DSCF3568のコピー

大三島ブリュワリーのクラフトビールに沈んだ男と今治ワンダーランド


目が覚めると口の中が乾ききっていた。

頭が重く、身体もだるい。

立ち上がろうとすると、左膝に痛みが走り、うまく曲がらない。腰も固まってしまっている。



水を飲まなければ……。

全身から水分が失われ、眼球まで乾いてしまいそうだった。何とか洗面台に辿り着き、水道水を直接口に注いだ。少しずつ身体が潤い始める。

ここは……。

どこだ……。

窓の外を見ると、小さな公園が見え、イソヒヨドリのさえずりが聞こえた。ここは海のそばらしい。

ぼくは今治にいる。

愛媛県今治市にサッカーを見に来たのだった。

今治に到着したのは土曜日の昼。

今は火曜日の朝、3泊したことになる。

しかし、この酷いコンディションは何事だ。記憶を探ってみる……。

財布を拾ってみると、中身がほとんど空っぽになっていた。随分と使ったらしい。何を買ったのだろうか……。

そして、財布の横には蒲鉾が落ちていた。

「小桜」と書かれた蒲鉾のパックを破ってかぶりついた。どうやら少し飢えていたらしい。

真ん中にうずらの卵が入っていて、爽やかな魚肉の味の中に、濃厚な黄身の風味が広がっていく。

美味しい。実に美味しい。
3袋もあったのだが、一気に平らげてしまった。

蒲鉾の風味が普通よりも上品に思えたため、原材料を眺めてみると、タラ、ハモ、グチと書いてある。

なるほどね……。

スケソウダラのすり身だけではなく、ハモとアマダイという上品な白身魚を混ぜているのだ。他にもいくつか味が含まれているのだろう。非常に複雑で、濃厚な味わいだった。

小桜を平らげると、隣にあったキクラゲ蒲鉾が目に入った。口に入れてみて小さな衝撃が走る。蒲鉾にキクラゲの食感が加われるとここまで違う食べ物になるのか!!柔らかくサクっと切れる魚肉のすり身の中に、プチプチと弾けるキクラゲが快感を与えてくれる。これは本当に美味しい。こちらも2枚、一気に平らげた。

蒲鉾と水道水の朝食を摂ると少し落ち着いた。この蒲鉾は地元の名店である二宮蒲鉾で購入したものだった。そうだ、昨晩は二宮蒲鉾の美人看板娘も交えて酒を飲んでいたのだった。

道連れは3名であった。

FC今治のスタッフを務める中島啓太さん。通称なかじー。

そして、インテリ女子大生ミラノ。ワカメ採集から道連れになったミラノちゃんは、なんと大学の後輩であった。

そして、二宮蒲鉾のあいこさん。彼女のお店で、蒲鉾を仕入れたのだ。

そうそう。
最後はこのメンバーだった。

ぼくのスマートフォンがなくなって、大騒ぎになった。そして、みんなで探してくれたのだった。そして車の中から、ミラノが見つけてくれた。

二宮蒲鉾がツアーで訪れるサポーターの見学場所になったとかいうことで喜んでいた。確かに、これだけの味わいの蒲鉾はなかなか食べられない。どうして今治の地で蒲鉾産業をしているのかなどのうんちくと交えつつ、うずらの卵や、きくらげが入った蒲鉾を囓れば、非常に充実した体験が出来ることだろう。

オーソドックスかつ高級な蒲鉾も購入したのだが、こちらは自宅に郵送してもらったので後ほど食べる。楽しみだ。



さて、昨日を振り返ってみるのだが、あまりにも濃厚な一日だったのでどこから手を付けたらいいのかわからない。

朝6時になかじーが現れて、船に乗って、これまでの人生で一番の食事を摂った。そうだそうだ。あれ以上に美味しいものは食べたことがない。

圧倒的であった。どれだけお金を出しても、今治で食べたあの一椀以上のものには出会えないだろう。なかじーと一緒に「幸せだね」といいながらニコニコしていたのを覚えている。

