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早起きして触れた「異世界」

朝4時に目が覚めた。空は青くなりつつあるが、世界はまだ暗い。もう一眠りしようと思い布団に潜り込んだが、寝付けない。なんだか頭が痛い。昨夜アルコール3%だと思って飲んだチューハイが6%だったせいだ。酒の力で早くに眠りに落ち、その分早く目が覚めてしまったのだろう。そのような寝方をした次の朝は少し気持ち悪い。仕方なくスマホをいじっていたが、ますます気持ち悪くなった。現代社会の産物は二日酔いを冷ましてなどくれない。僕は慌てて立ち上がった。
立ち上がった弾みに閃いた。そうだ、散歩しよう。それがいい。1分後にはイングランドの強豪サッカークラブのウェアを身に纏い、軽やかなステップで颯爽と外に繰り出していた。
元来冷静で慎重な性格だが、時に思いつきで突拍子もない行動に出る。意味もなく真夜中に駅前へノコノコ出かけたこともあるし、バスに乗って見知らぬ田舎町を放浪したこともある。思うに僕という人間は、一度やりたいと思った行為が誰の迷惑にもならぬものであれば、明らかに無意味でも躊躇なく実行に移せるのだろう。「思い立ったが吉日」の言葉を胸に。この朝もそうだった。

外は少し寒い。気温は8度で、微風も吹いている。だが「やめようかな」とは微塵も考えなかった。この微妙な天候にも味があるというものだ。
まずは自宅周辺を歩いた。聴こえるのはサウンドオブサイレンス。ただ静寂の音のみ。このところ自粛要請の影響で日中も街は静かだが、この朝の静けさはそれとは比べ物にならなかった。1キロ先で少女がアイスクリームを落とした音すら聞こえそうだった。
歩くうちに、脳に空気の匂いが差し込んできた。それが普段の匂いとは完全に別物であることに気づくのに、さほど時間は要しなかった。まるで北海道の山麓を漂う空気のようだ。この都市エリアに、こんなにも美しい空気が残っていたことに驚かされた。思えば、人と車が消え去って4〜5時間は経つ。その間に、この世界を循環する地球本来の空気が、汚れた空気を押し出したのだろう。僕は、見慣れた街の見慣れない一面に出会った。
聴覚、嗅覚、ときたら次は触覚?味覚?いや視覚だ。あたりを見渡してみよう。そう思った僕であったが、すぐに自重した。考えてもみなされ。早朝に若い男がそんなことをしていれば、職務質問の餌食になるじゃろう。職質をかけるには案外厳しい条件があるのだが、キョロキョロする僕はそれを満たす可能性を存分に秘めていた。
僕は腹を括った。なるべく周りを見ずに歩こう。前だけ見つめて粛々と。そうしているうちに街に出た。そこには文字通り人っ子一人いなかった。数分に1台車が通り過ぎるが、世界の変化はそれだけだ。ベースとして視界に入っているのは、灰色と水色のみ。「アイ・アム・レジェンド」の世界だ。僕はふと疑念に駆られた。僕はウィル・スミスになってしまったのだろうか。これは本当にあの街なのだろつか。自粛要請が出てもなお多少の賑わいを見せる、あの煌びやかなネオン街なのだろうか。
もはや僕の周囲は、フィクションの世界でしか味わえないはずの非日常的空間だった。そんな半モノクロの異世界にも彩りはある。既に書いたことだが、まずは静寂がもたらすナチュラルな音。次に、大自然でしか味わえないはずの空気。文明が世界を支配する以前に流れていたであろう、音と空気。文明の利便性に生かされている僕らは、早朝のこの時間帯に地球本来の姿も享受させてもらえる。何と贅沢なのだろう。

そんな神秘的な発想に耽っていたら、眼前に老人が姿を現した。何と早起きな。この人も酒に起こされたのかな。興味が湧いたので、しばらくストーキングさせてもらった(本当は歩く方向が同じだっただけである)。老人は僕が早足でなければ追いつけないほどの速度でスタスタと歩き、平べったい建物に吸い込まれていった。建物にかけられた看板を見て納得した。そこはタクシー会社だった。あの老人はタクシー運転手なのだろう。そういえば昔、仕事で早朝に遠出した際、経費で自宅からタクシーを使った。小道から人が出てきたら確実に轢き殺すであろう、「かもしれない運転」ガン無視の乱暴な運転にヒヤヒヤしつつも、この朝早くからよく運転できるなあと感心したものだ。あの時の運転手が今朝遭遇した老人だったかはわからない。だが、あの時の運転手もこうして早朝に1人静かな街を歩き、名も知らぬ若者を乗せて長距離を走ってくれたのだと思うと、胸が熱くなった。

早起きは三文の徳とは言い得て妙。ただ外をほっつき歩いただけでも、三文以上に得るものがあった気がする。
散歩は朝が良いと聞く。今の時期、運動不足と体重増量に悩む人は多いと思う。これを読んで朝歩きに興味が湧いた方には、ぜひ一度試してみることを勧める。もっとも朝4時は人が少なく、地域によっては物騒だろう。もう少し遅い時間帯、5時、6時、あるいは7時でも良いと思う。僕自身はというと、毎朝4時に起床して外を歩くことはできそうにない。なので、せめて酒のせいで早起きした日だけでも、この非日常を味わいに出かけようと思う。

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蓮
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