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第6回 君、音、朝方、etc 【私的小説】

朝に二人は見る。
どこかに向かう夢を。
どこにいるかは分かっている。

「7:30」
 朝食の時間、ヨーグルトにグラノーラを加える。一定のリズムで、スプーンを口に運ぶ。初めて食べた時は、美味しいと感じられたけど、今はそれほど不味くないと感じる。好んで食べるものではないけど、遠ざけるものでもない。

 ティーパックがお湯に色を滲ませる。大人になって私は紅茶を飲み始めた。いつだって、その香りは私を高貴な気分にさせる。そして、朝が終わるように最後の一滴を飲み干す。扉の外に出れば誰かになれる。だから今は誰でもなくていい。
 ラジオを消すのを忘れないようにする。部屋に音楽を置き去りにしたくない。

 決まった曲をイヤフォンで聴き、足を前に進め、視線を前に向ける。車に轢かれないことを考える。死が一つの不幸の形だとするならば、私の身に降りかかる不幸の可能性は事故だけだった。それ以外の生活を成り立たせる要素は、全てコントロールされているように思える。
 変化は何もない。決まったことをする。

 コンビニエンスストアでミルクフランスだけを買う。
 かばんに収める、潰さないように。過疎地の町では行き交う人は少ない。橋を渡る時、彼の不在に安堵する。何かを期待しているわけではなくて、避けたいという思いを確認する。
 ドアを開け挨拶をする。「おはようございます」
 返ってくる言葉はない。それでも私は一日を始める。
 決められたことだから。

 
 朝に夢を見た。現と幻のはざまにいる。
 今この世界が幻でも、それ程おかしくない。笑えないジョークだ。今日は起きていようと思う。夜、眠りにつくのだ。それまでの時間をただ過ごす。行き場のない時間を漫然と浪費する。

「何もかもに意味はない、腹を満たすだけだ、性欲を満たすだけだ」
 いつか父に言った言葉を思い出す。彼の表情は窺い知れなかった。

 10代後半の大部分の時間、実家で過ごした。何をするでもなかった。夕方に起き、ラジオを聞いた、音楽を聴いた。6時から野球中継が始まる季節は、僕にとって最高の楽しみだった。楽しみと言うと少しポジティブな匂いがする。正確に言うと、それ程苦しまなくて済む簡便な時間つぶしだった。    

 2人の男が会話をし、18人がプレイをし、何万人が球場で観戦する。一種の熱や興奮を耳にすることが良かった。
 
 自然と思い出す。隣町の祖父母の家に家族で訪れた帰り、家路に向かう車での時刻は午後8時か9時だった。僅か15分ほどの行程で、切り抜きされた試合の一部を聞くことになった。
 
 CMが明ける度、決まったフレーズが流れた。ラジオ局によって違ったけど、全て同じ印象が残った。僕らはジャイアンツの試合を車内で観戦していた。その時の僕はそれで満たされた。どちらが勝っているとかどうでもよかった。投げる姿を、打つ姿を、守る姿を、見守る大勢の人間を感じるだけで価値があるように思えた。

 どこかで知らない誰かが、ここにいる彼らの知らない僕と繋がっている。子どもの頃の僕は言語化できない思いを、ただ未来に向けて託していたんだと思う。上手く言えないけど、未来は素晴らしいと思えた。
 まだ見ぬ世界は僕には見えないけど、耳を澄ますことで聞くことができる気がしていた。

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