わかった!!あそこだ!!あそこから記憶が怪しい。

なかじーと二人で二宮蒲鉾を出て、今治駅でミラノを拾った。後部座席に座ると、眠りに落ちていた。目が覚めると島に着いていた。

大三島。

「だいさんとう?」

思わず口に出すと「おおみしま」となかじーが教えてくれた。

それからの記憶は鮮明だ。我々は神社を歩き、港まで歩いて行った。そして、港で話をした後、大三島ブリュワリーへと向かった。

ここだ。

すべてはここで始まった。

「中村さん、それじゃ記事が書けないでしょう!!駄目ですよー!!」

中島啓太のこの一言から、私は沈み始めた。神様が見守る島で、ぼくは沈んでいった。どこまでもどこまでも、深い深いところへと……。

ーーーーーーーーInformationーーーーーーーーー

というわけで、これから今治という名のワンダーランドで起こった出来事を続々と綴っていきます。

この文章は、その予告として書いています。単なる予告では面白くないので「大三島ブリュワリー」での出来事だけは詳細に記述します。

この企画は旅とサッカーを綴るOWL magazineに寄稿しています。この記事は基本料金無料で、最後のおまけ部分のみ有料となっています。今後書いていく記事は、全文有料、半分程度有料、おまけのみ有料の3パターンで展開します。

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大三島ブリュワリーは、なかじーの一押しスポットであった。

なかじーのお勧めスポット紹介より

大三島ブリュワリー
大阪から移住してきたサッカー好きの夫婦がオープンしたブリュワリー。地元の柑橘類を使った爽やかなフレーバーのクラフトビール が飲める。瓶やペットボトルを持っていけば、持ち帰り用に詰めてもくれるので車でも大丈夫。

というわけで、大三島ブリュワリーに突入する。

ビールは4種類あった。

1.ブロンドエール
2.IPA
3.ホワイトエール
4.カカオブラック

それぞれの味わいについて説明して頂いたのだが、ぼくの答えは決まっていた。消去法で1のブロンドエールであった。

まず、なかじーの一押しである3のホワイトエールは選択肢にない。ゆずを使ったフルーティーな白ビールである。刺激が小さく、苦みを抑えた女性向けのビールであろう。ビール党としては、もっとビールらしいビールが飲みたいのだ。

とはいっても2のIPAもない。ホップが効いて苦みがしっかりというと、日本で言うとエビスビールであろうか。ああいう力強いビールもいいのだが、ちょっと強すぎる。とんかつ、鍋料理などの味の濃い料理と一緒に飲むのならいいのだが、単体で飲みたいものではない。

4の黒ビールなんて論外だ。ぼくは黒ビールが好きではないのだ。しかも、カカオを使っているということはどうせこんな味わいになる。焦げたピーマンのように苦くて、下の横の方が「にがー!」と悲鳴を上げる。そのせいで喉ごしが悪い。

だから、ちびちびと飲むわけだが、日本酒のような甘くて表情が豊かなお酒とは違うのだ。ちびちび飲むと、苦みがずっと口の中に残り続ける。チョコレートでも囓りながらなら美味しく飲めるのかもしれないが、甘いものを食べながら酒を飲む趣味はない。

というわけで、オーソドックスな味わいというブロンドエールしか選択肢がなかった。まだ時間は1時である。この日は4時から起きているので、昼間にビールを飲んだら、確実に寝てしまう。それもそれで気持ちがいいのかもしれないが、なかじーとミラノを二人きりをするのは危険があるかもしれない。

「中村さん、それじゃ記事が書けないでしょう!!駄目ですよー!!4種類飲み比べないと!!」

中島啓太のこの一言から、私は沈み始めた。

神様が見守る島で、ぼくは沈んでいった。

どこまでもどこまでも、深い深いところへと……。


4種類すべてをハーフパイント注文した。1のブロンドエールについては2杯目だが。1パイントが約500 mlなので、ハーフだと250 mlとなる。それを5杯だから、1.25 Lである。これは、死んだな。

なかじーに飲み比べ記事を書けと煽られたのもあるので、しょうがない。何とか頑張ろう。酔っ払う前に味のレビューを完成させる。というわけでみんなとの会話を諦め、ペンを片手にクラフトビールと真剣勝負である。

1.ブロンドエール
非常に爽やかな飲み口。軽やかではあるが、苦みも小さくある。非常にバランスが良い。炭酸も強く感じられて、とても刺激的だ。ほんのりとした甘さも広がっている。刺激的なビールではあるが、尖りのない優しい風味。

予想していた通りとても美味しかった。ぼくは、ブロンドエールを1パイントも飲めば十分だった。そのくらいで済ませておけば酔っ払うこともなかったのだが。

さて、次を急がねば。ビールの泡が失われて、酸化が始まる前にあと3種類を飲まなければ。

次の飲んだのはホワイトエール。ぼくの表現で言うならばビール好きではない人に向けたビールだ。

3,ホワイトエール
口にいれるとほのかな柑橘系の香りが漂う。そうだ、これはゆずの香りだと書いてあった。刺激はとても小さく、やわらかい感触がある。ビールという飲み物の範囲内で、これ以上の優しい表情を作ることは不可能かもしれない。ビールとは思えないくらいだが、ギリギリビールである。苦みはかけらも感じられない。飲み進めるうちに、口の中にほんのりとした甘みが残されていることに気づく。爽やかな後味だ。おい

