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エッセイ

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2020年6月の記事一覧

「先生、自分はプロのサッカー選手になるんで、勉強とか必要ないっす」

塾でアルバイトをしていた頃、担当していた中学生男子にそう言われた。 彼の発言を読んで「幼稚だなあ」と思った人もいるだろう。しかし僕は違った。というのも、他の生徒から聞くところによると、彼のサッカーの実力は「半端ない」そうだからだ。中学生のレベルをゆうに超えており、彼目当てで連日サッカーの名門高校からスカウトが押し寄せているのだとか。 以前に彼からサッカー選手としての自己分析とチームの戦術について話してもらったことがあるが、それを聞いた感じではサッカーIQも高そうだった。 彼

ある夜の思い出

社会人1年目の春、僕たち新入社員は会社の研修に参加した。 研修先はド田舎だった。「サンドウィッチマンが秘境飯を求めて歩いているような所」と言えば想像しやすいだろう。 駅などない。バス停はあるが滅多にバスは来ない。人はすでに絶滅状態のようで、野生動物の鳴き声ばかりがよく聞こえる。 道端には、「野生動物に注意」と書かれた古めかしい看板が立っていた。 当然ながら、食事処もなかった。近辺には誇張抜きでコンビニしかない。スーパーは15キロ先で、車がなければ到底行けない。 僕た

自転車の補助輪

家にいると、毎日何度も「ガリガリ」という音が聞こえる。スーツケースを引き摺るときの音だ。 正直なところ、不快だった。窓を開けることが多い今日この頃、たとえ室内にいても車輪とアスファルトのぶつかる音が腹まで響いてくる。それも、1日に何度もだ。 長きにわたる自粛生活の反動で旅行者が増えているのだろうか。みんな勇気あるなぁ。 ため息をつきながら、そう思っていた。 しかし昨日の昼、買い物へ出かけた僕は、音の正体を知った。 ガリガリ音を立てていたのは、自転車の補助輪だった。 燦

6歳だった夏休み、祖母とトランスフォーマーとマジックアワー、千と千尋の神隠し

1、散歩6歳の夏休み。太陽が横から照りつける午後3時。 僕は、祖母とテクテク散歩していた。 両親が共働きの僕は、週に3日ほど、祖父母の家に預けられていた。 普段は一緒に本を読んだりテレビを観たりしていたのだが、この日は「後でいいものを見せてあげるから、その前に散歩しようね」と誘われ、近所を歩くことになったのだ。 散歩の最中は、僕の独壇場だった。 背の順で2人抜かした、学校で歌ったKiroroの「Best Friend」って歌が好き、こんな歌だよ、歌うから聞いて、夏休み明け