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仕分けできない感情のドローイング。

何かを書きたくて、パソコンを付けた。

感情は片付けの行き届かない部屋のようだ。山となった洗濯物に、床に落ちたノート。積み上がった本の塔の下には、書きなぐったようなメモ帳。

仕分けして整理するのが面倒で、もういっそのこと、すべて燃やして灰にしてしまおうと思う瞬間が、何度も訪れる。

すっと、私一人が消えたって、きっと誰にも影響しない。

そんな風に思考が流れていくのは、ホルモンのせいだろうか。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。わかんないな。

  〇

水曜日の午後、私は街へ行く電車に乗っていた。いつもなら午前中のはずの診察時間が午後になった理由は、通院日を一週間勘違いしていたからだ。気付いたときにはもう遅く、慌てて病院へと電話することになった。

どうにも、昔からこういうところがある。
物忘れや、予定の管理が甘いのだ。

そのくせ、変なことは物覚えがよいのだから、困りものである。教科書の端に書かれた豆知識のようなものは覚えていたって、プリントの提出日はすっかり忘れてしまう。
結果、幼いころは母に何度も『怠けている』と叱られた。実際は、単純にそういうことが苦手な質なのだろう。

そういうわけで、一週間遅い通院となった。

  〇

ここのところ、しばらくぼんやり続きだった。ぼんやり、というべきか、ざわざわ、というべきか。

あちこちに跳ね返る感情は、落ち着きのない子犬のようだ。子犬は可愛いが、感情に可愛い所はなにひとつ見当たらない。どこで何に噛みつくか分からないそれを抱えてあれこれとするのは、正直なところ、とても億劫だった。

気持ちの落ち込みが激しい旨を主治医に伝えたところ、薬を増やされてしまった。通院日を忘れていた上に薬を増やされるというダブルパンチに落ち込み、帰りの電車の中で、後ろに飛んでいく景色を惨めな気持ちで眺めていた。

  〇

自分が不出来なことくらい、自分が一番知っている。

不出来で、不完全で、欠陥品。
おおよそ人生の半分くらいは病気とお友達だし、その上さらに薬は増える。同じ年齢の人たちはみな、就職して、もしかしたら結婚した上に子供すらいるかもしれぬというのに。

べつに、結婚をしたいわけでも、子を授かりたいわけでもない。だけれども、自分が『ちゃんとした』レールから外れていることを実感するたびに、言いようもない惨めさが、ひたひたと背後から襲い掛かる。

ばからしいったら、ありゃしねえ。

  〇

増えた薬は、ほんの0.5錠。病院から帰った翌日、昼食後に服用すると、見事に身体が動かなくなった。
頭は冴えているのに、身体はまるで水を含んだ見えない服を着こんでいるように、全身が重い。

なにもやる気が起きなくて、夕食づくりを母に託して、寝た。

それから三日、ほとんどぼんやりと天井を眺めたり、本を読んだりして過ごした。身体は次第に薬に慣れ、眠気はあるものの、動けないほどだるいということは無くなった。

数日間更新していないnoteが、少しだけ気がかりだった。

  〇

このまま、全部なかったことにしたらどうだろう。そんなことを、薬で重くなった身体を布団に投げ出しながら、ぼんやり考えていた。
何故消してしまいたくなるのか。脳みそのバグによって感情の起伏がおかしな方向へ舵を切っていると言ってしまえば、それまでだ。

だけれども、どうだろう。結局、私は自分の痕跡が世界に残るのが恐ろしいのかもしれない。天井を眺めながら、ふとそう思った。

それはつまり、見つけてもらえない化石みたいなものだ。居たはずなのに、居ないということ。痕跡を残さなければ、見つかるも見つからないも、あったもんじゃない。

だからつまり、私は一人が怖いのだ。

  〇

正体を見つけて見ると、憂鬱の種はいつだって部屋の隅で震えて毛布を被っている。そんなもんだ。
惨めったらしく、うじうじしている。このうじうじ君を、蹴飛ばして、居なかったことにしたっていい。したって良いのだろうけど、それじゃあきっと、なにも解決しないのだろうな。それは四半世紀生きた、それにしては脳みその皺が少ない私が、それでも分かる、数少ないことのひとつに違いない。

この憂鬱の隣に、根気よく座って、一緒に泣き止むのを待つしかない。蹴飛ばして、無かったことにして、押し入れの奥に隠したって、鳴き声はいずれ漏れ聞こえてくるに違いないのだから。

  〇

なにかを書きたくて、パソコンを開いた。

それで、公開ボタンを押すかどうか、少しの間思案した。
全部なかったことにして、すっと消えたって、誰も気づきやしない。

それでも、やっぱり書きたくなる日が来るに違いない。たった数日、身体を布団に投げ出して、書かなかっただけで、なんだかもぞもぞしてくるのだ。

本質は、書くことにあるのか、読まれることにあるのか。その両方なのだろう。

自分の脳味みその中の、散乱した机の上みたいな、そういう場所でもいい。今はぐちゃぐちゃで整理がつかなくても、あとから見返したら、案外どこに仕舞えばいいか分かったりする。そういうものだから。

それで、今日もこうして、何かを書いてしまうんだな。

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帆風はつか
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