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【#下書き再生工場】参加作品4:短編小説「顧客思考」

ようやく就職できた下書き再生工場ですが

各工員の技量があまりに素晴らしく資材が枯渇し始めているそうです。

ああ!折角の職を失ってしまう!
そう思った私は大変なお題に飛びついてしまいました。

本日の納品は『短編小説「顧客思考」』です。たぶん、これが最後の納品となるでしょう。寂しいですが素晴らしい製品がこの世にあふれることで平和になるならと寂しさダダもれで納品します。

すのう工場長!チェックお願いします!

短編小説「顧客思考」


ここ帳面町のーとちょうには日本が誇る下書き再生工場があった。日本で唯一、人々が言葉で表現したい願いを再生するための工場だ。勤める工員は全て職人気質の精鋭ばかり、工場を経営する本田すのう氏自身も職人魂を忘れない人物のため、自然と国宝級の職人が集まったのだ。職人であることに誇りを持つ工場長は自身が経営しているにも関わらず一工員として生きることを望み、決して社長と呼ばせなかった。

「私のことは工場長と呼んでくださいといったでしょーがぁぁ!」

取引先がもうけた酒席で彼女は激高した。社長呼びに腹を立て声を荒げたエピソードは帳面町のーとちょうでは有名な話である。

「僕、たまたまその場にいて思わずもらい泣きをしてしまいましたよ」

そう涙ぐみながら話すのは骨皮筋衛門と同じ部署に勤務する部下。その話を聞く筋衛門の表情は菩薩のように慈悲深く温かい。

「あの工場で作られた表現は絶品よね」
「顧客思考に徹しているもの」
「すのうさんの生き方に憧れるわ」

署内の女性陣も瞳を潤ませ同意する。このように下書き再生工場は町民、いや日本中から愛される工場だった。大手のどこにも属さない小さな工場が紡ぎ出す物語に人々は酔いしれていたのだが。

「なぁにが顧客思考だよ!世の中売れてなんぼだろ?顧客思考?なんのはなしですかってんだよ」

帳面町のーとちょうの外れの居酒屋で男がくだを巻いていた。

「ホントでゲス。売れてなんぼでヤンス」

こびへつらうのは悪態をついている男の部下。2人は下書き再生工場を買収するために派遣された大手企業の営業マンだった。

「社長と呼ばれて嬉しくない人間がいるかってぇの」
「そうでゲスそうでヤンスゥ~」

すのう工場長に一喝されたのはこの2人だったのね、とヒソヒソと囁かれたことに気づいた2人は決まり悪そうに席を立った。

「企業の利益になる情報をさも顧客の思考と思わせる、そうやってわが社は時代の最先端を走って来たのだ」
「ゲスゲェ~ス!」
「すのう工場長と職人達の能力をもってすれば日本のいや世界の流行はわが社のものとなることは確実なのに。どうしても奴らを我が社に引き入れたい」

缶ビール片手に公園のベンチで悔し気に呟く男。思わず力が入りビール缶がつぶれ液体がゲスゲスな部下の顔に引っ掛かった。

「俺こんな飲み方、望んでないでゲェ~ス」

酔っているせいでビールまみれになっても怒らずヘラヘラするゲス部下を見てため息をついた男だったが突然、目が輝いた。

「そうだ!いいことを思いついたぞ!」

ゲスゲス部下は話も聞かずに合点でヤンスゥと叫んだ。酔っ払ってイエスマン状態に磨きがかかったのだ。頼りない部下の同意を得て男は大笑いをした。男も酔いで判断が鈍っていたのだった。

「先日は失礼しました」

腰も低くにこやかな挨拶を受け、すのう工場長は戸惑った。先日「社長」呼びを連発し話も聞かずに追い返した人物だったからだ。

「いえ、こちらこそ話も聞かずに」
「あれは私が悪かったのです。本田すのう工場長、申し訳ありませんでした」

深々と頭を下げる2人に、すのう工場長は

「頭をおあげください」

と声をかける。

「ところで本日はどういったご用件で」
「実は我が社で長年頭を悩ませている「下書き」がありまして」
「はあ」
「誰が取り組んでも顧客の意図に沿うものが出来ないのです。しかし、このまま埋もれさせるには惜しい、この下書きを世に送り出さないと世間様に申し訳が立たないと社長が申しておりまして」

そこまで言うと男は涙ぐんだ。

「そうですか」
「その下書きをこちらの下書き再生工場さんでなんとか再生していただきたいと考え、先日伺ったのですが私の失言で工場長を怒らせてしまい……クッ」
「わかりました!泣かないでください!お引き受けします」

人の好いすのう工場長はこうやって悪事に巻き込まれていった。

帳面町のーとちょうの下書き再生工場はクオリティの高さと共に納品の早さでも評判だった。そのため多くの下書きが世に出、人々を癒し続ける。この素早い職人技が帳面町のーとちょうが日本一幸福度の高い町であるために貢献しているとの研究結果も出ていた。

今回の納品も他の下書き同様、素早く行われた。連絡をもらった男は工場長室でじっくりと作品に目を通した。

「どうです?」

にっこりとほほ笑むすのう工場長。納品チェックで精度の高さは確認している。きっと満足いただけるだろう、ゆるぎない自信が彼女を包んでいた。

「これは……」
「ご満足いただけましたか?」
「違う!」

男は叫び立ち上がった!

