刃物専門編集者の憂鬱 その22「作家インタビュー: 靍田雅彦」
こんにちは。「編集者&ライターときどき作家」の服部夏生と申します。
肩書きそのままに、いろいろな仕事をさせていただいているのですが、ちょっと珍しい「刃物専門編集者」としての日々を、あれこれ書いていこうと思います。
今回は「JKGナイフコンテスト」2022年の大賞を受賞した靍田雅彦さんにお伺いしたお話です。
「JKGナイフコンテスト」2022年大賞を受賞したベテラン作家
JKGナイフコンテストの2022年大賞受賞作「ST-24 10インチ」を初めて見た時の驚きは、よく覚えている。
鍛造ナイフの巨匠、ビル・モランの代表作のレプリカ、という試み自体が面白かった。
しかも出来が極上である。
エッジハードニングの跡がうっすらと浮かぶブレードの仕上がりは上々。ハンドルに施されたワイヤーインレイも独特の形状をしたシースもそつなくまとまっている。
手にすると思いの外の軽さで、手にしっくりと馴染んだ。
アートナイフである。だが、使えるナイフとしての一線は守る。明確な作り手の意思を感じた。
たぶん、大賞を取るな。と直感したこともまた、覚えている。
「挑戦してみたかったんです。ビル・モランの作品に」
制作した意図を、靍田さんは振り返る。
アメリカンナイフに魅了されて自作をはじめる
「アメリカのヴィンテージスタイルが好みです。中でも飾り気はなくても、実用を考えて作られた鍛造ナイフに機能美を感じるんです」
そう振り返る靍田さんは、ほぼ自力でナイフメイキングのキャリアを積み上げてきた。
作り始めたきっかけは2つ。ひとつは、雑誌で目にした古川四郎さんのナイフメイキングの連載で、もうひとつは、フライフィッシングの本で目にしたバック「#110」とガーバー「フォールディングスポーツマン2(FS2)」の写真だった。
昭和50年代はじめの頃である。
「渓流釣りをはじめたんですよ。そうしたらすぐに熱中してしまって。釣り道具だけでなく、山行に使えるような道具類を揃えていったのですが、それらも調べていくと奥深い。その中の一つがナイフだったんです」
110とFS2を買い求めようとしたが、結局別の国産のファクトリーナイフを手にいれる。だがそれは、渓流釣りで使うには少々大きすぎた。そこで頭に浮かんだのが古川さんの連載。
「自分でも作ってみよう」
出来上がったのは、古川さんの名作「カンザスシティ・メモリアル」のレプリカ。それを使うことで満足していた。オートバイのレースにも熱中していたこともあり、当初は自分で使うナイフしか作っていなかった。
技術を身につけながら道具も揃えていく
そんな靍田さんのナイフメイキングへの情熱が本格的に宿ったのは、熱処理と鍛造を始めたことからだった。
「近所の刃物屋さんに積層鋼を売っていたんです。どうやって熱処理をすればいいのか、と考えているうちに自分で試してみようと思いたったんです」
最初はうまくいかなかった。技術的な問題点は文献やインターネットを見ることで解消していきつつ、炉についても独自に研究を始めた。ガス炉を自作していた鍛造ナイフ作家を訪問してノウハウを教えてもらい、インターネットでアメリカのサイトなども参考にしながら見よう見まねでガス炉を自作した。
靍田さんの好奇心はそれだけにとどまらない。炉があれば素材を叩いてブレードをかたちづくっていく「鍛造」だってできる。ならば、鍛冶屋さんたちに技術を学ぼう。そう考えて、タケフナイフビレッジの鍛造教室に通い始めた。彼らとの交流を深めつつ、ますます鍛造ナイフにのめり込んでいく。
最初は夢中だった。だが次第に、手で鎚を振るうだけでは、馬力不足ゆえできることが限られてしまうことが足枷と感じるようになってきた。
「機械の力がどうしても欲しい。ただ、市販されている大型の機械式ハンマーだと、近隣の方々に迷惑がかかる。だったら、油圧プレスを自作しようと思い立ったんです」