美味しかったのだが、予想通りといえば予想通りだ。ビールの苦みが苦手という人には是非お勧めしたいところだが、普段からビールとハイボールを飲んでいる人には他を勧める。

続いて2番の。

2.IPA
骨太な存在感のあるザ・ビールであることが一口でわかる。しっかりとした苦みが口の中に広がっていく。ここまでは予想通りであった。しかし、苦みの質が違っていた。苦くはあるのだが、一点を集中的に狙ってくる強い苦みではなく、薄く幅広い苦みが広がっていく。舌の上が満遍なく苦い。かといって、不愉快は一切ない。ほんのりビターである。ビール好きにはとても良い。

ただ、ぼくには少し苦すぎる。そう思ったのだが、不思議な現象が起こった。IPAが喉を通った後も、ほんのりとした苦みが続いていたのだが、その苦みが次第に心地良い旨味に変化した。不思議な感覚だ。さっきまでは苦かったのに、恍惚とするような甘みに変わっていた。

この感覚は他のビールでは味わったことがない。格別の後味である。聞いてみると、苦みの元になるホップには中毒性があって、次第に快感に変わっていくのだそうだ。

なんというビールだろうか。今まで飲んできたクラフトビールより何段も手が込んでいる。味が複層的だし、時間差による変化も楽しめるのだ。想像以上であった。

4.カカオブラック
最後は気が重いが苦い苦い黒ビールである。ぼくはギネススタウトが好きではないのだ。エビスの黒ビールも昔売っていたが、誰がこんなものを飲むのかと感じたのを覚えている。

そう思ってカカオブラックを口に入れる。苦くない!!なんだこれは!!色は真っ黒なのに苦くない!

まるで、フレッシュな浅煎りのコーヒーのようである。深入りコーヒーは苦くて深い味がするのだが、最近流行りの浅煎りはフルーティーな風味を味わえるのだ。

ブラックコーヒーというよりもアサイージュースとでも言う方が適切なくらいフレッシュな飲み口であった。ただし、黒ビールなので後味にはうっすらと苦みが残る。飲み終えると流石に黒ビールであることがわかる。IPAと同様に飲み口と、飲み終えた後の表情がまるで違う。

ビアホールでハーフアンドハーフという黒ビールと普通のビールをブレンドしたものを飲むことが出来るのだが、これよりもずっと苦くない。なのに黒ビールなのである。

新鮮な果実を囓るように黒ビールを飲んでいくと、芳醇なカカオの風味が口の中に充満していくのがわかる。果実ジュースとは異なり、糖が入っていないため、口の中が甘ったるくなることもない。ただひたすら気持ちが良い香りだけを味わえる。

フレッシュで、気持ちが良くて、カカオの新鮮な香りがして……。なんて美味しいのだろう。神様だけが飲めるビールだと言われたら信じてしまったかもしれない。今までで一番の黒ビールであった。

後で帰ってきた店主に聞いてみたところ、そう簡単に手に入らない希少なホップを使っているからこそ出せる味わいなのだそうだ。恐らく他のビールで同じ体験をすることは出来ないだろう。量が作れないので、お店で飲むことは難しく、大三島を訪れないと飲むことが出来ないらしい。

大三島へは、アクセス状況については……。
※後ほど追記。

ぼくがビールの味わいについてのメモを取り終わると、ミラノとなかじーが旅人の女性と仲良くなってきた。

ハキハキとした発声と歌うような活き活きとしたしゃべり方。よく動く表情。ああ、きっと役者さんだ。と思ったら本当に役者さんだった。

大学を卒業したばかりで、タレント活動もしているモリヤス彩火さんであった。

「モリヤスって森保一の森保?」

ぼくは尋ねてみた。

「えー?サッカーの監督さんですか?違います!!」

「そしたらモリヤスバンバンヴィガロのモリヤスってこと?」

「え?モリヤスバンバンヴィガロってなんですか?」

「モリヤスバンバンヴィガロって知らない?なんかリンゴとかを食べる人」

「知りませんよー!!誰ですかーーー!!!」

そんな会話をしたのを覚えている。そんなことから彩火さんとも仲良くなって、一緒に飲んでいた。

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中島啓太(なかじー

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ちなみにこちら(↑)が、森安彩火さんが作ったブリュワリー紹介の動画。ぼくは出ていないはずだったのだが、よく見ると……。


