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教育におけるジェンダーギャップ(イベントレポート)

HatchEduでは、ゲストスピーカーに株式会社シナモン代表取締役社長CEO平野未来氏を迎え、「ジェンダーギャップと教育」をテーマにセミナーを開催しました(開催日:2021年2月17日)。モデレーターのHatchEdu運営メンバー小林りん(ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン 代表理事)とともに、データを読み解きながら、日本における教育的・経済的ジェンダーギャップの現状を分析し、課題を打破すべく、これからの教育現場や社会でできることについて議論しました。

また、教育現場の先進的実践として、スーパーサイエンススクール指定校でもある、豊島岡女子学園 中学校・高等学校の十九浦理孝先生から伺った事例をご紹介させていただきました。
本記事では、当日のサマリーをお届けします。

「ジェンダーギャップ」の現実

セッションは、小林からの課題提起からスタートしました。

小林:「日本での男女格差の課題は、安倍政権下のウーマノミクスを経て、出産後の離職率の低下などの面では進歩しました。一方で、コロナ禍を起因とする失業率や自殺率の増加幅は女性の方が大きいなど、未だ課題が山積しているのが現実です。しかし、データを見る限り、女性が優秀でないということでは決してありません。」

この課題提起に沿う形で、PISA(OECD加盟国生徒の学習到達度調査)のデータがいくつか提示、日本のジェンダー・ギャップの現実認識が参加者と共有されました。

グラフ1:日本の女子の数学スコアは国際的に非常に高い(PISA2018の調査対象41か国中2位)一方で、性別で比較した際の男女差が比較的大きく、女子の方が低い(OECD平均5点差に対して、日本は10点差)
グラフ2:各国の数学スコアの上位層を男女で比較した際、日本は特に高所得層での男女差が著しく大きい(OECD平均5点差に対して、日本11点差)
グラフ3:高等教育(大学・大学院・高専・短大を含む)の経済的リターン(生涯賃金に基づく)の男女格差は31か国中日本が最も大きく、男性の生涯賃金(教育投資を差し引いたネットの額)は女性の10倍以上。(2015年時点のデータ)

平野:経済リターンの男女格差が10倍以上(グラフ3参照)というのは、私も知らなかったので、かなり驚きです。
以前、学生の進路選択に関するデータをみた時、日本に限らず東アジアでは女性が理系選択する割合が少ない印象が見受けられました。世界各国で男女格差は存在すると思いますが、この傾向を見ると、文化も大きな影響を与えているのではないかと思います。学生時代の私の経験ですが、「女子は理系に行くな」「今は数学ができていても、受験の直前には男子に追い抜かれる」といったことを毎日呪いのように聞かされていました。「女性は理系に向いていない」というのが事実でないとしても、何年もこのような言葉を聞いていると「そうなのか」と思ってしまうと思います。

小林:日本の社会的なジェンダーロールに対するバイアスは根深く、平野さんが話されたような実態が現在の教育現場においても残っているとすると、日本の教育現場の意識がまだ遅れていることを示していると感じます。

エンジニアを志望しにくい日本の生徒

高校における文理選択の次がキャリア選択。キャリア選択における傾向を示すデータを見ると、「面白いことが浮き彫りになってくる」と話す小林。

グラフ4:理数系のトップ層の生徒のうち、日本では科学・エンジニアリング系のキャリアを志望する生徒が男女ともに少ない(PISA2018の調査対象国のうち最下位)

小林:理数系に長けている生徒だけを抜き出しても、エンジニア志望の若者が日本は顕著に少なく、そして、女子はさらに少ないです(グラフ4参照)。一方で、医学系を志望する若者の割合は非常に高い。工学系、いわゆるエンジニアを志望する人が少ないという日本の現状を示すデータだと思いますが、ご自身も工学系ご出身の平野さんは、この現状についてどう思われますか?

平野:まず、大学受験の偏差値ランキングにおいて、理系のトップというと医学部ですよね。将来の賃金を考慮すると、周囲の大人が医学部を勧めることも多いと思います。そして、一般的には、「医学部に行くには偏差値に足りない生徒が、理学部や工学部を選択する」という傾向があると思われます。

この傾向の背後には、「理工系学部の良さが語られていない」という課題があると感じます。
例えば、工学の面白さは、非常にスケーラブルなので、つくったものによっては、何千万人、何億人という人に自分の製品を使ってもらえる可能性を秘めています。高校生の頃は、工学がこのような具体的なインパクトや可能性がある学問であることを全く知りませんでした。

また、給与面での課題もあると思います。
日本でエンジニアとして働くと、文系的な職種に従事するビジネスマンよりも給与が低くなる場合があります。そのため、私の周りでは、あえて「文系就職」する友人も多かったです。
株式会社シナモンの海外拠点は台湾とベトナムにありますが、特にベトナムにおいては、プログラマーは給与が高い職業と社会的に認知されており、お医者さんより給与が高いと言われています。そのため、大学選択においても情報系学部は圧倒的に人気で、医学部より情報系学部を目指す学生が多いほどです。

