Onの株式公開とロジャー・フェデラーの投資活動
2010年スイスで創業したスポーツシューズのOn(おん)社が9/14, NY証券取引所=NYSEに上場。2年前にテニスのロジャー・フェデラーが5400万ドルといわれる投資をしており、投資家(というかファンド)としての彼の存在感にも注目だ。
ティッカーはONON、英語でShoesは複数形、「左足Shoe+右足Shoe=ペアのShoes」なわけで、「ONON=左ON+右ON」と理解できる、かどうかはともかく、、
時価総額(Market Cap)は100億ドル超えた(直近1年の売上は6.1億ドル,2020/7-2021/6)。比べると、アシックス時価総額5100億円(連結売上4000億円)、ミズノ700億円(1500億円)(9/12時点)。Onは設立11年にして戦後ニッポンの代表たちの企業価値をあっさり抜いた。日本メーカーが安すぎるともいえるが。日本で無名なヨガ系のLuLuLemonが5兆円超えてるし、これが世界のスポーツ市場。
売上高= 現在の企業活動のサイズ」
時価総額=将来の活動への期待度=利益率×成長期待
利益率= 製品の付加価値=独自の魅力
とざっくり理解できる。
では、On独自の魅力とはなにか?
Onの魅力とは
ユーザー目線でいえば、一言で、機能性と一体化したデザイン性。「デザインは機能に従う」の好例だ。もう少し分解すると、尖った個性と集中力の差、それによる手触り感(=正確には足触り)、デザイン性、それによる客の製品愛、のレベルが高い。
デザイン性は、スポーツ市場での高株価の必須条件かと思い、高株価企業は従来アパレル市場から売上を奪えていると思うし、日本勢はこの潮流に乗れてない気がする。
そんな「デザインと一体化した機能」における最大の特徴は、ホースを輪切りにしたような靴底「CloudTec」=クラウドテック。最初の試作品は本当にゴムホースを切って作ったそうだ。これには独自のクッション&ジャンプ感があり、ビジネス目線でいえば、おそらく製造コストも低い。他社が同様の機能を出すことも、たぶんカーボンとか素材と構造を工夫すれば可能だが、コストがかかる。それがOnのコスト優位性となり、高い粗利を安定して維持できると思われる。
最低価格商品が1.5万円。在庫処分でMax30%引き。つまり常時1万円以上でないと買えない。他の大手は5,000円以下でも買えてしまうのと比べて、価格競争からフリーであるのは、利益率を高く保つ大きな理由になっている。
Onのシューズは僕も幾つか使ってる。ストライクゾーンも実は広くて、80歳超えた父も月間200kmのお散歩に愛用しているのは2020年1月noteで書いた通り:
スポーツシューズ市場の競争
激戦の業界ではあり、Onが得意とするランニング分野では、なんといっても、Nikeの存在感が大きい。この点、トップ競技者の目線では、下記ツイートの通り、Nike(AFN%0アルファフライ、VFN%2=ベイパーフライ)と、2021年春のAsics新製品(Mataspeed Sky)が、二強といっていい。
Asicsはこの春に追いつき、東京五輪2021では特にトライアスロンで強かった(Asics過小評価説もありえますね):
ただし、Onのファン層は、こうしたトップ選手の結果をあまり気にしない。キプチョゲや大迫傑と、自分自身とは、同じ走りができるとは思っていない。自分の走りに合わせてくれるストライクゾーンの範囲が、Nikeのトップレンジは異常に狭く、Onはかなり広い。ここは気にしなくていいと思っている。
「じっちゃま」こと米国株を超わかり易く説明してくれる広瀬隆雄さんが9/13に解説記事を:
・売上高の52%が北米、41%が欧州、6%がアジア・太平洋
・卸売比率は63.4%(=直販37%)
やはり北米で売れるのは大事。中国が弱すぎともいえる。日本市場はグローバルでの存在感が(省略)。直販比率は、コアなファンが増えるほど高まるだろう。足に合うことがわかっているファンは、新商品、新デザインを、いち早くダイレクトに購入するようになるから。これは高い利益率に直結。
・「ワールドチャンピオンのアスリートが開発した」という 生い立ち
・ スイスの自然を背景にブランドイメージを培ってきました
とはその通りだが、やはりフェデラーの存在は欠かせない。
フェデラーの投資額は5,400万ドル?
