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第23回 君、音、朝方、etc 【私的小説】

昔の冒険譚
最後のドラゴンは
君が生まれる前に待っていた

「私の父かもしれない、」
 私は響一に伝える。
「確信はない。けど、状況証拠から言って間違いのないことだと思う。というか、響一君の話を聞いて確信を持てた。そう」
 父について知っていることを今、全て話そうと思う。

「私には父がいないと子どもの頃から分かっていた。けど、母は私が小学生に上がる時、2枚の写真を私に見せた。父の顔がくっきり映っていた。もう片方は私たち3人がいた。彼は茶色のスーツを着ていた、」

「母子家庭だったから、母は忙しかった、仕事に、遊びに。身の回りのことは自分でやるようになった。ある時からは家での料理を全てするようになった。楽しいことだった。母が黙々と食べる姿を見て、私は嬉しかった。『美味しい』も『不味い』も彼女は言わないけど。
 二人はこの街で出会った、とそれだけを母は私に伝えた。『この街も悪くない』と彼女は言った。それまで父についてのことは、どんなことであっても母は口にしなかった。だから、私にとって父はベールに包まれた存在だった、」

「だけど一度、母は、父が学校の先生をしていたと言った、とても酔っている時に。私にとって人生で一番悲しいことがあった日だった。だから慰めてくれようとして母はそんなことを言ったのかもしれない。『お前の父さんも人間なんだよ』と母は言った」

 響一は過去を導く。
「君はお父さんと話したことはあったの?」
「記憶に残っていない」
「話そうと思った?」
「彼が何を言おうが私には届かない」
「それは彼も分かっていたかもしれない」
 言葉に驚く。私は平静を保つ。
「そんなの分からなくていいのに」
 今、気持ちに気づく。
 揺れ惑う炎がある。私は伝える。

「私とその人は話さないし、もし話したとしても何一つ分かりあえない」
「それは君の希望?」
 考えて言う。「事実」と。
 それを誰も否定しない。
 
 響一は私に言う。
「生まれ故郷へ帰ってきた、と彼は言った。ただ、またどこかに向かわなければいけない、と彼は言った」
「お父さんは頭がおかしいのかな」
「彼がおかしいとしたら世の中の全ては、全ておかしい」
「その人が今どこにいるかは、君は知らない?」と私は訊ねる。
 
 響一は頷く。
「けど、安心して欲しいと彼は言った。俺についての心配や恐怖や怒りや不安は、もう持つ必要はない。波が凪ぐ海のように俺はここにいると」
「凪ぐ?」
「心が静まっているということ」
「勝手、」と私は言う。
「あまりにも勝手だ」
 ほんの一瞬だけ目を瞑る。
 
 言葉は私自身を知らせる。
「彼が何を考え、どういう状態にいるのかなんて私には関係ない。一度か私のこと考えてくれたことがあった?」
 怒りを感じている。筋違いだと、分かっている。
 私は言う。強情だって笑うだろうか。
「届かない言葉を君に話しても意味ない」
 
 風の音が聞こえる。
「全てには意味がある」と彼は言う。

 夜の時間は止まっていた。動き続けているようにも感じた。

 響一は述懐してくれる。
「彼とこの前話した時、君に話したかったんだと、今になって思う。僕らは過去がないかのように話した。以前、会ったことがあるか、彼は一切言及しなかったんだ。それを不思議に思ったけど、彼はいちいち口に出さないだけだと思った、僕は。旧知の真柄の様な空気はあった、」

「だから、彼は分かっているんだろう。5年前、別れた時も、僕が君と出会うことを彼は予期していた。僕らが、君と僕と、彼が同じ町に住んでいること、住んでいたことを彼は知っていた。だからこそ、僕との関係性を始めようと彼は思ったのかもしれない、」
「今考えた推測だけど」 と響一は呟く。

「そうだったとして、もうこれで終わりってこと?お父さんは、私とあなたが出会い、話して、彼の存在を確かめ合うことを期待してたってこと?大地は今どこにいるんだろう。私は探さなくていい?」
「大地、」と彼は繰り返した。
「確かにその名前だった」
 それで何があるのだろうか。

「僕の叔父は彼ではない」と響一は言う。
「私たちはいとこではなかった」
「そうだね」と響一は私を見る。

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