赤ひげ先生!長い間お疲れさまでした!!
今回はお世話になっていた診療所の先生のお話です。
今年、年賀状を出しても返事がなかったので『もう年賀の挨拶、止めちゃったのかなぁ?』くらいに思っていたんです。実際もう患者ではないので、返事がなくても『ま、しょうがないな』って。
もうご高齢だろうし、お医者さんも辞めたっちゃのかなって。でも去年の年賀の便りには『ボケ防止に医者を続けております!』とひとこと添えてありました。
『引退されたとしてもお元気であればそれでいいや』って思ってたある日の夕方、ポストに一通の寒中見舞いが届いてました。
ハガキを読んだ直後!
えぇ〜〜ぇ!そんなぁ〜〜〜!😭😭😭
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その寒中見舞いは、先生が昨年の暮れに亡くなったとのお知らせで、差し出しはご家族からでした。
本当にショックです。
最後にお会いした時は大変お元気だったのに。初めて出逢ったときにも『40代前半で高血圧だとぉ〜。なんだこの牛みたいな腹!治していかなきゃしょーがねぇだろ!』と言ってじゃないですか。
おととしまでは、週に数回、嘱託医としてお仕事をしているとあったんですけど。まだまだ、ドクターとして活躍されていると思ってたんですけどね。
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ここからは先生との出逢いから思い出話です。
僕が先生と知り合ったのはかれこれ10年ほど前。人間ドックで『高血圧』『高コレステロール症』を指摘され、かかりつけ医を見つけ、治療しなさいとの指示を受けたことがきっかけでした。
当時住んでいたのは、今よりも『ど田舎』。総合病院は何ヶ所かあったのですが、どこの病院もめっちゃ混んでおり。
個人名の病院にもなかなか行きずらいなぁーと思っていたところ、公立総合病院の分院(診療所)が近所にあると市役所のホームページで見つけ訪ねていきました。
診察室に入ると小柄で、油気の少ない白髪を頭にのせている、ニコニコした『おじいちゃん』が老眼鏡をずらして、カルテを書いてました。
『まじかよ〜!このおじいちゃん先生、大丈夫か?』が僕の第一印象。
そして、症状を伝え、いまよりも肥満体だった体を先生にさらし、浮き輪のごとく膨らんだお腹を触診。それで冒頭のひとことをいただいた次第です。
『じゃあ、データーを改めて取るか!』と血液と尿の検査を行い、診療所の奥にある検査器具の部屋に通されると、そこには高機能の血圧計や腹部エコー、簡易遠心分離機まで揃っておりました。
『え!あの先生これ操作するの?しかし田舎の診療所にしては設備が充実してるな』と感じました。
そして、検査を始めると、先生、診察室の印象と変わり、鋭い目つきでテキパキと検査してたのにびっくり!
それから月1回のペースで通院&治療がスタートしました。
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半年〜1年と経過してくると、徐々に先生とも打ち解け、色んなことを話すようになっていきました。ご指示通り少しずつ体質改善に取り組み始め。途中お酒もやめたので、血液検査の数値はかなり改善。
それと同時に処方せん薬局のご主人とも顔なじみになり、薬の相談ついでにその『おじいちゃん先生』の噂ばなしをするようになり、それによると。
おじいちゃん先生、その小さな診療所の前はというと、県内中規模総合病院の『心臓外科医』だったとのこと。手術も数百という症例を経験された凄腕ドクター。そして、ご本人もハッキリと言わないまでも第2の人生は『地域医療』に従事すると決めていたそうです。
その診療所に赴任してからは、専門外の生活習慣病の学会に出席されたり、学校の健康診断に出かけたり、毎週曜日を決めて体の不自由なお年寄りを往診したりと大活躍。診療所にあった検査器具も『患者の面倒を見るのに必要だから』と先生が総合病院や市役所に掛け合って導入されたものでした。
そんな先生の仕事を聞きつけた新聞社があったようで、地域の糖尿病患者が減ったと、全国紙の地域版に掲載されたこともありましたよ。
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ご本人のモットーとして、病気の勉強して健康を維持向上させのが患者の務め、医者はそれの手助けをするだけだ。しかし、自分の務めを理解しないものは助けようがないと。なので、合わない患者とはひと悶着を起こすことがあったとか。
けど、僕とは不思議と気が合いました。その後も高血圧だけでなく『水虫』『花粉症』『腹が痛い』『腰が痛い』と何でも面倒みていただきました。
そして今度は人間ドックの『便潜血』で引っかかり、先生の見立てで『切れ痔』判明。そのとき『無影灯と消毒の設備あれば、俺がコイツ(痔核)切ってやるんだけどなぁ〜』とボソッとひとこと。外科医の血が騒いだのでしょうね。
メンタルが落ちて、気が晴れないことが続いた時も『寝るのが一番だ。少し寝つきが良くなる薬出しとくから』と、本当に僕の『身体と心』のなにからなにまで助けてもらいました。
しかし、地域総合病院の運営方針が変わり、若返りへと方向変換。残念ながら先生は追われるようにその診療所を去っていき、僕も違う病院へ通うようになりました。
診療所からいなくなった先生とは、これで交流がなくなるなと思っていたところ、新しい勤務先の挨拶状が届いた時は嬉しかったです。
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映画のタイトルではありませんが、先生の晩年は『赤ひげ』そのもの。地域の患者のために心と技術を尽くす。そして、生涯現役を貫かれ、天国へ旅立たれました。
僕があまりにも早くそっちへ行くと怒られそうですので、まだまだ健康でもうしばらく(平均寿命くらいまでは)この世で暮らしたいと思っています。
そしていつか『あの世』で再会したとき『おめぇさんも爺さんになったなぁ〜。やっと来たかぁ。でもこっちに来たら医者のオレはいらねぇ〜だろ!』と言わせてやりますよ(笑
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先生、長い間のお医者さん生活、大変お疲れ様でした。そして、本当にお世話になりました。心より御礼申し上げます。
そして末筆ではありますが、長年、地域医療にご尽力くださった先生に対して、謹んでご冥福を申し上げます。合掌。
それではまた。