テニスのロジャー・フェデラーは、2019年11月にOnに出資。投資金額は7月の記事によれば$5400万。今回の上場で数億ドルの価値になるとの記事がある。出資後に売上急増しているし、まあそうだろう。
生涯収入10億ドル超の彼にとっては、「年収1000万を10年続けた高給取りが、地元の有望ベンチャー企業からどうしてもと頼まれて、500万円分の株を買ってあげた、2年で数千万に増えた」くらいのインパクト感ではある。
筆頭株主という記事もみた。たぶん議決権が10倍ある株を経営メンバーが大量保有しているので、配当優先の優先株の中で1位ということかな。フェデラーは第4ラウンドあたりの新参者なので、先輩の株主が「どうぞ私の前にお入りくださいませ!」と列を譲ったわけだ。「フェデラーが筆頭株主であり続ける会社」という知名度と信頼感はオンリーワン。
経営にも参加し、自ら開発したテニス系シューズは2020年から発売されて、改善が進む。東京五輪にもOnのシューズで出場予定だったがケガで欠場。本気でコミットメントしている。これは強い。
職業:フェデラー
フェデラーは今年、生涯収入10億ドルを超えたと推定:
(当noteの情報の多くはこの6月の記事によります)
大部分が粗利にあたると思われ、粗利換算では普通に優良中堅企業(大企業?)。この総収入のうち賞金は1.3億ドル。2021年フォーブス誌スポーツ選手長者番付では年間収入9000万ドルのうちテニス賞金は3万ドル。数字だけでいえばテニスは副業レベル。
ちなみにテニスの生涯獲得賞金No1はジョコビッチだが、彼の年収はフェデラーの1/3くらいだ。
つまりフェデラーは、賞金=競技成績に依存しないビジネスモデルを確立している。
2012年、世界的なスポーツ系綜合代理店IMGを離れ、自前のエージェント、TEAM8を設立。コート外の仕事に対するコントロール度を高めた。以来フェデラーの収入は急上昇。世界ランキング維持のために重要ではない大会に出る場合の出演料が200万ドル以上だそう。2019年の南米ツアーでは、エキシビション5試合で少なくとも1,500万ドルを稼いだそう。
好感度の高さは、スポンサー獲得に直結する。
2019年の全米オープンの観客は、世帯収入の中央値21万6,000ドル、78%が学士号以上を取得していたそう。この高収入層への広告効果が高いのがテニスのトップ選手。彼にはクレディ・スイス、メルセデス・ベンツ、ロレックスなど世界トップクラスなお金持ち企業がついている。中でもすごいのは、2018年のユニクロとの10年3億ドルの契約。当時36歳、てことは45歳のフェデラーにも年間30億円を払う。プレーしてもしなくても。
(2018年記事、当時はシューズだけNIKE続行だが、この権利を巡る世界のスポーツ企業による争奪戦がここから…)
このレベルのスポンサー収入は、世界トップ層の中でも上位数名くらいにしか回ってこない。実力僅差な世界トップ層の中には、凄まじい格差社会がある。
今やフェデラーは、テニス選手というよりは、フェデラーであること自体に意味がある。フェデラーという役割を果たす仕事、「職業:フェデラー」だ。
目論見書(文末)の「リスク要因④ マーケティングの成功に関するリスク」より引用:
当社のマーケティング戦略の一環として、ロジャー・フェデラーや世界中の様々なトライアスロン選手など、プロスポーツ選手やオリンピック選手と当社製品との間に消費者市場でのつながりを構築することがありますが、その結果、当社はさらなるリスクに直面することになります。セレブリティ・エンドーサーを失った場合、あるいはセレブリティ・エンドーサーが当社の評判(実際のものであれ、認識されたものであれ)を損なうような活動を行った場合、当社のブランドおよびビジネスに悪影響を及ぼす可能性があります。
