ADHDの特性から子ども時代を振り返ってみた
ADHDについて知ってから長女はるの子ども時代を振り返ってみる。
特性の部分だけを抜き出しているつもりなので、ADHDについて知っている方は、ピンっとくるかもしれない。
ADHDって何?って方は、長女はるが自己理解用に書いたこちらの記事を参考に。(→https://note.com/hattatsufamily/n/n91fcfbe7bcbf)
とにかく気に入らないと泣き叫ぶ
小さい頃、欲しいものを買ってもらえないと、よく店で泣き叫ぶ子どもだった。
それもギャン泣き。
「なんで買ってくれないの??目の前にあるのに」って、よく祖母や母の前で泣き叫んだ記憶がある。
でも、言葉はそんな風には言ってなくて、「嫌だ。買って」しか言えてなかったように思う。
いくつくらいか振り返って思うのは、10歳くらいの記憶にも、買ってもらえなくて泣きわめいた記憶がある。イヤイヤ期とか反抗期のレベルではなかったのだと思う。
なんでそれがその年齢って分かったのかは、買ってほしかった商品がそのくらいの時期に流行った記憶があるから。
とにかくひどい忘れ物
長女はるは、成績は特に問題がなくて。でも、宿題や持ち物を良く忘れる子どもだった。
確認したつもりでも、よく忘れて半泣きになった記憶がある。
体操着や給食当番のエプロンとかも、しょっちゅうで、帰宅後に学校に親と取りに行った記憶がある。
大人になって、小学校の通知表を見たら、6年間1度も、忘れ物に関する項目に〇がついていない。
小学校に公衆電話があって、よく家に電話して忘れ物を持ってきてもらった記憶がある。(高学年くらいに撤去されたときは、本気でヤバイって思った)
だから、中学の頃はほとんど持って行ってたし、高校生の頃はほぼすべて置き勉してた。
それでも、なぜか消しゴムとかシャーペンを忘れたり、ノートを忘れた記憶がある。
時間割を間違えてた記憶がある。
プールだと水着を忘れて入れないってこともあった気がする。。。。
忘れ物ではないけど、上靴と外靴はよく履き替え忘れてました。(社会人になって直近に勤めていた先でもやらかしました)
家の中は散らかり放題
片付けが必要という認識はあったのかどうか分からないけど、小学校とか外では、整頓できていたらしいです。
でも、家の中は散らかり放題。
服の片付けとかは、親がやってくれていました。
長女はる自身が、やった記憶はほぼありません。
今も習慣が出来ていないからなのか、モノを積んでしまう・・・。
勉強は出来ていたわけではない
好きな科目は満点。できない科目は、悲惨。これは誰でもあるのかもしれないけど、好きな科目は、中学でも何度か満点を取っていた記憶があります。
高校になって分かったのは、実力テストがとにかく苦手。
定期テストは何とかなっていたけど、実力テストは定期テストで何とかなってた科目もボロボロでした。
特に国語と数学が悲惨。
志望校のレベルとか判定してくれるテストでは、国語も数学も偏差値が40台。
国語に至っては、学年で下から数えたほうが早いレベルでした。
なのに、英語は偏差値50を超えていたこともあって、何度も生徒指導の先生に「何の科目で受験するのか」と呼び出されてました。
私立の4年制大学を目指すと、少なくとも2~3科目での受験です。
文理どちらであっても、まともな成績なのは英語だけでした。(そんな英語ですが、大学生で受験したTOEICテストで、その自信もぶちのめされた(笑))
ただ繰り返しやれば習得できるという特性があったこともあり、何度も繰り返しできる勉強は、無事に希望の私立4年制大学へ入学できました。
社会人になって、一番衝撃だったこと
子ども時代の話をしたけれど、最後に社会人になってからあった衝撃だった話も少し。
社会人になって衝撃的だったのは、忘れ物!
職場に鞄を丸ごと忘れました。
制服の入ったカバンだけ持って、定期券は服のポケットに入ってたんだと思います。
会社の最寄り駅の改札を通ってから、気が付きました。
職場に忘れた鞄は、貴重品や小物の入ったメインの鞄です。それを職場のロッカールームに丸ごと忘れてきてしまったことです。
忘れ物がひどいことは自覚していて、定期券は失くさないように首からひっかけられるように、など工夫をしていたものの、メインの鞄を忘れたのは衝撃でした。
他にも特性はあると思うんですが、印象的なエピソードがあるのは、このくらいなので、印象的なエピソードのみピックアップしてみました。
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