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『オークション・ハウス』と小池一夫ヒーローの終わりのない旅

この記事では、麻雀とは1ミリも関係ない『オークション・ハウス』(1990〜2003連載)という美術マンガを紹介します。と思ったけど、作中にはわずかながら麻雀シーンもあり、原作の小池一夫先生は麻雀マンガの大怪作『花引き』も手がけているので、それについても簡単に紹介しています。ミリくらいは関係あったか。

そもそものきっかけは、今月末に美術マンガ『ギャラリーフェイク』の最新刊が出るので、既刊を読み返している途中、美術つながりで、ついKindle Unlimitedに入っているこの『オークション・ハウス』に手を出してしまったことでした。実は数年前に全巻読んだことがあり、大体のストーリーはおぼえていたので、「どうせ金太郎飴みたいな展開が続くだけなんだから、やめようやめよう」と思いながらも、ズルズルと全34巻の最後まで読んでしまったので、元を取るために仕方なくこの記事を書いています。二度とこんなことを繰り返してはいけない(戒め)😡

【注意】この記事には、『オークション・ハウス』『子連れ狼』『傷追い人』についてのネタバレがあります。


1.『オークション・ハウス』とは

『ひまわり』落札を伝えるNHKのニュース映像(1987)

1987年にロンドンのオークションで、安田火災海上保険(現在の損保ジャパン)が、ゴッホの『ひまわり』を当時の絵画取引の最高額である58億円で落札しました。この出来事が象徴しているように、バブル景気の当時、日本企業は海外のオークションで著名な美術品を買い漁っていました。
おそらくこれに触発されて、1990年に連載を開始したのが、小池一夫原作・叶精作作画の美術マンガ『オークション・ハウス』です。また、同じ美術マンガである『ギャラリーフェイク』も、1992年から始まっています。

小池一夫作品に見る「なろう的快楽」

世界的美術鑑定家リュウ・ソーゲン(柳宗厳)。あらゆる知識に通じ武術に長けた彼は、幼き日にフェルメールの「レースを編む女」を狙った3人の男たちによって両親を殺され、復讐のために美術界に足を踏み入れた男だった。彼は復讐の旅の道程で次々にあらわれる美術界の「闇」と対決し続ける。

Wikipedia「オークション・ハウス ストーリー」

『オークション・ハウス』の原作者である小池一夫先生(1936〜2019)の作品には、知力・体力にすぐれた完璧超人が主人公のものがいくつもあります。そして、そういった作品群は、異世界に転生した主人公がチート能力で無双しモテモテになるという、現在の「なろう作品」が与える快楽に近いものを読者に与えていたと思うんですよね。まあ、小池作品にかぎらず、主人公が無双する話というのは、神話の時代からあったわけですが。

『オークション・ハウス』の主人公も、美術にかぎらず該博な知識を持ち、日本語を入れて5カ国語に長け、世界最高峰の贋作家で、日本古来のヤマト拳法の使い手という属性マシマシの完璧超人です。

小池一夫/叶精作『オークション・ハウス』第12巻(1995)
小池一夫/叶精作『オークション・ハウス』第13巻(1995)

作中では全編この調子で、主人公は、男からも女からもホメられまくります。どうしてオレはこんなふうになれなかったんだろう……。

また、主人公は、登場する女性を片っ端からとりこにしていくので、終盤には一大ハーレムを築き上げることになります。圧巻なのが、今まで出てきた女たちが一堂に会する31巻の「最後の晩餐」のシーンです。

小池一夫/叶精作『オークション・ハウス』第31巻(2002)

数えてみると、テーブルを囲む女性の数は、キリストの弟子より多い14人でした。それだけではなく、主人公をかばって命を落とした女性も何人もいるので、全員生きていたら、このテーブルには入りきらなかったはずです。
しかも、この巻はまだ31巻。最終巻は34巻です。「『オークション・ハウス』は完結までまだ3巻を残している。意味はわかるな?」というわけで、ハーレムメンバーはさらに増えます。