私の記憶が確かなら……。カカオブラックをあと3杯くらいは飲んだ気がする。いや、もっといったかもしれない。そうか、これでお金がなくなったのだろうか。

その後、帰ってきた店主の高橋さんと話し込む(何かの収穫をしていたと聞いた)。有名な箕輪ビールで修行した後に、大三島にブリュワリーを作ったのだそうだ。随分と複雑な味がしたことを伝えると、そうなるように工夫していることを教えてくれた。

高橋さんが言うに、ビールに必要なものはバランスであり、バランスを整えるだけで良いビールになるのだそうだ。何かのパラメーターが突出していると、鮮烈な感触はあるのだけど、すぐに飽きてしまう。ビールで飲み始めた人が、ずっとビールを飲み続けて楽しめることを目指しているのだという。

確かに。どのビールも突出した味わいはないが、飲んでいるうちに気持ちが良くなっていく。特にカカオブラックは何か可笑しい。飲む度に美味しくなっていく。キリがない。

カカオブラックを次から次へと飲んでいるうちに、脳みそが溶けていった。段々よくわからなくなっていった。

お店の中や、道路の上で、大声でFC今治コールをしたのを覚えている。それを見て、みんな笑っていた。なかじーも、高橋夫妻も、ミラノも、彩火も。

口の中は幸福で満たされ、世界は暖かかった。

大三島は神様が見守る島なのだという。その島は小さな幸せで溢れていた。ただ、ここは理想的な場所ではない。この世の楽園ではない。訪れてみればわかるはずだ。

今治地域を言い表す一番適切な表現は「夢が失われた街」である。きっとかつては夢があったのだろう。しかし、今は多数の残骸と共に衰退している。

大三島ブリュワリーのように新しい夢も生まれている。神様のためのビールを飲むことも出来る。ぼく、ミラノ、そして彩火のような旅人も訪れる。しかしながら、全体としては、朽ち果てていく。弱っていく。衰退していく。そして、いつか二度と立てなくなるかもしれない。

そんな街。そんな世界で、力強く夢を唱える者がいる。

その男の名は、中島啓太。

もちろん、彼だけではない。多くの人がサッカーに夢を託し始めた。

そして一つの概念となった。それがFC今治という存在であった。


夢を失った街が、再び夢を見ている。


ぼくが言いたいのはこの一言なのだ。しかし、それを説明するためにはもっともっと時間がかかる。一体何記事必要になるのだろうか。わからない。まったくわからない。

何という旅だったのだろうか。

親愛なるミラノも記事を書いてくれることになった。二人でこのOWL magazineで今治の見る夢について綴っていこうと思う。あ、なかじーも時間あれば!

この記事は、壮大なる今治ワンダーランド紀行のごく一部だけ取り出したものだ。これから、ゆっくりと綴っていこうと思っている。

我々は力強く言った。


「東京に行ったら彩火さんのところに絶対に遊びに行こう!!」


もっとも、これは不自然な発言ではなく、彼女が働いている旅をテーマとしたビアバーの所在を教えてもらったのだ。

ぼく、ミラノ、彩火、なかじーのメンバーで東京で乾杯できたらとても素敵だね。あるいはまた大三島で乾杯できたらそれも素敵だね。

良き旅と良き出会いに乾杯したいところなのだが、その後夜まで飲み続けたせいで、財布は空っぽ、お酒も1ヶ月くらい飲みたくない。

今治という不思議な土地に、ぼくの心は沈んでいった。一度家には帰るけど、きっと戻ってくるでしょう。

二宮蒲鉾も、次はもっと身体のコンディションが良い状態で食べよう!!温めたらもっと美味しいはずだから!!

ちなみに、なかじーもよく小桜を食べているそうだ。うずらの卵入りの蒲鉾である。写真がないと思ったら看板娘が送ってくれた。真ん中で切ると桜の花のように見えるらしい!!ごめんよ、適当に食ってしまったよ!!


というわけでこの記事はここらへんでおしまいです。最後に少しだけおまけをつけます。


マガジンの月額購読者の皆様にご支援頂いているおかげで、旅の記事を書くプロジェクトをすることが出来ました。こういった旅記事が今後も読みたいという方は、是非ご購読をお願い致します!

おまけとして、私が思う蒲鉾についてのミニエッセイを書きます。

「ぼくにとって蒲鉾とは」

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