見出し画像

今日も静岡茶屋でお待ちしています vol.6 深蒸し茶と和紅茶のフルーツティ


前回までのあらすじ
静岡市の小さなデザイン会社に勤める新米デザイナー萌は、お茶屋の店主・薫をひそかに思いを寄せている。お茶のコラムを担当することになったことから、薫からお茶の指南を受けているが……。



 萌が担当しているお茶のコラムが好評だ。細部にわたって厳しい指示を出すクライアントも多い中、「萌さんのような若い女性が飲みたいお茶を紹介してください」と、大様なオーダーをいただいている。萌にとっては、信頼を寄せてもらっていると喜ぶべきなのだろうが、クライアントの細かいオーダーをこなすほうがずっと楽だ。期待にこたえたい。失敗したくない。そう思えば思うほど、不安になり、思うようにアイデアが浮かばないからだ。

 女の子が思わず試してみたくなるような”新しい”お茶ってどんなお茶だろう。お茶は、伝統産業だ。お茶の専門家ではない萌は、お茶のコラムを担当してから、たびたび薫に意見をもとめてきた。薫は、お茶の種類のこと、淹れ方のこと、そのたびに丁寧な回答をくれた。今回も薫に相談をしてみたのだ。ほどなくメールボックスに返信が届いた。

 しかし、薫の返事は、萌が予想していないものだった。

――お茶の淹れ方なら教えられます。でも、萌さんが飲みたいお茶は、ぼくが教えるわけにはいきません。萌さんが、ご自分で考えることですよね?

画像5

 「ああ、もう消えたい」
 萌は、天を仰いだ。

 薫は、いつもクールだ。
 萌だって、薫が、たくさんの生産者に会い、たくさんのお茶を飲み、悩んでいる姿を知っている。薫は、萌にも自分で悩めと言っているのだろうと分かる。それでも、お茶のこととなれば、まず薫の意見が聞きたい。どうしても自分のデザインにもセンスにも、自信が持てないのだ。 

 その自信のなさが、そのまま薫との関係にも現れてもいる。薫に惹かれているのに、嫌われるのが怖くて、客と店主という関係から一歩も進めることができない。それで、薫のちょっとした一言に傷ついたりしている。
 ――中学生かよ、自分。
 萌は、深いため息をついた。


 翌朝、萌は静岡市街から車で1時間ほどの森町に向かっていた。静岡県周智郡森町は、山あいの町だ。薫に借りたお茶ノートには次のように綴られている。


 山の合間を縫って太田川が流る風光明媚な森町は、秋葉神社へ続く秋葉街道の宿場町としてにぎわいました。街道の両脇には、古着屋、お茶屋などが立ち並んでいました。
 森町のお茶は、江戸の商人の間で「夏を越しても品質が落ちない」高級茶と知られ、良質な茶葉を求めて江戸から商人が買い付けにきました。
 茶葉は、暑さや湿気を嫌います。冷蔵庫のない時代、夏を越すと味が落ちてしまったり、黴が生えてしまったりして、売り物にならない茶が多く出回っていました。そんな中で、森町の茶は夏を越しても品質の落ちないお茶として、重宝されたのです。

「なるほど。品質こそ、信頼よね」
 萌は独りごちた。

インターを降り、小國神社に隣接する「小國ことまち横丁」内にあるヤマチョウ本店に向かった。小國神社は、遠州地方の一宮として知られ、特に、桜や紅葉の季節には多くの参拝客でにぎわう。ことまち横丁は、お茶屋やお土産屋が立ち並ぶグルメストリートだ。

 続きは、こちらからお読みいただけます。

イラスト/yukiko
取材協力/株式会社 鈴木長十商店
後援/静岡県茶業会議所

ヤマチョウ㈱鈴木長十商店
遠州森町で、 明治の初めから100年以上、お茶を作り続けているヤマチョウさん。ことまち横丁今回ご紹介したフィルターインボトルのために作ったお茶はこちらから購入できます。

画像6




読んでくださった方のこころに一瞬でも何かを残せたら、とても嬉しいです。