小林:生涯賃金に関する価値観がアップデートされていないという課題もあるかもしれません。今は、銀行などの金融機関のトップも理系の方が就かれるなど、どの業界でも文系だけがトップを担う時代ではなくなっている事実が知られていない気がします。スタートアップのプログラマーの方の生涯賃金が圧倒的に高いという事実も全然知られていないですよね。
理系科目の指導に注力することも重要ですが、進路指導をする先生方の価値観にそういった時代の変化を反映する必要もあると感じます。

失敗への恐怖心をどう克服するか

小林:次に、「失敗することに対してどのくらい恐怖を感じるか」という面白いデータがあるのでご紹介します。ここにも男女差が見られます。

グラフ5:日本の女子の「失敗に対する恐れ」の水準は国際的な水準と比較し非常に高い(OECD平均の約2.6倍、失敗に対する恐れが強い)

平野:このデータもまた、上位にいる国が日本を含む東アジアに集中しており、文化の影響があるのかなと思いました。以前、小林さんの学校(ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン)を訪問した際に、生徒が積極的に発言していたのが印象的でした。私自身もそうでしたが、一般的な日本の学校に通った人にとっては、失敗を恐れて、授業で発言することにドキドキしてしまうことが多い気がします。

小林:平野さんもですか!?とても意外です。
今では起業家として、失敗を恐れず次々とチャレンジされていらっしゃると思いますが、変わられたきっかけは何ですか?

平野:そうですね。起業してみようと思うようになったきっかけのひとつは、父に「今一番にいる企業は、何年か後は落ち目になる」とアドバイスを受けたことでした。そのため、「就職ランキングの上位企業には行かない方がよい」と考えるようになりました。大企業に就職した先輩からも、「入社してすぐには自分の思うような仕事を任せてもらえない」という話などを聞いて、むしろ人生長い目で考えると、大事な20代に不本意な時間の過ごし方をする方がリスクがあるのではと思いました。

また、自分の「未来を予測する力」を信じたいという気持ちもありました。昔から「将来はこうなる」という予測や妄想をするのが大好きで。親も含め、誰も耳を傾けてくれないこともありましたが、結果的に自分の予想が的中することが何度かあり、「他人の意見を尊重するよりは、自分の考えを大事にしたい」という思いがありました。「念ずれば花ひらく」ではありませんが、自分で自分の未来を切り開こうと思ったことが大きいと思います。自分で思い描くことで未来が変わるのであれば、自分でつくっていきたいと思ったことが大きいと思います。

小林:今振り返って、平野さんの学生時代のお友達も、どうすればリスクを恐れず行動できるように変わることができたと思いますか?

平野:「自分がやろうとしていることは、実はリスクが高くない」と気づかせてくれるような、新しい観点で自分で考えるきっかけがあれば変わったと思います。

東京大学時代、私の周りの(同じ学科の?)同級生50人のうち、起業したのは私含め2人だけです。当時は、ライブドアショックの直後でもあり、「ベンチャーは胡散臭い」と思われていました。今の学生は、周囲で起業した仲間をみて、全員起業を志すほど、大きく変わってきています。周りで成功している人を見ることは、考え方が変わるよいきっかけになりますね。

意図的に起こしにくい事例ですが、新たな観点で考えることで、リスクへの感度も変わると思います。

「女子脳という脳はない!」ー豊島岡女子学園 中学校・高等学校の実践事例

2017年にスーパーサイエンスハイスクールに指定された豊島岡女子学園 中学校・高等学校。理学・工学系の進路を選択する生徒が全体の30%を占め、生徒がSTEM(Science, Technology, Engineering, Mathmatics)領域の挑戦をする機会が授業内外で豊富に用意されています。

十九浦先生から伺った具体的な実践をご紹介します。

①「正解のない課題に取り組む「T-STEAM:Pro(ものづくりプロジェクト)」
リニアモーターカー製作や、「筋電位を利用した義手の作成」など、社会実装型ものづくりプロジェクト。学校内で完結するのではなく、他校や大学生のチームとも競い合える大会にも参加。

②「試行錯誤」を促す教員のマインドセット
「教師の役割は生徒の好奇心を解放すること」という共通のマインドセットのもと、日々教員から「失敗してもいい」と伝えるようにしている。特に、STEMを学ぶことは、自然に失敗を経験できるという観点で意義がある。たとえば、実験は失敗の連続で、生徒は試行錯誤を重ねることで「失敗に向き合う」経験を積むことができる。

③「自分が今好きなことを究める」を支援
進路指導においては、まず自分の好きなものや興味があることを追求し、その上でどのような進路があるか、将来何をしたいのかについて生徒自身に考えてもらう。そうしたプロセスを経た結果、理系の進路を自分で選ぶ生徒が多いだけであり、学校として理系を推奨しているというわけではない。

<十九浦先生が教育者として大事にされていること>
・生徒を枠に押し込めない。「女子は空間認識が苦手」とか「男子は文章作成が苦手」という のは科学的に立証されていない。教員がそのようなバイアスをもたないことが何より重要。
・何か新しい取り組みを始める際に、「うまくいくかな?」ではなく「生徒が楽しめるかな?」という観点から考え、ワクワクを一番大事にしている。

平野:すごく素敵な取り組みをされていて、自分の子どもを通わせたいとも思いました。むしろ自分が通いたかったと思うくらい!

