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【#創作大賞2024】骨皮筋衛門「第六章:筋衛門と少年」(2610字)
第六章「筋衛門と少年」
顔を下に向ければ運が下がり、上げると運気が上昇するという話を聞いたことがあるだろうか。信じない方もいるだろう。しかし、骨皮筋衛門のヒラリ・クルリ・プルン・ボスンと彼の慈愛に満ちた活動を知れば、本当かもしれないと思えてくる。悪と対峙し続ける彼の姿を見れば、猫背をただし顔を上げたくなるに違いない。
本日お送りするのは、下向きだった少年が上を向いて歩くようになるまでの話。
俺はネッチュウショウ、デスゲーム製作者だ。新たに開発したデスゲーム、半分に切ったタライで見事に水を汲み上げるサルを使い、大道芸を披露する。盛り上がったところで「挑戦したい方~」と声をかけるのがこのゲームのポイント。
そういう時、必ずヒーローになりたいバカが1人か2人いる。そいつらが半タライで水を汲めない様子を笑いながら動画に取り、拡散するのだ。活き活きとリアルを楽しむ奴らが恥をかき下向きな人生を送らせる。なんて楽しいのだろう!
「私が挑戦しよう」
お、バカが引っかかった。なにが私だ、カッコつけやがってそんな丸い体で気取るなよ。いや、気取った分だけ笑えるか。
「どうぞどうぞ」
ニヤニヤしながら半タライを差し出すと、
「いや、サルごとで」
といい、その男はサルに半タライをもたせたまま水を汲みだした。見事な芸に見物客からは絶賛の声があがる。
「なんなんだよ!」
「骨皮筋衛門だ」
ここでゲームは終了。なんなんだよ!俺がデスゲームを制作するたびにクリアする奴がいる。骨皮筋衛門なんて名乗りやがって!帳面町の潜入捜査官がデスゲームなんてするかよっ!バーチャルの世界にまで正義を振りかざすつもりかよっ!つーか、俺……本当にデスゲーム制作者か?ってか俺の作っているゲームって本当にデスゲームか?
ポロリと涙がこぼれる。
くそっ!なんで涙が出るんだよ……。
コンコン。ノックがしたので俺は怒鳴る。
「うるせえな!」
この一言で母さんはため息をつき、食事をドアの前に置き立ち去る。俺が部屋から一歩も出られなくなってから親は心配をしても深く踏み入ることはない。俺が引きこもる原因となったのが自分達がつけた名前にあるからだ。
「熱中症にお気を付けください」
テレビで流れるたびにクラスのみんなは「ネッチュウショウにお気をつけくださぁぁい!」とはやし立てる。笑って受け流していたが突然、息ができなくなりプツンと外へ出られなくなった。
コンコン。またノックの音がする。どうしたんだ?いつもは1回で終わるのに。
「うるせぇ!」
ガチャリ。ドアが開いた。
「なんで開けるんだよ!名前のせいでこうなったのに!」
そう叫び振り向いた俺は驚きで固まってしまった。
「ほ、骨皮筋衛門……?」
廊下の光を浴びて丸いシルエットがそこにいた。
「久しぶりだな」
そう言いながらほほ笑む筋衛門。彼と俺の出会いは半年ほど前にさかのぼる。
「ネッチュウショウにお気をつけくださぁぁい」
「お気をつけくださぁぁい」
こういったからかわれ方をするのは中学までと思っていたのに、高校まで続くのかよ。こいつら低能か?そうは思うのだが、それを言えず下を向き背中を丸め急ぎ足になる。その姿が余計に彼らを刺激するのか執拗にからかい続ける。
「ネッチュウ……ギャッ!」
ヒラリ・クルリ・プルン・ボスン。
妙な音がしたので振り返ると、さっきまで俺をからかっていた同級生達が頭を抱えしゃがみこんでいる。そして横には丸いシルエットが。
「君はなにも恥じることはない。君らは行いを恥じるべきだ」
同級生達には厳しい目を俺には慈愛の目を向けフッと姿を消した。しかし、俺は筋衛門の慈愛に応えることなく部屋に引き込もるようになってしまった。
「君には申し訳ないことをしたと思っている」
「は?なんでよ?」
八つ当たりと思うのだが、つい強い口調になってしまう。
「必殺技だけでは犯罪はなくならないということを私は忘れていた」
そう言うと筋衛門はツーっと涙を流した。
「え?ちょっと筋衛門さん?」
なぜ彼が泣くのだ?
「筋衛門さんはずっとお前を気にかけていてくれたそうよ」
母さんが筋衛門の後ろに立っていることにようや気づく。
「え?なんで筋衛門が俺のことを?」
「からかっていた同級生に軽い必殺技をかけただけで立ち去った、心のケアを怠ったとずっと気に病まれていたんですって」
「ええ?」
からかわれたのは俺自身が弱かったからなのに。俺の名前は根中翔、「ねなかしょう」とはっきり言えばいいだけだった。だれかが熱中症に似ていると、ふざけて言った時の俺の反応がツボると言っていじられるようになった。俺がその時、毅然とするか柔軟かどちらかの対応をしていれば、ここまでこじれなかったのに。
「お、俺が悪い……のに……うっ……ヒック」
「いじめられた側は自分が悪いと自信をなくすものだ。だが、悪くないし自信を失う必要もない」
そう言いながら筋衛門がやさしく俺の背中を撫でてくれた。
「ごめんなさい……ごめんなさい」
「もう謝るな」
「い、いえ実は……」
部屋にこもっていた俺は筋衛門をモデルにしたゲームを作ってストレスの解消をしていた。しかし、何作作っても「骨皮筋衛門」と名乗る奴に全て攻略されていた。
「ああ、知っている」
「え?それじゃ骨皮筋衛門って」
俺のゲームを攻略した骨皮筋衛門は……。
「本人だ。よくできたゲームだったぞ」
「全て攻略した筋衛門さんの方がすごいですよ」
「いや、違う。実は今日来たのは君をスカウトするためだ」
「え?」
骨皮筋衛門の名前のつくオンラインゲームがあると知り、調査のためゲームをしてみると、その作り込みのすごさに感心したのだという。
「まさか、あの時の高校生が制作者だったとは」
筋衛門に俺のゲームが評価されている?帳面町が誇るヒーロー骨皮筋衛門に?驚く俺に筋衛門はさらに衝撃の発言をする。
「君の能力を私のために使ってくれないか」
「翔!」
筋衛門の申し出に母さんが涙を流す。筋衛門と握手を交わした時、俺の引きこもりは終わった。
俺は今、普通の高校生と帳面町の安全を守るシステム開発者の二足のわらじをはいている。筋衛門を助けているという誇りで明るく前向きになったためか、もうからかわれない。
「根中~!ちょっと寄ってこうぜ」
「おう!」
下校時、寄り道する友達もできた。
「翔ってさ、なんか秘密ありそう」
「なわけねえだろう」
だよな~とみんなで笑う。
骨皮筋衛門のサポートをしていることは内緒だ。だって、それが骨皮筋衛門の生き方なのだから。