
本の感想「ピッチ上の真実 ―ゲームの印象を整えるためのシン・サッカー分析術―」(著: 橋谷英志郎)
普段あまり本を読まない(読み始めても途中で止まってしまって積読化する)のですが、インカレ観戦の移動時+試合間の時間潰しにちょうどいいタイミングで表題の本が発売されたので買ったところ、サクサクと読み終えたので感想を残しておこうと思います。
本の概要
著者の橋谷氏は来季からJリーグへ参入する栃木シティのアナリストを務めている方です。本の流れは、
パッキングレートとインペクト
日本代表の分析から浮かび上がる真実
データの活かし方
アナリストという存在
となっています。3,4は対談あり。
帯には「アタッキングフットボールを支える勝利の方程式」「インペクトの高いチームが負けない確率は94%」「選手の成長、監督の決断、チームの強化につながるデータ活用術」という文言。
おそらく日本でクラブチーム所属のアナリストの方がデータを主軸にして本を出版したのは初めてかと思います。
自分の前提知識の確認
まず本を読む前の自分の考えを整理しておきます。
前提1: サッカーの試合から生まれるデータについて
自分はサッカーのデータについて日本でも多少詳しい方に属すると思いますが、サッカーにおいて最も正解を示しているデータは順位表、試合結果のみであり、他のすべてのデータに優劣はないと考えています。データについての考え方はnote最初の記事である「Wyscout APIを契約して最初に行ったこととその感想」にも一部書いていますが、サッカーにおけるアクションの捉え方は人それぞれでバラ付きがあり、広いピッチをお互いに自由に動け且つ得点が入りにくい競技であるため、攻め入る回数やボールを持つ時間が短くても勝利が可能だからです。ただしこれは全体像から見た上での話で、各クラブチームが目指すサッカーに対してデータに優劣を付けることに対しては否定しません。むしろ積極的にやるべきと考えています。今回の本で言うと、それがパッキングレートとインペクトだったということになります。
前提2: パッキングレートとインペクト
今回のメインのデータはドイツのインペクト社が開発した指標で、W杯でドイツが優勝した際に話題になりました。データの定義についてはこれまでもいくつかのメディアが報じているので検索すれば出てきますが、この本が一番詳しく説明しているので気になる人は買ってください。前述の理由+こういう新しい指標が出てくるとメディアが揃って「凄い指標」みたいな記事を出してくる+そもそも蹴り合う展開だとポイント稼げるのでは?といった理由から正直あまり好きではない指標だったのですが、10年前からだいぶサッカーの潮流が変わってきて使える要素が増えてきたのではという印象は持っていました。ピッチを分割したエリア分けといった静的なものではなく、相手の選手の位置を利用した動的なエリア分けに近いデータ取得ができるのがこの指標の持ち味ですね。日本のクラブチームでの活用事例は聞いたことがありませんでしたが、東京大や筑波大などのサッカー部も取得しているという話は記事で拝見しました。
前提3: 栃木シティについて
著者の橋谷アナリストが所属している栃木シティについて。ウーヴァ時代は現地に見に行ったこともありましたが、今は関東に住んでいないこともあり、栃木シティになってから試合を見たのは配信ベースで年2、3試合と言ったところでしょうか。基本的にはピッチを広く使う近代的なポゼッション型で、Jでもまだできるであろう選手が多く所属していることもあり、見た試合でつまらない試合はほぼなかったと思います。とはいえさすがに1年でJFLをクリアするとは予想していませんでした。アマチュアの場合ダイレクトなサッカーがどうしても多くなるので、半端にポゼッションに関わるアクションの数値を頑張って取るよりは前進(被前進)具合の数値化に力を入れる方が良いとは思います。
長くなりましたが上記が自分の中での前提で、あとはこういったデータをアナリストしてどう監督、コーチ、選手に伝えているのかに興味があり、読み始めた次第です。
本の感想
序文にある通り、普段本を読み終われない人がサクサクと読んだという時点で、面白かったと言う感想になります。これは正直あまり期待していなかったというのもあります。ウェブに乗る記事やyoutube動画だとどうしてもウケがいい部分だけ切り取られたものになるので、その影響が頭に刻まれていたせいですね。つまり自分がもっと本を読めという話なのですが。。
個人的に良いと思った点は、
・データ会社の定義にまるまる従わず、監督と話し合った上でオリジナルの付け方にした点。監督との対談からも良くコミュニケーションが取れているのは伝わりました