「こんな仕上がり、我が社でもう何度もやっているんだよぉ!垢まみれの作品だよ!」
「え?」
「これ、コピペでゲス!先月見たのとそっくり同じでヤンス!」

部下も一緒にゲスゲスと騒いだ。

「そんなまさか!我が工場はオリジナルの作品しか!」

青ざめた顔ですのう工場長は叫ぶが2人の勢いは止まらない。

コピペコピペ!ゲスゲス!コピペコピペ!ゲスゲス!

「や、やめてください!」
「やめて欲しければ我が社の下請けになれぇ!」
「下請けゲスゲス~!」
「助けてぇ!」

すのう工場長の悲痛な叫びが発せられた瞬間、

「真心を否定するものは私が許さん!」

との声が響いた。

「だ、誰だ!」

男がキョロキョロする。工場長に圧をかけるため巧妙に人払いをしており、部屋には3人しかいないようにしていたからだ。

隅の影がユラユラと動き出す。

「ひぃっ!」
「影が勝手に動いているでヤンス!」

すのう工場長も驚きのあまり影から目が離せないい。ユラユラと動く影はだんだん立体となり丸みを帯びる。

「骨皮筋衛門さん!」

すのう工場長の口から歓喜の叫びが生まれた。

「すのうさん、怖い思いをさせてすまない」
「お、お前は誰だ!」
帳面町のーとちょうが誇る潜入捜査官骨皮筋衛門さんよ!」
「ほ、骨皮筋衛門!」
「あの有名人でゲスか?」

驚く男達に筋衛門が問う。

「君達は本当にこの作品が希望にかなわない出来だと?」
「ホ、本当だ」
「本当に同じ出来上がりのものがあったと?」
「コ、コピペでヤンス」
「望んだ出来でない!」

そう叫び破り捨てようとしたが、骨皮筋衛門が秘技ヒラリ・クルリ・プルン・ボスンで男の手から作品を取り返し、再生されたものに目を通す。読むそばから筋衛門の頬を涙が濡らす。

「へっ!そんな涙に騙されるもんか!」
「涙なんか出るわけねぇーでゲェス!」
「君らは目が曇っている!」

そう叫ぶなり骨皮筋衛門は宙を舞い微弱なヒラリ・クルリ・プルン・ボスンを2人にお見舞いした。

「ヒッ」
「ギャッ」
「さあ、もう一度読んでみろ」

嫌々見た2人に変化が起きた。

「うっ!な、涙がっ」
「泣ける!泣けるでヤンスゥ」
「君らは出来上がった作品がどのレベルでもいちゃもんをつけるつもりだったんだろう?」

優しく問う骨皮筋衛門に素直にうなずく2人。

「はい。なんとしても工場を買収しようと」
「文句をつけようとしたでゲスゥ」

泣きながら下書き再生工場の作品を読む2人は不思議がる。なぜ素直な心が隠せなくなったのかと。

「それは筋衛門様の秘技のおかげよ!秘技の微妙な力加減で全てを解決するんですもの!」

実は、すのう工場長もご多分に漏れず骨皮筋衛門のファンだった。先日の町民運動会ではぶっちぎりの優勝で景品の「THE HONEKAWA」をゲットしていた。家庭内では「THE HONEKAWA」を巡り兄弟げんかも起こるが「骨皮筋衛門に言いつけるわよ」の一言で収まるらしい。小学校からの依頼で1年間「THE HONEKAWA」を展示することも決まっていた。

「筋衛門様、ありがとうございました」

目を潤ませ喜ぶすのう工場長の熱意にタジタジとなった骨皮筋衛門は照れを隠すかのように男2人に向き合う。

「大切さに気付けた君達の未来は明るい。これからは自分の会社内で顧客思考の大切さを訴え続け、世の中のためになる活動をするのだ。そうすれば骨皮財閥は必ずや君らの会社を支えることだろう」

2人は作品をしっかりと胸に抱き涙を流しながら帰って行った。

「本当に、助かりました!筋衛門さ……あら?」

午後のお茶に誘おうと工場長が振り返ったが既に骨皮筋衛門の姿はなかった。次の事件を未然に防ぐべく新たな潜入捜査に戻ったのだ。

「筋衛門様……」

しばらく呆然としていたすのう工場長であるが、頬をパンパンと叩き意識を戻す。下書き再生工場は今日も作品が生まれているのだ。

「さあ納品チェックチェック!」

そう言ってキビキビと検査室へと戻るすのう工場長なのであった。

ー 完 ー

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