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歌川国貞《星の霜当世風俗(蚊やき)》

今回は、こちらの作品を見てみましょう。
この作品は、江戸後期の浮世絵師・歌川国貞の代表作「星や霜当世風俗」という全部で10枚のシリーズの内の一枚です。

そろそろ夏も終わりに近づいていますが、暑い夏の夜の一場面が描かれています。以下、詳しく解説していきます。

◆歌川国貞とは

この作品を描いた歌川国貞は、江戸後期に絶大な人気を誇った浮世絵師で、
美人画と役者絵を中心に旺盛な作画量を見せ、天保15年に師匠の「豊国」の名を襲名して歌川派をけん引します。国貞の浮世絵は生涯に三万点以上あるのではないかと言われています。

現在、歌川派というと、歌川広重や歌川国芳などのほうが有名ですが、当時の評判記をみてもわかるように、「豊国にかほ国芳むしや広重めいしよ」とあるように、
豊国の名前を襲名した国貞が当時のトップを誇っていました。

国貞はかなり長生きをしまして、59歳の時に師匠の名前を襲名した後も79歳で亡くなるまで、常にトップランナーとして走り続けました。

【作品解説】

では、いったいこの女性は何をやっているところかというと、このあたりに蚊が止まっています。

見えますでしょうか。拡大します。

この女性は蚊帳の中に入ってしまった蚊を焼き殺そうとしているのです。
現在あまり知らない子もいますが、この女性は蚊帳の中に入っています。
昔は蚊が入ってきてはいけないので、団扇でパっパっパっと払ってから、すっと入って、ということで、足元には団扇があります。

◆技法について

この蚊帳の面に注目すると、ちゃんと版画で刷っています。

これは、「網目刷り」という技法です。
実は、版木を二枚使って摺っています。
縦線だけの版木と横線だけの版木を二回重ねると、網目になるんです。

江戸時代後期には彫の名人がいるので、網目で小さな四角い1mm角以下のものをすべてくりぬくことはできます。
しかしそれを次の摺師のところへ持っていくと、とても摺りにくいです。溝にすべて絵の具がたまってしまって線がでません。
そこで、縦線だけ、横線だけにすると、摺師のほうでは刷毛で絵の具を塗れば線のところだけが摺れるので、彫師も楽だし、摺師も楽~♪

という技法です。
浮世絵の楽しみ方は技法を楽しむことでもあります。

◆この作品の制作年代は?

この作品の制作年代はいつ頃かというと、文政2年であることがはっきりわかります。それが、はっきりわかる手掛かりとなるのが、役者絵が描かれた団扇なんです。

これだと逆さまなので、まっすぐにしてみましょう。

紫の江戸紫の鉢巻ということで「助六」ということがわかります。
助六の顔は似顔になっているので、この役者が「助六」をやった時を調べれば、年代を特定することができます。
では、助六といえば誰を思い浮かべますでしょうか?

「助六」というと、歌舞伎十八番の一つで、まず、市川團十郎が頭に浮かぶのではないかと思います。
なので国貞のこの作品の文政期に活躍した七代目市川團十郎の役者絵を出してみます。

この七代目團十郎の顔は、眉が吊り上がり、目が二重瞼で目玉がとても大きかったというような特徴があります。

では先ほどの団扇の役者と団十郎の顔と比べるとどうでしょう?

團十郎とこの役者と顔のを比べると、まず眉毛が全く違います。
團十郎は眉が吊り上がり、目元が二重でぎょろっとしている程かなり大きいですが、この役者は目は切れ長で、顔は困り顔のようで眉毛が下がっています。
では、いったい誰なのでしょうか・・?

この文政2年に團十郎以外に助六をやっている人物がいます。文政2年3月3日に中村座で助六を上演したと記載があります。

助六「菊五郎」の記載があります。拡大します。

では、この時に菊五郎が助六を演じた役者絵を見てみましょう。三代目菊五郎は切れ長で、顔は困り顔のようで眉毛が下がっています。

拡大してみます。


先ほどの團十郎と菊五郎、この役者絵はどちらのほうがが似ているかというと、菊五郎ではないでしょうか。

実は『歌舞伎年表』の文政2年3月の記述を見ると、二人は隣の芝居小屋で同時に助六を上演しています。團十郎は3月5日に玉川座で助六を上演しているのです。
團十郎からすれば、菊五郎は先輩だけど、助六という芝居に関しては自分の家の専売特許なのに、何の挨拶に来ないということは面白くない・・ということで二人はここで喧嘩別れをしてしまいます。つまり同じ芝居に出なくなってしまうのです。
和解するのは文政5年のため、これによって二人は顔合わをせず、
どうしても一緒に出演しなくてはいけない、というときは替え玉で、スタイルだけ同じにして芝居をやったとか。

というわけで、この団扇に描かれた役者は文政2年の菊五郎を描いたということがわかります。

◆最後に補足

ちなみにですが、この助六の江戸紫の鉢巻は、熱を冷ますという意味があります。
助六はパワーがありすぎて、頭を冷やしているという感じです。
当時のツッパリが吉原にあがりこんでいるというような
紫の鉢巻は右側に結び目があります。
紫の鉢巻が右側に結び目があるのが助六です。
では左側に結んでいるのはというと、「病鉢巻(やまいはちまき)」といって、病人がするものなので、結び目の場所によって、パワーがありすぎて熱を冷ますというものと、病人が病気の熱を冷ます
鉢巻の場所など細かな部分を見てみるのも楽しいかと思います。

今回は、この国貞の作品をご紹介しました!

国貞の美人絵、実は大変貴重な下絵も残されています!!

このことについては、9月5日(土)の美人画研究会でご紹介したいと思います♪

会場は、すでに満席ですが、ZOOMでのご参加希望の方は、今月下旬まで募集しております。

詳しくは、美人画研究会ホームページをご覧いただければ幸いです。





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