このように、『オークション・ハウス』は、「さすがはリュウ様です」が横溢する、なろう的快楽に満ちた作品だったのでした。

ちゃんとタイトル回収するなんて

小池一夫/叶精作『オークション・ハウス』第1巻(1991)

さて、『オークション・ハウス』というタイトルは、改めて見ると、いかにも地味なタイトルです。要するに、主人公の職場である「オークション会社」って意味ですからね。
主人公が初芝電器産業に勤めている『課長島耕作』が、もし『電器メーカー』というタイトルだったらと考えれば、この地味さが実感できると思います。『電器メーカー』では、地味を通り越して、プロレタリア文学なのかしら、という感じで、島耕作がホイホイ寄ってくる女たちを次々にオトして出世していく話だとは誰も思わないでしょう。
とにかく「オークション」を前面に出したかったんだろうな、と深く考えずに読んでいたのですが、主人公が復讐を進めていく中で、不意にこのタイトルが回収されることになります。

小池一夫/叶精作『オークション・ハウス』第14巻(1995)

オークション・ハウスと対立する美術商のお偉方から、主人公は、23年前に両親を手にかけた実行犯の裏で糸を引いていたのは、すべてのオークション・ハウスを統括する組織「連合オークション」だったことを告げられます。

小池一夫/叶精作『オークション・ハウス』第15巻(1996)

ただ、ここで美術商のお偉方がもっともらしく語っているのは、「オークションに集う成金どもを排除して、昔みたいに上流階級だけで名画を独占しようや、ガハハ」ということなので、別にいいことを言ってるわけではないですね。主人公も、彼らの主張が時代にそぐわないことはわかった上で、両親の仇を討つために、連合オークションと敵対することになります。

こうして、オークション・ハウスの一員だった主人公が、あらゆるオークション・ハウスをつぶす側に回ることになるわけです。

さすがは小池先生、ここまで構想してタイトルをつけていたのか! と読んでいて大いに感心しました。また、莫大な金額が飛び交うオークションによって膨張する一方の美術市場を、焦土作戦のようなやり方で一気に縮小させる主人公の奇策にもワクワクしました。しかし、そこからは、「宗門教会図書館クレメンダルシ」やら「アドルフ・ヒトラー」やら「キリスト聖骸布」やらと、オカルト用語を書いたカードをシャッフルして一枚ずつ引いてんのかな、という展開となり、美術市場を壊滅させる話はどこかへ行ってしまいます。

小池一夫/叶精作『オークション・ハウス』第17巻(1996)

こうして、何やかんやで主人公の復讐は17巻で成し遂げられるので、そこで終わってもよかったと思いますが、意外と人気があったのか、さらに34巻まで続きます。ここでは、便宜上、17巻までを「復讐編」、それ以降を「漂泊編」と呼ぶことにします。
後半の漂泊編では、新しい女が出てきては事件に巻き込まれるというシティーハンター的展開となります。毎回、美術品を敵と奪い合いますが、美術要素は、もっぱら「敵側が主人公の知識と鑑定眼を試すために美術クイズを出題する」という形でしか出てこなくなります。また、オークション要素は跡形もなく消えてしまいました。

2.『オークション・ハウス』とその時代

ここでは、『オークション・ハウス』連載当時と現在の美術市場について簡単にふれると共に、麻雀シーン等のいくつかのトピックを拾っていきます。

美術品オークション今昔

壁にテープで貼りつけたバナナ(2024)

2024年11月に、壁にバナナをテープで貼りつけただけのアート作品が、アメリカのオークションで624万ドル(9億6000万円)で落札されました。落札者は、「これは単なる芸術作品ではない。芸術や暗号資産のコミュニティをつなぐ文化の象徴だ」と述べる一方で、バナナは数日後には食べてしまうとのことでした。食べちゃうのね……😨
とまあ、このように庶民には何が何やらさっぱりわからないアートの世界ですが、『オークション・ハウス』で描かれた美術市場について見ていきます。

1990年連載開始の『オークション・ハウス』では、当初はジャパン・マネーがブイブイ言わせていました。

小池一夫/叶精作『オークション・ハウス』第1巻(1991)

