銚子街道十九里半(常陸国編)#3
─稲敷市西代から稲敷市金江津まで─
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銚子岬から西に歩き出した。
布佐河岸から松戸河岸まで江戸時代にあったという鮮魚を運ぶ陸の道[鮮魚街道]を辿る旅をしたが三巡して力尽きた。
布佐河岸から利根川を下り銚子漁港まで歩く旅は十日もかかった。
今度は銚子漁港から利根川を茨城県側沿いに布佐まで遡ろうと思う。
利根川の茨城県側周辺には鉄道が無いので毎回千葉側の橋に近い駅を使い、利根川を渡り茨城県側に入るという時間のかかる旅になる。と思ってミニベロ輪行を導入したら、これがスイスイと進んでしまった。
利根川布佐河岸に標識が立っている。海まで76 .00キロメートル =19.352 里。約十九里の旅。
*
11月の三連休のど真ん中。
13時過ぎに嫁と子供を置きざりにして、私は茨城県稲敷市のショッピングセンターパルナの駐車場を出た。
パルナは稲敷市随一のショッピングモールと言ってもいいだろう。いや唯一かもしれない。ここにはドン・キホーテUNYからケーズデンキ、はたまた映画館まである。ただ、施設内に入るとどことなく遠い田舎のショッピングセンター的な雰囲気がして素敵である。我々を一気に旅情気分へと誘ってくれる。
お昼はパルナにある〝水産問屋の回転寿司浜っ子〟で食べた。回転寿司屋にしてはなかなか珍しい魚を扱っており、実に満足度が高かった。値段もとてもリーズナブルである。美味しく食べたあとはトイレでゆっくりとうんこ。軽量化に成功して写真撮影の出発である。
このパルナに着いてすぐにミニベロ自転車ジャイアントイデオム1を車から出しておいたので、走り出しから撮影までの準備は早かった。リュックからカメラを取り出し、沢田教一よろしくカメラストラップを短めにして首からかけた。ライカでグッドバイ。嫁と子供はしばらくこの田舎のショッピングセンターを堪能するようだ。
自転車に跨がり振り返ると青空をバックに塔屋にはカラフルなパルナのロゴデザイン。しかしどう見てもショッピングモールというよりは田舎のパチンコ屋にしか見えなかった。
さて、前回はこのパルナよりもっと利根川沿い西にあるガソリンスタンドで拾われたので、まずはそこまで走らなければならない。が、気がつくと横利根川という川沿いを北に向かって進んでいる。
水戸に向かってどうするのだ!
道が少ないので一本間違えるだけでとんでもないところに連れて行かれる。
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天気のいい休日なので横利根川は釣りを楽しむ人が多い。今走っている県道2号線は車の往来が激しく、歩道も右側に1本あるのみで西に向かいづらい。楽な道を選びすぎ随分と利根川から離れてしまったので、真っ直ぐ利根川に向かって伸びている国道125号道線を使うことにした。
走ってすぐに気がついたが、国道125号は前回と同じ道だった。違う道を選んだつもりなのだが、利根川沿いには道が2本くらいしかないのと、面白そうな道でより安全なルートを選ぶとどうしてもこの道に辿り着く。
しかし天気がいいと同じ道でも全く違う景色に見えるから不思議である。前回はどんより曇り空だったので牧草を包んだ白いロールも無機質に並び薄気味悪かったが、この快晴の下で見ると牧歌的に見えてしまう。
やっと利根川の脇道である県道十一号線(取手東線)にたどり着いた。一四時過ぎにガソリンスタンドの真裏を通過したので嫁にメールする。私の現在位置の報告である。このスタンドの位置は前回嫁も来たので地理的に分かりやすいだろう。
さて、ここからやっと前回の続きをスタートできるのだが、そこそこ体力と時間を使ってしまった。もうかれこれ一〇㌔以上走っている。
利根川に沿って農業用水路がある。その脇をゆっくりと走る。農家さんがあぜ道に腰を下ろして休憩している。普段から見飽きているであろう田園風景。その奥には小さいが筑波山が鎮座している。ぼーっと眺めながら3人で一服していた。映画みたいななかなかのシーン。声をかけずに隠し撮りしたが失敗した。
六角、曲渕、押砂と田園しかない地域の農道を通過する。利根川の茨城県側に何もないのは以前千葉県側の土手から遠く眺めていたので知っていたはずである。しかし、いざ自分で来てみるとさらにその何もなさのスケール感に驚かされる。サハラ砂漠やモンゴル平原もこんな感じであろう。それは陽が傾き始めると命の危険さえ感じるほどのヒリヒリ感である。このミニベロ自転車イデオム1が傍らにいるから耐えられるのだ。出でよロデム!
