今さらながら『無敵の人』を振り返る②
このシリーズ記事では、甲斐谷忍先生の過去作品を振り返っていますが、現在の連載作品についてのニュースが先日報道されました。
この実写化が予定されていた作品というのが、甲斐谷先生が現在『グランドジャンプ』で連載している『カモのネギには毒がある 加茂教授の人間経済学講義』ではないかと言われているんですね。
この『カモネギ』については今後どうなるかわかりませんが、甲斐谷作品は、過去に数多く映像化されています。記事にあった日本テレビに関して言えば、2008〜2009年の『ONE OUTS』と2022年の『新・信長公記』は日本テレビ系で放送されていました。
前回の記事で見たとおり、甲斐谷作品は「女の子がカワイイ」というのが連載デビュー作『翠山ポリスギャング』からの特徴でした。福本伸行作品との対比で言うと、基本的に男しか出てこない福本作品とは違って、甲斐谷作品の女性キャラが魅力的という点が、旬の男女タレントをバランスよくキャスティングすることが重視されるテレビドラマの素材として有利だったんじゃないでしょうか。
なんですが、今回は男しか出てこない『アカギ』と『ONE OUTS』の話ですね。例によって、『無敵の人』は全然振り返っていません。
2.『アカギ』と『ONE OUTS』
前回の記事に、おぼろげな記憶で「甲斐谷先生自らが野球版『アカギ』と語る『ONE OUTS』」と書いたんですが、出典は「とらのあな」が2004年に行った「NO COMIC NO LIFE」というインタビュー記事でした。
というわけで、この記事では『アカギ』と『ONE OUTS』を見ていきます。
2-1.『アカギ』(1991〜2018)
『アカギ 〜闇に降り立った天才〜』は、2018年に連載が終了していますが、『近代麻雀』が主催する麻雀最強戦のロゴはずっとアカギですね。今なお、「近麻の麻雀マンガと言えば、これ」ということなのでしょう。
麻雀マンガの代名詞
V林田さんの大著『麻雀漫画50年史』によれば、1990年代は「竹書房麻雀漫画の黄金時代」でした。その立役者となったのが、『アカギ』の作者である福本伸行先生でした。
同書では、『アカギ』は「麻雀漫画の代名詞」(255ページ)、「麻雀漫画の枠を超えて一般にヒット(した)」(528ページ)と評されています。
今から振り返れば、『アカギ』はバブル崩壊直後の1991年6月に世に降り立ち、Mリーグ創設直前の2018年2月に、バクチ麻雀そのものと運命をともにするかのように終わっています。
「悪魔」の強さを持つ主人公
今ではすっかり麻雀マンガの代名詞となっている『アカギ』の主人公・赤木しげるは、しかし、「悪魔じみた」という表現がよく似合う正統派主人公とはほど遠いキャラでした。
上記の浦部戦のクライマックスが、浦部の心理を完璧に読み切った②筒単騎でした。
麻雀をハックする
『アカギ』は、麻雀をおぼえたばかりの異端の打ち手・赤木しげるが、麻雀というゲームをハックする話だったと思うんですよね。明らかなイカサマを使うこともありましたが、ルールや相手の意識の隙を突くようなやり方も多く見られました。
『アカギ』全36巻のうち、通常の麻雀は7巻までで、最終巻を除く残りの28巻は、透明牌を使用し血液を賭けることが条件の鷲巣麻雀に当てられています。
そして、「通常外の手段でゲームをハックすること」が『アカギ』のコンセプトだとするなら、卓上の勝負によってではなく、事前に輸血しておくことで鷲巣麻雀をハックした14巻の時点で、本来の『アカギ』は終わっていたと考えることもできます。
しかし、鷲巣麻雀開始から7巻目の14巻の時点で、全6半荘のうち5半荘目の東場まで終わっていたにもかかわらず、残りの1.5半荘を終えるためにはさらに21巻が必要でした。鷲巣様の地獄めぐりなんかを含むこの後半部分は、けっこう方向性が変わってしまったと感じた読者も多かったんじゃないでしょうか。
2-2.『ONE OUTS』(1998〜2006)
『ONE OUTS』は、1998年から2006年にかけて『ビジネスジャンプ』で全19巻が連載された後、2008年10月にアニメ化されたタイミングで、翌2009年にかけてワンポイントリリーフ的に番外編(第20巻)が連載されました。
前述のとおり、この『ONE OUTS』は野球版『アカギ』なので、「異端の投手がプロ野球というゲームをハックする話」ということになります。
投手アカギとONE OUTS契約
『ONE OUTS』のWikipediaに書かれているあらすじを貼ろうと思いましたが、長すぎてまったく頭に入ってこなかったのでやめました。『ONE OUTS』で重要なのは以下の2点だけです。
アカギが弱小チームのピッチャーになって無双する
ONE OUTS契約
■投手アカギ
プロになるまでは賭け野球で無敗を誇っていた主人公・渡久地東亜は、投手としての実力もさることながら、人間観察・人心操作に長けた凄腕のギャンブラーとして描かれています。
ちなみに、アカギと渡久地、さらにカイジのアニメ版の声優は、すべて現在はMリーガーとして活躍しているハギー(萩原聖人プロ)でした。2003年から2004年にかけては韓国ドラマ『冬のソナタ』でヨン様声優として名を馳せたハギーでしたが、その後数年は、打って変わって、こんな目つきが悪くてアゴのとがったキャラばかりやっていたわけです。
■ONE OUTS契約