しかし、1991年2月にバブル経済は崩壊。

小池一夫/叶精作『オークション・ハウス』第15巻(1996)

このバブル崩壊を受けて、『オークション・ハウス』では、「日本の経済が沈むと世界の美術市場が沈む」と言われていました。さすがにそこまでの影響力はないのでは、と思っていましたが、美術市場の売上推移を見ると、確かにバブルが崩壊した1991年に急落していますね。

世界の二大オークション・ハウスと呼ばれる「サザビーズ」と「クリスティーズ」の売上不振は、世界的な景気後退と湾岸戦争(1991年1〜2月)が原因である。
特に、印象派・近代アート・現代アートの売上が急落したのは、5年間にわたってオークションの記録を塗り替え続けたジャパン・マネーの撤退が大きい。
(中略)
「サザビーズ」「クリスティーズ」のいずれの売上も、アート作品の価格が高騰する以前の1986〜87年の水準にまで落ち込んでしまっている。

「ニューヨーク・タイムズ」(1991/08/19)
世界の美術市場の売上推移(1990〜2011)
世界の美術市場の売上推移(2009〜2023)

とはいえ、美術市場は21世紀に入ってからは持ち直し、リーマン・ショックやコロナ禍からも回復して繁栄を続けています。2000年代後半からは経済成長を遂げた中国が本格的に美術市場に参入し、現在は、アメリカ・中国・イギリスが三大美術大国となっています。2023年の日本の美術市場シェアは、世界8位となる1%(6.5億ドル)でした。

オークション出品時の『サルバトール・ムンディ』(2017)

今のところオークション史上最高額となるアートは、2017年に4億5000万ドル(510億円)で落札された、レオナルド・ダ・ヴィンチの『サルバトール・ムンディ』になります。これは、当時と現在の貨幣価値の違いを無視すれば、バブル期の『ひまわり』の約9倍の金額です。

世界一の贋作家フェイカーメーヘレン

『オークション・ハウス』において、世界最高の贋作家フェイカーとされているのが、オランダの画家であるハン・ファン・メーヘレン(1889〜1947)です(作中では「ハンス・ファン・メーヘレン」)。メーヘレンは、17世紀の画家フェルメールの贋作で名高く、ナチスに贋作を売りつけた話は映画にもなっています。

■父 ハン・ファン・メーヘレン【実在】

小池一夫/叶精作『オークション・ハウス』第17巻(1996)

■子 アダムス・メーヘレン【架空】

主人公は、その息子であるアダムス・メーヘレンの弟子という設定です。しかし、このアダムスは実在しません。一応、メーヘレンにはジャックという画家の息子がいて、父親の絵の贋作を手がけたりもしていましたが、こんなドレッドヘアではありませんでした。

メーヘレンが起こした贋作事件の顛末を描いた『フェルメールになれなかった男』には、メーヘレンが、美術館に展示されている自分が描いた贋作(『エマオの食事』)について、それとは知らせずに息子のジャックに感想を聞いたときのことが書かれています。

メーヘレンが描いたフェルメール贋作の最高傑作とされる『エマオの食事』(1937)

「傑作だと思う。——でも、二〇世紀のもので、一七世紀の作品じゃない」と、ジャックは力を込めて言った。
「じゃ、誰が描いたと思うんだね?」
「父さんだよ」ジャックは微笑んだ。「人物の長い顔からわかるさ。眼は父さんがいつも描いているとおりだ。いつもしているように、自分の手をモデルに使ってさえいるね」

フランク・ウイン『フェルメールになれなかった男 20世紀最大の贋作事件』
(原著は2006年刊行) 198ページ

父親の方のメーヘレンは、この作品では、オカルトマンガ『MMR』におけるノストラダムスのような地位を占めており、「みんなが本物だと思い込んでる○○は、実はメーヘレンの贋作だったんだよ!!」「な……、なんだってーー!!」という話が繰り返し出てきます。ちなみに、ルーヴル美術館にある『モナ・リザ』も、もちろんメーヘレンの贋作です。

