家族は社会の入り口だと思った話~映画『最初の晩餐』を観て~
家族をテーマにした映画ってここ数年だと『東京家族』、『万引き家族』、『長いお別れ』、『湯を沸かすほどの熱い愛』、『ぼくたちの家族』、『そして父になる』などを見てきた。
家族の映画ってもうパターンは出尽くした感覚があったけれど、今回の『最初の晩餐』はまた一味違う映画だった。
一言で言うと、家族って子どもにとって理不尽のオンパレードで納得できないことも沢山あるんだけど、そんなところが社会の入り口だなぁとしみじみと思った。
映画『最初の晩餐』を観て思ったこと
〇あらすじ
登山家だった父・日登志(永瀬正敏)と母・アキコ(斉藤由貴)は再婚同士で、20年前に家族となった。麟太郎(染谷将太)が7歳、美也子(戸田恵梨香)が11歳の夏だった。 新しく母となったアキコには、17歳になるシュン(楽駆)という男の子がいた。
5人はギクシャクしながらも、何気ない日常を積み重ね、気持ちを少しずつ手繰り寄せ、お互いにちょっとだけ妥協し、家族として、暮らしはじめていた。 それは平凡だけど、穏やかな日々だった。
しかし、1本の電話が、まるで1滴の染みが広がるように、この家族を変えていく…… 。
映画『最初の晩餐』公式サイトより引用 http://saishonobansan.com/
<予告編>
上の動画で、今までの味噌汁は白味噌だったのに、新しいお母さんが作った味噌汁が赤味噌で、子どもたちが戸惑うシーンがあるのだが、このシーンがとても好き。
数日赤味噌、白味噌を行ったり来たりした結果、お母さんアキコは合わせ味噌の味噌汁を作り対策を取る。その時の、子どもたちの「一本取られた!」という表情、母のすまし顔が何とも言えず面白い。
こうした理不尽といかに軽やかに付き合えるか
作中では、元々他人だった5人が一つの家族になろうと模索、葛藤する姿が描かれる。麟太郎と美也子はぶつけようのない親への怒りがわだかまりとなり、大人になって自分が家族を築く段階になってもなお"家族とは何か"、の問いの前で途方に暮れる。
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私も子どもの頃、自分は無力な存在だなと思っていた。引っ越しに伴う転校のときに強く感じた。引っ越しはもう決定事項として言い渡され、小学生の自分は従うしかない。当時はその理不尽さに納得ができず憤りを感じたものだけど、大人になったら自分の思うようにならない事態は日常茶飯事で起きる。
会社で働くようになって10年程経ち、その間3社に身を置いてきたけれど、上司の意向や組織編制の都合で仕事内容や配置が変わることもある。その度に、また一から新しい仕事や人との付き合いが始まる。右往左往しながらも自分にできること、必要なことをその都度考え、行動していくしかない。
”仕方ない”というのはネガティブな印象を伴う言葉だけど、仕方ないと受け入れることは、私の中での消化するということ。
子どもからみたら理不尽を提供する側の大人だって(笑)、今回の映画のようにパートナーではない人を好きになり、ある意味"抗いようがない感情”に翻弄されてしまうこともある。それにより、今まで守ってきたものを壊してしまうことになっても、そこからどうするか、が大事だなと思う。
本作の中でも、父と母は新しく家族となった子どもたちに愛情を注ぎ続けた。もうその年月だけで、”家族ってなに?”という問いに十分答えていると思った。
最後に、長男シュン役を演じた窪塚洋介さんのメッセージが素敵だったので紹介して終わります。