連作小説【シロイハナ】5

祖母は僕にとって数少ない心の底から尊敬する人物の一人である。祖母の日課は畑仕事だ。どんな野菜だろうと自分の手で作ってしまう。その辺りのスーパーで買う野菜よりも低く見積もって100倍は美味しい。野菜の甘味が随分と違うのだ。祖母は暇さえあれば手を動かし畑仕事に取り組む。家にいるときでさえ、せっせせっせと掃除に励んでいるものだから、少しは休んでほしいと思うくらいである。そうして、作った野菜はほとんど周りの人たちにあげてしまう。自分が食べるのは残った分のほんのすこし。全く祖母らしい行いである。

祖母の作る味噌汁は世界一美味しい。冗談にも聞こえるかもしれないが冗談抜きで本当に世界一美味しい。九州出身の祖母の作る味噌汁は白味噌を使う。僕の地元では赤だしが主流だから、今考えると珍しいものだったんだと思う。小さい頃から慣れ親しんだ味だった。それが特別なことだと気づいたのは、つい最近のことだと思い返す。味噌汁のことを「お味噌おつゆ」と呼ぶその呼び方もどこか愛らしい。

以前、祖母に尋ねたことがある。どうやって料理を覚えたのかと。今でこそ検索エンジンを使ってワードをヒットさせれば、どんな料理の作り方も簡単に再現することができる。一人暮らしの僕も、たまには手の込んだ料理を作ろうと意気込むのだが、やはり最初に手をつけるのはスマートフォンである。まずは検索、そして買い出しだ。祖母の答えはこう。「見てたんだよ。ずっと見てたんだ。作るところをさ、じーっとみる。そうしたら覚えられるもんさ。」


「やぁ、よく来たねぇ。」祖母はそんな風に声を掛けてくれた。「ばあちゃん、色々とありがとう、ほんと助かってるよ。」弟と僕は仕事があるから、どうしてもずっと一緒にいることができない。そんな中祖母が病院に通ってくれているのだ。病院も近い場所にあるわけではない。自転車と電車とタクシーを使い、県境の川を越え、片道50分ほど掛かる道のりだ。それをほとんど毎日のように行き来してくれている。寒さも増してきた。時には「駅からのタクシー代がもったいないから歩いてきた!」と顔中いっぱいの笑顔で言うのだ。本当に祖母には敵わない。身体を大切にしてほしいものだが、祖母に元気がない姿など全く想像ができない。まさにスーパーばあちゃんである。

すこし後に弟も病室に到着した。
「服をさぁ、買いにいこうか。」
飲み物を買うために病室を出て休憩所で祖母と二人きりになったとき、祖母が僕にそう伝える。「なんとか洗濯をしてやりくりしてきたんだけどねぇ。入院もしばらく続くかもしれないだろう?服があるに越したことはないからねぇ。このピンクの服はあんたのかい?紛れ込んでいたよ。だけど、助かったよ。すこし大きかったけど着れなくはないから、着せたんだ、雨が重なって洗濯物も持っていけない日があったからさぁ。ただ、男もんだから可愛くないだろう。入院中とはいえ、可愛いものを着たいじゃないか。お母さんも綺麗でいたいもんだよ。たとえ入院中だとしても、女はいつでも着飾っていたいものさ。すこしでも綺麗でおさせてやりたいんだよ。」ばあちゃんがいうならきっとそうなんだ、僕は言われるままに頷いた。

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