2010年頃だったと靍田さんは語る。当時(多分、今も)制作の方法を紹介する文献などなかった。ところが、アメリカのサイトを検索してみると、DIYで作っている人たちが何人もいた。動画を閲覧し、有益だと思えるサイトは翻訳ソフトに通して仕組みを理解していった。さらには知り合いに相談して、海外から油圧シリンダーを取り寄せもした。
「オートバイの整備をやっていたから、機械いじりに慣れていたんですね」と本人はこともなげに語るが、普通では考えられないフットワークの軽さである。
RPGのように試行錯誤を繰り返し、幾つものハードルを超えた結果、必要な「道具」を手にした靍田さんは、ついに鍛造ナイフを自由に制作できる環境を手に入れた。
「もう、楽しくってね、『やりたいこと』がどんどん出てくるんですよ」
そう語る靍田さん。要職を担っていた本業を定年退職してからは、ますます精力的にナイフ制作に取り組むようになった。
目指すのは使いやすさと美しさが両立しているナイフ
「昔からランドールのナイフが好きなんです。中でもM11アラスカンスキナーの5インチモデル。個人的に『剣なた』がアウトドアでは非常に使いやすいと感じているのですが、それに通じるデザインで尚且つ汎用性が高くて使いやすい。デザイン的にもまとまっている」
そんな靍田さんが作るものは、自分が気になるデザインや用途のナイフ。ランドールにも通じる、アメリカンスタイルの素朴さを内包したデザインを得意としている。2019年のJKGナイフコンテストで優秀シースナイフ賞を受賞した「ボウイナイフ」が、その代表的なモデルといえよう。
実は、22年の大賞受賞作は、元々は制作するつもりはなかったという。
「ある方にビル・モランのナイフを作ってみないか、と勧められたことがきっかけだったんです。私自身は少々アートに寄りすぎているように感じてもいたのですが、そう言われて調べてみると、ディテールが実によく考えられている。これは、挑戦したい、となって制作したんです。だから受賞するとは思っていなかったので、驚いたと同時に素直に嬉しかったですね」
これは、と思うモデルをいくつも作ってきた。どの作品も、その時のベストを尽くした、という自負は持っている。
だが彼方にある「理想とするナイフ」のイメージを追い求める日々はまだ、続く。
「よく切れるブレード、手に吸い付くようなハンドルデザイン、降りやすい重量バランス。それらを踏まえた上で美しい。使いやすさと美しさが両立しているナイフを作り出そうと思って、制作に向かっています」
高いモチベーションと共に作られる靍田さんのナイフ。もし興味を持ったら、ぜひ、ショーやショップで手に取ってもらいたい。
そのナイフはあなたが持つことで、完成するのだから。
今しか作れない「作品」を生み出してほしい
最後に、靍田さんに、コンテストのみならずナイフメイキングに挑む人たちへメッセージをいただいた。
「今はとても喜ばしいことに、若いナイフ作家さんたちが次々に登場しています。これはSNSなどの発達で情報を得ることも、発信することも飛躍的にしやすくなったことと無関係ではないでしょうね。もし作ってみたいと考えたなら、どんどん情報を探して、試行錯誤を繰り返しながら制作していったらいいんじゃないか、と思います。そうするときっと『チャンス』がやってきます。それを逃さないようにアンテナを張り続けることは大事かもしれないですね。
ナイフに限らず『ものづくり』は、新人だからこそ作れる作品があると思っています。もちろん経験を重ねていくことで生まれる作品だってある。今を大事にしてナイフ作りに取り組めば、きっと手応えのある作品を生み出せると思います。ぜひ、一緒に楽しみましょう」
おわりに
冒頭でもご紹介したように今年も「第39回JKGナイフコンテスト」が開催される。
審査員の末席を汚すものとしても、ぜひとも多くの方々に応募していただきたい。
2024年9月1日 ~9月10日必着。
未発表の作品なら、過去作でも応募可能だ。
改めて、我こそはと思う方はぜひご応募いただきたい。
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