また、ものづくりを中高生時代から体験できることはすごくよいですね。私は大学入学後にプログラミングを知り、一日中プログラミングするほど没頭しました。でも、高校までは、プログラミングの存在すら知りませんでした。その存在を「知ることができる」ということは非常に良いですよね。知る機会がないと、やってみることもできないので、学校がそういった機会を与えるのは素晴らしいと思いました。

また、「生徒の好きなこと、やりたいことを尊重する」というのは実はすごく難しいことだと思うので、どう実践されているのか、興味を持ちました。

小林:これは、ISAKでも苦労しているところで、10人いれば十人十色。どこまで個別の興味を拾ってあげられるかというのは、教育現場では皆さん苦労されていることだと思います。

男性側からも壊していくジェンダーバイアス

セミナーの後半では、「ジェンダーギャップを解消するためにどんなことができるか」というテーマで、ご参加いただいた皆さんからも意見・アイディアを募りました。

そのなかで、聖学院中学校・高等学校に勤務する児浦良裕先生からご提案いただいたアイデアをご紹介します。

「ジェンダーバイアスについては、男子校でも「男子はこれをやらなくてもいい」等の締め付けがあります。例えば、男子校における家庭科教育。私は、家庭科教育を通して男子が料理や家事をもっと楽しく向き合えるようになるのではないかと、大きな可能性を感じています。私自身、家庭科の免許を取得中で、新しい家庭科教育ができないかと模索しています。男性の家庭科教員として、新たな価値観を示すことができれば面白いのではと思います。」

平野:素晴らしい取り組みですね!男子校出身者は、「男子は働き、女子は家事をする」というような性役割分業感を持つ傾向が強いというデータを以前見たことがあります。なので、男子校でのこういう視点からの取り組みはとても重要ですね。

小林:女子だけでなく、男子に対してもジェンダーバイアスがあるというのは、その通りだと思います。また、先生がおっしゃったように、教員の性別も実はすごく重要だと思います。家庭科の先生が常に女性であると「家庭科のことは女性がやるべき」という考えに繋がりかねません。逆も真なりで、Woman Typeさんの記事では、理系科目を担当する教員が男性だった場合と一人でも女性がいる場合で比較をすると、女子学生の理系選択する割合が増えたり、母親の最終学歴が理系だった場合、理系選択をする女子の割合が増えるなど、面白いデータがあります。6

子どもたちは学校で数多くのロールモデルに出会うと思いますが、理系の女性のロールモデルがいることは、意識の変革に大きく影響するのではないかと思います。

平野未来さんからのメッセージ

現代社会において男女格差はまだまだ存在しており、「男性も女性も仕事をしているのに、女性の方が家事の負担が大きい」「女性が時短勤務になり、フルパワーを出せない」ということが多々起きていると思います。先ほどお話があった、「男子校での家庭科教育を男性教員が行う」というのも素晴らしいアイデアですし、先入観を減らすために、学校においてジェンダーバイアスを壊していくような取り組みがもっと増えていくと、女性にとってよりチャンスが開かれた世の中になっていくのではと感じました。

また、「こういうものやサービスがあったらよいのでは」とイメージするだけではどうしても前に進みません。私の一番のお勧めは、ターゲットとなるお客様に売り込みに行くというアクションをとってみることです。事業がまだ完成していなくても、アイデアをまず売り込むことでお客様の反応がわかりますし、サービスの可能性を見極めることができます。また、多くの方と話すことで、様々なインサイトを得ることができ、サービスのブラッシュアップにも繋がります。

教育へのパッションをお持ちの皆様にも、ぜひ失敗を恐れず、行動を起こしていただければと思っております!

構成・編集:久保ゆりか
グラフ作成:久保ゆりか、Chelsey Lin(HatchEduスタッフ)

※肩書等はすべて当時のものです

<出典>

  1. Mathematics performance (PISA)|OECD

  2. PISA Volume II, Figure II.7.8 Proportion of top performers in mathematics, by gender and socio-economic status|OECD (2018, p.153)

  3. Education at Glance 2018 (p.102, 104)|OECD

  4. PISA Volume II, Figure II.8.6 Gender gap in fear of failure|OECD(2018, p.167)

  5. PISA Volume II, Figure II.8.8 Gender gap in career expectations amongst top performers in mathematics and/or science|OPISA 2018 Results (Volume II): Where All Students Can SucceedECD(2018, 171)

  6. 日本の女子学生の理系割合はOECD最低水準。ジェンダーギャップ解消の鍵とは?【Waffleイベントレポ】|Woman Type


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