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神崎大橋を渡らず横切る。今日中に千葉県側に渡るためにはこの先2本しか橋がない。いずれも川を渡ってから駅へのアクセスはいい。私は家族との集合場所を1本先の橋を渡ってすぐにある「道の駅発酵の里こうざき」に決めた。
前回は車でこの道の駅に立ち寄ったのだが、ここなら多少の待ち時間も過ごせるだろう。現在地から6㌔ほど離れている。あまりサイクリングはせずに残りの道は低速ギアで写真をメインに徘徊するつもりだ。
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丸堀池にはバスアングラーが2人。「ここで釣ってください」と言わんばかりに迫り出した展望デッキからキャスティングしていた。多分いつまで見学していても彼らは釣れないだろう。その場所はプレッシャーが強過ぎる。時間はちょうど一五時。いよいよ本格的に陽が傾いて来た。
渡ろうと思っていた新利根川橋が見えてきたがちょっと様子がおかしい。エラい手前から高架になっているのだ。
これはもしや…こ、こ、高速道路ではないか?
地図には間違いなく国道468号線と圏央道と書かれている。一途の望みをかけて橋の袂まで行ったが、橋は遥か彼方の上空を銀河鉄道のように真っ直ぐと利根川を越えて千葉県へ延びていた。渡るどころか路面すら見ることができない。
この橋を渡れば嫁と子供が待っている。しかし、どうしようも無い。とりあえず嫁に連絡をすると幸いまだ道の駅には着いてないが、すでに千葉県側を走っているという。
さて、私に残された選択肢は2つ。というか選択〝橋〟が2つ。神崎大橋まで戻り、橋を渡ってぐるりと周り、向こう岸の道の駅に行くか。それともさらに先の橋、常総大橋まで行き千葉県に渡り、滑河駅で待ち合わせて拾ってもらうかだ。どちらも5㌔は走るだろう。それならば少しでも前に進みたい。家族とは成田線JR常滑駅で待ち合わせることにした。陽はどんどん暮れていく。もう撮影どころではないので、ガチ漕ぎで川沿いのサイクリングロードを常総大橋までつっ走る。
ここで私のアルミニウムの愛馬イデオム1が大活躍する。ミニベロでありながらロードバイク並みの走破性。するとどうだろう。私の走る前をサイクリングロードのイナゴたちがさざなみのように一斉に跳ねていくではないか。
まるでイナゴライダーだなんつっ亭。
それとやっぱり前回同様に見知らぬドデカうんちがサイクリングロードに時おり地雷のように落ちている。だが、数分後そのデカいうんちの主が突然目の前に現れた。
それはなんと…
放牧している牛だった。
犬じゃあるまいし、利根川の土手に放し飼いかよ!まぁ、それでも河原の雑草は食べてくれそうだしWIN-WINなのか。でも、うんちは舗装されたサイクリングロードにして欲しくないな。しかし牛デカい。そしてやっぱりこいつらも黒毛の和牛だ。長い紐で繋がれているので安心して見てはいられるが、あまりこちらを好意的には感じていないようである。土手に一定間隔で何匹も繋がれていた。もうどっぷりと夕方だが、そろそろ飼い主が来て牛舎に連れて帰るのかしら。どうやったらこれだけの数の牛ちゃんたちを安全に牛舎へ渡すのか。あの混雑した県道11号線を。それともまさかの野宿?まぁ、いい。こっちは牛ちゃんどころではない。陽はどんどん傾きかけている。牛の帰宅の心配をしている場合ではない。もし常総大橋も自転車が渡れなければその時は嫁に迎えに来てもらおう。橋が見えてきたが渡れるか渡れないかはまだ判断できない。これは間近まで行かないと分からないパターンだ。サイクリングロードの下の道には雑貨屋がある。よろずの物を売っているのだろうが、この辺の店は大抵屋号のおしりに「百貨店」が付いている。でもそのほとんどは廃業されている。この店はどうだろうか。店の明かりは点いていないが、ガソリンスタンドと併設されているので、今でも現役なのかもしれない。
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サイクリングロードから常総大橋へは簡単にエントリーできた。片側だけの歩道でかなり狭い造りだ。この橋を越えるとすぐに駅に着く。一度訪れたことがあるので駅のロータリーの場所も知っている。成田線では珍しく踏切で捕まった。踏切の向こう側ではお爺ちゃんと孫が電車の写真を撮って盛り上がっている。きっと孫は都内から田舎に来て、四角くて古い電車に興奮しているのだろう。
16時、滑河駅着。朝出遅れたためにトータル3時間ほどの短いスナップ時間だった。走行距離は20㌔ちょっと。
駅の待合室とロータリーには人が溢れていた。本当に本当に何もない田舎の駅なので不思議。「あなたはなぜ滑河駅にいるのか?」一人一人にインタビューしたいぐらい。
私がロータリーに入るジャストでサポートカー(嫁のクルマ)が来た。すごいタイミングだ。
次回はこの滑河駅からスタートする。
帰りは成田を経由して国道464号線一本で帰った。家の近くまで通る身近な国道だが、その先を知らなかったので意外と楽しかった。暗闇の国道はホテルのネオンサインだけを浮き立たせる。その裏側にある途轍もなく暗い田園と藪を隠して。