大人の男が美しい 祖父編
祖父はなんとも本望な死に方をした。
祖父が他界したのは私が高校2年の時だった。本望な死に方だなんて、と言われそうだが祖父は愛してやまないお風呂で死んだのだ。そりゃあ本望だろう。お葬式ではそんな話しをして家族と笑って泣いた。
祖父は1日に2、3度入浴していた。高齢にもかかわらず熱湯が大好きだった。湯上りは浴衣を着て涼む。お酒が飲めず甘党だった祖父、湯上がりはアイスクリームをよく食べていた。アイスクリームが好きすぎて、箱で買っていた雪印のバニラブルー。冷凍庫を占領し祖母に叱られていた。祖父はそのアイスの蓋についたところまでスプーンでこそいで食べる。祖父いわく、蓋についたところが一番美味しんだよ。なるほど。真似をしていたらみっともないと祖母に叱られた。
祖父は食い道楽だった。戦時中でも、農家と取引をして祖母たちを困らせることはなかった。着道楽でもあった。常にループタイをつけ綺麗にプレスされたズボンを履いていた。毎日綺麗に撫で付けてセットしていた髪。祖母と母はどこを切るのと笑っていたけれど、白髪混じりの薄毛ながらも月に2度は理容室に通っていた。決して2枚目ではない。しかも若い頃はワンマンだったと聞くけれど、少なくとも孫の目からは紳士に見えた。祖父は身近な紳士だった。
祖父を紳士的だなと感じるもう一つの理由に、言葉遣いがあった。ある日私に寄越したハガキの一文に「君」と書いてあった。いつも名前で呼ばれていたのにハガキには何故か「君」と書かれている。ハガキではどこか他人行儀。距離を感じる。けれどそれが丁寧に扱われている感じがしてむしろ心地よかった。何か特別に感じた。
大人になった今でも「君」と呼ばれることに弱いのは祖父のせいだろう。名前ではなく「君」。私の憧れの紳士。