ふと「沼る」という言葉について考えてみた。
これはあくまでも、わたし個人の感覚的な定義なので、正確性は欠くと思うが、「沼る」という言葉には「何らかの興味をもった対象にたいして、それ以外のことを差し置いてまで熱中する」といったニュアンスが含まれているように思う。
同じような意味の言葉に、すでに「ハマる」という言葉があるが、この「ハマる」と「沼る」が区別して使われるからには、両者の間には、意味のうえでの明確な違いがあるのだろうと思った。
「ハマる」というのは、おそらく「タイヤが溝に嵌る」の「はまる」からきている言葉だと思うので、「すでに明確な形や容積が存在するようなものに、自らのありかたがすっぽり収まってしまって、抜け出せなくなる」というニュアンスがあったり、場合によっては「自分が日常的に使用している場所からわずかに一歩ぶん脇にそれた非日常でのできごと」というニュアンスがあったりする、と仮定することができる。
そう仮定すると、「ハマる」とは区別して使われる「沼る」という言葉には、「ハマる」とは異なり、もっと形が曖昧で、空間的な広がりを伴うニュアンスがあるように感じられる。
「ハマる」には、あくまでも仕事と趣味は別のものとして区別するような一種のストイックさがあるのに対して、「沼る」という言葉にはむしろ「いまだ明確に形や容積の定まっていないものに、自分の生活が浸食されている」というようなニュアンスや、「日常と非日常の境界が崩壊し、いまや両者の区別がつかなくなっている」というような、ややおどろおどろしいニュアンスが含まれているのではないか、と考えることができる。
はじめは心身のリフレッシュのつもりではじめたつもりが、いつしか趣味のために休みをとるようになり、ひどい場合は寝不足で仕事に支障をきたしたり、食事をインスタントなもので済ませるようになり健康を害したり、という状態には、きっと「ハマる」よりも「沼る」のほうがしっくりくる。
今回はあくまでも、「x軸方向」での考察にとどめておくが、「底なし沼」という言葉もあるくらいだから、きっと「y軸方向」での考察もできるはずだ。
そういう意味では、今回のわたしの考察には「深み」が足りないのである(ダブルミーニング&ドヤ顔)。
以上
「そういえば……」と、記事のアイデアを思いついたのが約1時間前。そこから、分析し言語化するまで1時間弱くらいで、おまけにオチまでつけることができたので、わたしにはきっと「極めてなにか人類に対する優位な才能があるにちがいない」と思った(うそです。ごめんなさい)。
自信家ではあるけど、この記事には自信がもてない。
わたしの活動が、あなたの生活の一助になっているのなら、さいわいです。