・シーズン後に指標そのものをレビューして改修している点
・選手との向き合い方の点
辺りですね。どんな内容かは本を買ってください。
アナリストの庄司氏との対談にあったアナリストの役割と上層部の捉え方の話は自分も心配しているところで、昨今、採用されるアナリストが若くなりましたが、コーチとの年齢差を考えると雑用化されていないかと思っていました。実際はチームと人によってバラ付きがあると思いますが、そうなっていないことを祈っています。
逆に気になった点で言うと、指標のところで後ろ向きでレシーブした際のx0.2がなぜ0.2なのかの記述がありませんでした。元々データ会社が設定した値だと思いますが、統計的に確定した値なのか、感覚との調整で決めた値なのか。どちらでも構いませんが、ここまでこの指標を取り上げているのでその説明は欲しかったかなと。あとこの指標の説明図を見るたびに思うのは、実際相手のDFたちも動いているので、人を超えたというカウントはどれくらいの状況で判断しているのか(完全に超えているのか、半身でもいいのか)は気になりますね。
それ以外だと、うまく行かなかった試合が続いた時にどういうことをしたのか、という点を知りたいのですが、この手の本や記事はだいたいうまく行っているチームからしか出てこないので、多少は書いてあったものの大きくは触れられないのですよね。JFLがJ3に入ったチームの初年度はほぼ良好な成績で終わることが多く、今の栃木シティなら悪くても一桁順位内に収まると思っていますが、もし連敗が続くような状況になったらそこからどう改善するのか試合をチェックしたいと思います。
他、自分だったらこうするっていう部分だと、SportsCodeでよく行われるような映像検索+分析用のフェーズ分けをしてDartfishで指標用のデータを取っているとありましたが、1つにした上で指標用のデータも時間取得をしてフェーズ分けの方のデータと結合できないものかなと。フェーズ分けについては細かく書いていませんでしたが、例えば「ゴールキックスタートのビルドアップではこれくらいインペクトを取れている」「ミドルエリアでのスローインからはあまり取れていない」「(相手のブロックが低くて)保持に時間がかかると取れない」みたいなことができるようになると思います。(同じ時刻のタイムスタンプがあればいいのでツールを1つにする必要もありませんが)
今回の本だと多くが自チームの攻撃の話でしたが、「相手よりインペクトを上回る」というのは「相手にインペクトを与えない」という話でもあるので、今後カテゴリーが上がるとともに相手のレベルも上がることを考えるとこちらも重要になってくると思います。フェーズ分けとの結合ができていれば、守備面の課題も素早くリサーチできるようになるかと。すでにやっていたらすみません。
今は画像解析系AIも進んでいるので、これくらいの指標であればすぐ出てくるようになるのも時間の問題だとは思いますが、とはいえプレーヤーは人間で支えるスタッフも人間ですから、自動的に生み出されたデータをそのまま鵜呑みにせず、チーム、スタッフ、選手に合わせてコントロールしていく流れは残って欲しいなと思っています。
リンク
インペクト社のウェブサイト
2024年3月のフットボリスタでのインタビュー。
「パッキングレート」だけが有名になってしまった感がありますが、あくまで考え方の土台の話で、他にも色々データあるよってお話。
本の中でFIFAのデータについて少し触れていますが、FIFAのデータについては自分も以前ボリスタで書かせて頂きました。
本の中でインペクトとラインブレイクは近い傾向になると書かれていますが、実際定義的には近いですし、ラインブレイクが基本スタッツになるかもという話をボリスタの記事内にも書きました。
ちなみに日本のデータ界では有名になったパッキングレート(+インペクト)ですが、正直世界的にはそんなに使われてなく、FIFAやUEFAのテクニカルレポートにも出てきません。これは指標そのものがインペクト社のものであり、彼らと契約しないと使えないからだと考えます。パッキングレートはありませんが、UEFAのレポートにはbypassというスタッツがあり、これが近いデータに該当します。FIFAも一度使っていましたが今はやめており、ラインブレイクが採用された形。「あまり好きではない」という前提もこういった状況の中で過剰に評価されている感があったためですね。
栃木シティの公式サイト
来季からはJリーグ。今のスタジアムになってから行ったことないので行ってみたいです。
クラブのYouTubeチャンネル
JFLは基本Youtubeで配信していますのでフルマッチあります。誰でもパッキングレートのデータを取得できます(?)