恋しい宇宙船。
なんだかひどく疲れて、だけれども落ち着かない。
なにかに集中することができないけれど、なにもせずぼんやりとも出来ずに、意味もなく自室とリビングを往復してみる。
こういうときこそ散歩なのだが、空は重く、いつその上空で結実して、地を叩くか分からない。
なにより、やっぱりひどく疲れている気がする。
こういうとき、自分に何が足りないのかを、私は知っている。
それはつまり、物語だ。
〇
何故だか調子が出なくて、生きることすべてが嫌になる日が定期的に訪れる。そういう時に限って、布団の中で意味もなく動画を再生し、余白を埋めていたりする。
本当に必要なのは、きっと細切れで早送りな料理動画や、騒がしくテロップの多い動画ではなく、静かで、長くて、切り離された空間だ。
そういう時に、私は映画館へ行く。
ふらり、土曜の夕方にベットから抜け出して、適当な服に着替えて電車に乗る。上映中の作品を調べて、先にスマホでチケットを取っておく。
駅に着いたら、上映時間まで本を物色する。こういうとき、私は直感で本を買う。大概、良い本だったりするから不思議だ。
それから、早めの夕食を済ませたり、トマトスパゲティで赤くなった口元を拭いてから本を読んだりして、時間を潰す。
上映時間前には映画館へ行って、チケットを発行。ちかくのシネマ割引が効く喫茶店でカフェオレを一杯買って、それからシアターへと向かう
〇
映画を頻繁に見る方ではない。映画館へ向かうのは年に数えるくらいだ。
それでも、映画館という存在を好ましく思う。特に、二時間なら二時間、外界から隔絶された宇宙船の中にいるような、あの時間。世界から切り取られたあの暗闇。私はあれが好きなのだ。
〇
映画館から出てくると、外はとっぷりと夜の底に落ちている。今見た物語を反復しながら、世界との時差を埋めるような気持ちで歩く。
物語と一対一で会話する二時間は、もしかしたら自分と会話する二時間なのかもしれない。その作品がどのようなものであろうと、あの宇宙船の中でだけは、私は重力から解放されるのかもしれない。
そんなことを考えながら、もう一杯カフェオレを飲みたくなって、喫茶店の扉を押す。
〇
思い返せば、きままなことだ。
実家にいる今となっては、夕方にふらりと出かけることはできない。夕食の準備があるし、風呂の順番もある。ふらりと出かけられる距離に映画館はない。
こういう時こそ、物語なのに。
何時から私は、ひとりで物語に集中できなくなってしまったのだろう。何時から私は、ひとりで自分と語らえなくなってしまったのだろう。
近頃は、出て行くばかりで入ってこない。
心は喉を枯らしているのに、上手に水が飲めないのだ。
いよいよ落ちてきた空を見ながら、あの宇宙船を恋しく思った。
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