要な分だけを吸収する。

なんてかしこく、美しい。

朝、葉先に置く露を見つける。彼は本当に必要なものも、その量も、生まれながらにして知っている。

ポトスの葉先に雫が実るように。そうして生きられたらいいなと、今日も密かに願っている。



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