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Formal Swap:古書収集家とHigh Table
ケンブリッジの晩餐会(Formal dinner, 略してformal)にはいくつかのバリエーションがあるが、古い学寮で典型的なのは学生は学生と、教員側は教員側で一緒にご飯を食べる形式のものだ。教員の座る席は一段高くなっており、"High Table"と呼ばれる。ハリーポッターでいう教員の席みたいなやつだ。少しいいワインと料理がサーブされるくらいの違いであろうと高をくくっていたが、ぜんぜんそんなことなかった!
今日はケンブリッジ最古の学寮Peterhouseにお呼ばれしている。招待者は気の良い古書の収集家で、クリスマスのフォーマルに呼んでくれたのだ。クリスマスというと気が早いようだが、冬休みは学生が家に帰ってしまうので、Michaelmas Term(秋学期)の最終週に、どこの学寮でもクリスマス式のフォーマルやチャペルのサービスが行われるのだ。
Perterhouseはわが学寮のご近所さんなので、自分のところのチャペルのサービスに参加して時間をつぶす。わが学寮には、自前の聖歌隊とオルガニストが沢山いるので、録音一切なしの贅沢なリサイタルだ。キリストの生誕に因む逸話や、それに合わせた聖歌などが目白押しの形式になっている。聖歌隊には、神学部の知り合いの顔も見えるし、説教を行うChapelainはGrace Reading※なんかで良くお世話になる方だ。今日が一番の晴れ舞台なのだろうし、拍手したいけど、そういうもんでもないので我慢する。30分くらいで頃合いを見計らってPeterhouseへ向かう。
※学生が行うラテン語の食前の挨拶で、どの学寮も自前の形式の呪文を持っている。
PeterhouseでMxxxxxxに合流し、二人でProceccoに向かう。おや、変に裏口っぽい入り口だな…?と思っていると、なんと教員用のProceccoなのだった。古い学寮のフォーマルは、大抵学生が全員起立して待ち構えるなかで教員が入場するのだが、いつもどこから出て来ているのか不思議だった。これで謎が一つ解ける。いや、うちの学寮が同じかは知らんけど。
銀器とグラスが光る長テーブル。総オークばりの天井と壁。蝋燭の明かりを邪魔しない光量のシャンデリア。贅沢な作りの部屋だ。入り口近くの小テーブルには燭台と今日の出席者の一覧があって、そこにはしっかり私の名前も載っている。暖炉には、巨大なオークの薪がくべられている。見慣れたチョコレートの「小枝」みたいな形状の薪じゃなくて、江戸時代の豆腐一丁みたいな寸法の薪が、赤々と熾火になっていて燃えている。窓際の小さなランプと相まって、行きかう人の髪型以外にはどこにも現代を感じる要素がない(みんなガウンを着ているので下の服はあまり見えない)。
見える木材の表面が全てオーク材なのは贅沢だなって思ってたけど、薪も…?もしかしてオークって安い…?いろんな感覚が麻痺してくる。写真を撮ろうにも暗すぎて映らず、暗いところでちゃんと取れるカメラが欲しくなる。
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Mxxxxxxと雑談したのちにハイテーブルに入場する。教員用の入り口のすぐわきには細い螺旋階段があって、その中央の缶詰くらいの細さの穴を紐がずっと伝っていって、鐘楼になっている。引っ張りたいが我慢する。
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学生の人数がなんだか少ない…と思ったら、ホールの二階にたくさんいて、そこで聖歌隊がクリスマスの歌を歌ってGraceの代わりとする形式なのだった。ホールにはしっかりクリスマスツリーもある。学生人数が少ないだけあって小ぶりだが、細部までしっかり古びが付いた良いホールだ。
ご飯はびっくりするほどではないけれど、これまでで最上級に美味しい。Clare Hallよりかは下、St. John'sの学生席よりは上くらいだ。メニューの半分くらいはフランス語で、残り半分はこてこてのイギリス風という折衷案の作り。コースの一品ごとに合ったワインが出てくる。普段は飲まないけど、鹿肉のブルゴーニュ風を出されたらさすがに飲まざるを得ない。※
※Peterhouseは鹿苑があることで有名。今ではもう鹿はいないが名前は残っている。
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何気なく飲んでいたが、後々調べると、一本二万円は優に超えるワインが出されていたのだった。キャンドルの明かりが赤と白のワインを透かして、小さい紅白の光の点をテーブルに落としている。キャンドルの明かりで食べるのではないと生じないディテールが楽しい。
食事中は次の会に持ち寄る稀覯書の話であったり、これまでの来歴であったり、ご近所の席の方と古代のプログラミング言語の話をしてみたり。今思うともう少しMxxxxxxのことを詳しく聞きたかった。特に古い本の見極め方とかね。やっぱり学期末の疲れた状態じゃなくて、体調も整えて参加したかったなあ。
食事が終わると、本当に一言のEnd Graceで、教員勢は元のProceccoの部屋に戻って雑談の続きをする。ほおずき、イチジク、紅白のぶどうの盛り合わせに、貴腐ワインのボトルやポルトのデカンタが並んだ中でまったりと過ごす。さすがに一滴も飲まないのは忍びなく、少しずつ味見するうちに私も酔いが回ってくる。
皆つかれて絵画も途切れがちになったところで退散する。自分の学寮の前まで送ってもらってから、自転車からガウンの袖をたなびかせて家に帰る。楽しかったけど、もうちょっといろいろできた気がするなあ!!