なぜ先物で予約という仕組みがとられているか
大学に来てから、学生に金融について基本的なことを説明することがあります。実際に何かを説明する場合、既に多くのことを知っている人に対しては、多くの知識を前提に説明をするので、簡単に説明できるということも少なくありません。一方、学生の場合、ゼロからその概念を教えなければいけないため、根本から説明することの必要性に迫られ、自分自身はっとさせられるような場面もあります。実際に、中級や上級の授業より入門の授業の方が、その分野の魅力を学生に伝えなければいけないという意味で難しいとみることもできます(事実、東大では入門科目はシニアな先生が対応しているという印象を受けます)。
先物についても学生に説明する中で自分自身学ぶことがありました。私の書いた「日本国債入門」では、先物は予約取引だ、と説明しました。教科書的にはそれでいいのですが、実際に市場をみていると、先物の取引は「本当に予約を目的に取引しているのですか」ということになります。前回のカレンダー取引入門でも説明したとおり、先物は満期になる前に、そのポジションを手仕舞う、ないし、ロールしていくのですから、そもそも予約そのものを目的にしていない、と解釈することができます。
これは私の意見になるのですが、先物は、実は、予約をしたいわけでなくて、ある商品の予約という仕組みを使うことで、その流動性を劇的にあげることができる、という点がその本質だとおもいます。例えば、ミスチルのCDを購入する場合と、ミスチルのCDの予約取引があるとします。ミスチルのCDが100円として、それを購入した場合、100円支払わなければいけません。ただ、そのCDの予約でいいのであれば、今お金を払う必要はありません。予約するだけですから。
その一方で、「ミスチルのCD」と「その予約取引」は、買う(売る)予約をした受け渡し日(満期)になれば完全に同じ商品になるのですから、その両者はほぼ同じ商品とみることができます。すなわち、「ミスチルのCD」を売買するのではなくて、「ミスチルのCDの予約」を売買すれば、今お金を持っていなくても、「ミスチルのCD」の価格変化に伴う投資(ないし投機)が出来てしまうわけです。
これが予約という形にすることの強力な点です。事実、両者はほぼ同じ取引なのですから、価格が同じように動いたとしても全く変ではありません。したがって、読者がその価格動向を予測して投資したいということであれば、予約取引でも全然かまわないというわけです。
予約取引の場合、お金がなくても投資(ないし投機)ができることは、大きなレバレッジが掛けられるということを意味します。例えば、ミスチルのCDを1億枚購入する場合、100億円必要なのですが、1億枚分の予約取引であれば、今お金がなくても取引ができるわけですから、予約取引にすることで市場を爆発的に大きくすることができます。これが先物が生み出す巨大な流動性の源泉といえます(ここでは話を簡単にしましたが、現実的には予約取引でも、元手が完全に不要というわけではなく、一定証拠金が求められますから、その証拠金と100円の比率だけレバレッジを掛けられるということにはなります)。
先物の凄さは、予約取引にすることで、このように劇的に流動性をあげられることですが、予約取引にすることで、どのような商品でも取引が可能になる点も重要です。国債の予約はもちろん可能ですが、TOPIXの予約ということも可能です。よくよく考えればTOPIXに投資するといっても、それは数千銘柄で構成されていることを考えれば、我々はすべてのTOPIX上場銘柄をバランス良く購入することは簡単ではありません。しかし、TOPIXの予約を上場させてしまえば、それはほぼTOPIXと同じ商品なのですから、TOPIXとほぼ同じ動きが生まれ、その予約に取引を集中することでTOPIXの変化に立脚した取引が容易にできてしまうわけです(株の指数先物の場合、実際に受け渡しするのは現実的ではないため、満期にそのタイミングの時価で決済するというルールにしています)。
このような観点でみれば、原油であっても、ビットコインであっても、金であっても、その予約取引として上場させてしまい、満期で現物との受渡、ないし、時価決済としてしまえば、ありとあらゆる商品の取引が可能になるわけです。その意味で、先物は予約という形をとることで様々な商品の取引を容易にするために工夫をしていると解釈することができます。先物の仕組みは日本で作られたとされているのですから、日本人は金融市場においてとてつもないイノベーションをもたらしたといえるかもしれません。
このような仕組みを採ることは、博打をするための工夫だという批判的な見方もできます。たしかに、先物市場には投機的な取引も少なくないですから、そういう見方をするのもわかります。しかし、巨大な市場を生み出すことで、その市場に多くの投資家の意見を反映したプライスが付され、そこで効率的な価格形成がなされるのであれば、それも重要な機能ともいえます。ここについては多くの人で意見が分かれるところかもしれませんが、どこの先進国にも先物市場はあり(逆に途上国だとありません)、また、これまでの長い歴史に鑑みれば、社会的に必要ものだということで続いてきたのだと解釈することができるかもしれません(社会的に本当に不要であればすでに淘汰されていたでしょう)。
なお、先物の制度の詳細を知りたい読者は、「日本国債入門」の5章をご一読いただければ幸いです。
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