そして、主人公・渡久地が金満主義のいけすかない球団オーナーに持ちかけた、この「ONE OUTS契約」が作品の根幹になっています。つまり、グラウンド上では敵チームと対戦しながらも、本当の勝負はオーナーが相手という構図になっているわけです。
1点取られる前に10回以上アウトを取らなくてはいけないONE OUTS契約では、「防御率2.7を切れるか」が年棒がプラスになるかマイナスになるかの分水嶺でした。1999年が舞台の作中においては、これは相当高いハードルとされていましたが、飛ばないボールや外に広いストライクゾーンのために「超投高打低」となった現在のプロ野球では、ONE OUTS契約にした方が年棒が高くなるピッチャーはゴロゴロいるんですよね。
ちなみに、ONE OUTS契約の元ネタは、『ONE OUTS』の数年前に『漫画アクション』で連載されていた『クラッシュ!正宗』じゃないかと思います。
こういう異能のピッチャーが活躍する野球マンガって定期的に出てくるんですが、それもピッチャーというポジションの比重がきわめて大きい、野球というスポーツのいびつさからきているのでしょう。そういうスポーツが横並び志向の強い日本で長年最も愛されているのは、考えてみれば不思議ですね。
プロ野球をハックする
こうして、相手のイカサマを見抜いたり、あまり知られていないルールを利用するなどの通常外の手段で敵チームを攻略するとともに、ONE OUTS契約によって、渡久地は勝ち金を積み上げていくことになります。
しかし、『アカギ』が、鷲巣麻雀の長期化によって本来の路線とは別の作品になっていったように、『ONE OUTS』も途中で路線変更しています。現実に起こった2004年のプロ野球再編問題の影響もあり、渡久地が球団オーナーとして、ナベツネ率いる最強チームに立ち向かう展開になったことで、ONE OUTS契約が消滅してしまうんですね。しかし、最後は、この作品らしい意外な手段で最強チームを攻略していくことになります。
2-3.『ONE OUTS』以後
『ONE OUTS』は発行部数的にはそこまでヒットしたわけではありませんが、異色の野球マンガとして、甲斐谷先生の出世作となります。そんな『ONE OUTS』以後の展開について書いていきます。
もしプロ野球の男子監督が甲斐谷忍の『ONE OUTS』を読んだら
『ONE OUTS』は現実の世界にも影響を及ぼしています。昨年5月に、北海道日本ハムファイターズの新庄剛志監督が、インタビューで『ONE OUTS』について
熱く語っていました。
「新庄監督、アニメ化されてるのは10巻までだから、マンガで続きもちゃんと読んで!😭」と言いたくなるところですが、あれれ、日ハムの与四球数のデータなんかを見ると、意外とちゃんと読んでるのかな……😲
新庄監督が『ONE OUTS』を知った結果を年表にまとめるとこうなります。
アニメやマンガを見たからと言ってすぐに結果が出るわけではなく、『ONE OUTS』から学んだ戦略をものにするには1年の月日が必要だったと。そして、今年になってようやく「ONE OUTS効果」が出始めたということなのでしょう(適当)。あるいは、「エスコンフィールドは(イカサマ球団の本拠地だった)マーズスタジアムだったんだよ!」といった不穏な想像も働きます。
そんな新庄監督率いるリカオンズならぬファイターズは、今月12日にクライマックスシリーズの初戦を迎えます。対戦相手は、『物心ついてからのロッテファン』を自称する甲斐谷先生が応援する千葉ロッテマリーンズです。つまり、この「日ハム VS ロッテ」のクライマックスシリーズは、「ONE OUTS対決」と言っても過言ではありません。うおおおお!🔥
既存のゲームから創作ゲームへ
『アカギ』は麻雀、『ONE OUTS』はプロ野球と既存のゲームを対象にしていましたが、その後に描かれた『カイジ』と『LIAR GAME』では、作者が考えた創作ゲームが対象でした。現在でも人気が高いこのジャンルでは、一見して面白そうなゲームを作り出すとともに、主人公が攻略できるように、どれだけうまくバックドアを仕込めるかが作者の腕の見せどころになります。
それまでは比較的マイナーな雑誌で活躍していた福本・甲斐谷の両者は、『カイジ』は『ヤングマガジン』(講談社)、『LIAR GAME』は『ヤングジャンプ』(集英社)と、それぞれ押しも押されぬメジャー青年誌に活躍の場を移すことになります。
「天才の物語」を超えて
『アカギ』は「闇に降り立った天才」という副題が示すとおり、赤木しげるという孤高の天才の物語でした。というか、『天』『アカギ』『銀と金』『カイジ』『零』とタイトルに主人公の名前がついていることからわかるように、福本作品はほとんどが「天才の物語」なんですよね。……『最強伝説 黒沢』は違うか。
そして、『ONE OUTS』も、終盤はチームメンバーの成長によって群像劇っぽくはなりますが、やはり「天才の物語」でした。この作品にも『アカギ』と同様に、「Nobody wins, but I!」という副題がついています。直訳すれば「誰も勝てない、オレ以外は!」、短くすれば「勝つのはオレ!」って感じでしょうか。
しかし、甲斐谷先生が『ONE OUTS』の次に描いた『LIAR GAME』は、『カイジ』の強い影響を受けて始まりながらも、この「天才の物語」の枠を超えることになります。
というわけで、次回はその『LIAR GAME』に続きます。