フェデラーの行動次第で、数千億円レベルの企業価値が損なわれもするのが、彼のような立場だ。
フェデラーの事業
世界トップアスリートが事業投資するのは、最近の大きな流れだ。
ユニクロの300億円契約とは、従来20年間のNikeとの契約の後継。ユニクロはシューズを製造していないから、シューズのスポンサーだけ空白だった。そこに、Onを選んだわけだ。
力関係として、選択権はフェデラーの側にあった。どのブランドも欲しかった契約だったはず。Onを選んだ大きな理由に、「未公開企業に出資できる状態にあった」ことがある気がする。
単に儲かるからという話ではなくて、フェデラー自身の知名度を最大活用して、成長させられるから。自分が競技で使うために機能的に足りない部分があるのなら、開発させれば済む話。そのために出資した60億円を使わせることもできる。その結果として、自分のブランドイメージもさらに上げられるだろう。
こんな話は、以前のnote「フェデラーに見る「アスリート×投資家」という潮流」(2019年11月/2020年8月更新)にも書いた:
このレベルのおカネ持ちは、普通のおカネの使い方では使い切れないわけで(生涯100億円レベルではわりと使い切って破産したりするが…)、社会へのインパクトの大きさ、が重要な基準になる。その最大級がビル・ゲイツ。今回ワクチン投資が注目されたが、彼はかなり前から、人類の危機は水・食料・疫病だと考えて、備えるべく大量の農地を買収したいて、たぶん農地を活かすテクノロジーにも投資してる。
フェデラーは、アフリカの子供たちの教育を目的としたボランティア財団も立ち上げ、5000万ドルを集めて、既に150万ドルをアフリカの子供に寄付している。このおカネのリターンを享受するのは彼ではなくて社会全体であるわけだが、将来、何倍、何十倍かになるかもしれない。本当のトップは、こういうおカネの使い方をする。
・・・
2021/11/19追記:シャラポワ女王も、現役中からみずからのビジネスを始め、
「活動停止期間中には、本格的にビジネスを勉強するため、ハーバードビジネススクールのコースを一般受講者とともに学んだ。ナイキやプロバスケットボールのNBAでインターンとして働き、マネジメントを学んだ」
「スタートアップ企業へ順調に投資しており、最近では、建築プロジェクトに携わることも計画している。また、昨年12月、イギリス人の実業家で、同国の王室ともつながりをもち、芸術にも造詣が深いアレクサンダー・ギルケスとの婚約を発表」
など。スポンサー契約が引退後も続いているのも、フェデラーと同じ。
参考資料
「オンホールディング On Holding NYSE:ONON IPO目論見書F-1まとめ」が非常に詳細:
取り扱い証券会社は、ざっとみたところ、SBI、楽天かな。(SMBC日興は表示でただけでダメだった)。マジでネット企業しか金融にやる気がない。9/14時点で扱いのない大手も多くて、日本の証券会社さんは冴えない日本の上場企業さんがたと心中なさるおつもりなのだろうか?と不思議な気持ちにもなるが。。
参考:日本の上場逆効果問題?
Nikeのトップ競技レベルでの存在感について、2021年1月時点でのnote(その後、他社が追従してきた)
<商品>
定番シューズがクラウド、1.5万円で最低価格帯。大手は簡単にセールで4000円前後で買えてしまうけど、Onは価格競争から無縁。定期のモデルチェンジをせず、売れそうなものが出来た時だけ売れそうな分だけ作るので、在庫処分があまり発生せず、あっても3割引まで。結果、ブランドも守られる。これ経営的にとても強い。
(随時Update予定です)
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