パブロ・ピカソと『泣く女』(1937)

さて、そんなメーヘレン(1889〜1947)は、ピカソ(1881〜1973)の同時代人でした。
メーヘレンが生きていた20世紀前半は、写真の出現によって、画家にとっては受難の時代でした。ピカソのような天才は、そうした時代の変化にも易々と対応できましたが、伝統的な技法にどっぷり浸かり、そこから抜け出せなかったメーヘレンは、過去の有名画家の贋作に走らざるをえなかったわけです。
『オークション・ハウス』で描かれたのとは異なり、贋作家としてそこまで思い切れてはいなかったであろう現実のメーヘレンの姿には、画像生成AIの台頭によって、変化を余儀なくされている現代の絵師たちの姿が重なる気がします。

申し訳程度の麻雀シーンと『花引き』

『オークション・ハウス』のストーリーは、主に海外で展開されますが、日本を舞台にしたエピソードでは、ヤクザと芸能人の脱衣麻雀が出てきました。カンサキの一局麻雀とか、やっててもあんまり楽しくなさそう。

小池一夫/叶精作『オークション・ハウス』第9巻(1994)

小池先生は麻雀マンガの原作も多く手がけていますが、何か一つ選べと言われれば、奇作『花引き』を挙げないわけにはいかないでしょう。

表紙の鮮明な画像が見つからなかったのですが、帯に「不敗のドンと異名をとる小池一夫、二十余年振りの復帰作!!」とあります。『麻雀漫画50年史』によれば、小池先生は「原作者として活動するようになる前には雀荘メンバー・雀ゴロとして稼いでいた時期がある」(96ページ)ということで、麻雀の腕にも自信があったようです。『花引き』第1巻の前書きには、かつては阿佐田哲也らとも交流を持ち、一色技が得意で「不敗のドン」と呼ばれていたことが書かれています。

もっとも、『花引き』は、原作者の麻雀の腕がどうこうというような生やさしいマンガではありません。

00年代『近代麻雀』の中でも最大級の問題作は、04〜05年にかけて連載された、『花引き ヴォルガ竹之丞伝』(原作:小池一夫、作画:ふんわり)であろう。

V林田『麻雀漫画50年史』(2024) 502ページ

あらすじの一部を紹介するとこんな感じ。

「えいこーら えいこーらッ」と「ヴォルガの舟歌」を歌いながら驚異的な引きを見せることで「花引き」と呼ばれる強運の持ち主・ヴォルガ竹之丞と、その恋人であり、ロシアのヴォルガ・トレニロブカ研究所から逃げてきた、「史上最高の上げマン」であるエペ。この二人が新宿へやって来た。ヴォルガ・トレニロブカ研究所所長のカシュノフ博士は、竹之丞の手からエペを取り返すため、「鬼引き」と呼ばれる伝説の麻雀打ち・昭和礼次郎を刺客に送り込む。

V林田『麻雀漫画50年史』(2024) 503ページ

これだけ読むと、キテレツなキャラ同士が麻雀で対決する、単行本が1巻しか出ないタイプのよくあるダメな麻雀マンガなのかな、という感じですが、想像の10倍くらいイカレたマンガになっています。

小池一夫/ふんわり(小幡文生)『花引き ヴォルガ竹之丞伝』第1巻(2005)

1970年代の麻雀マンガ黎明期ならともかく、この作品が21世紀に描かれたことを思うと驚くばかりです。しかし、同じく『麻雀漫画50年史』によれば、「レジェンド原作者・小池だが、このころの作品はこのような支離滅裂な内容が多い」(504ページ)ということなので、意図せず迷走してしまったのかもしれません。『花引き』の連載当時、小池先生は70歳間近であり、その前年の2003年に完結した『オークション・ハウス』も後半はトンデモ展開が多かったです。
単行本は1巻しか出ず、それも現在は絶版となっていますが、これは好事家のために完結まで電子書籍化した方がいいんじゃないかな。

どうしてエレクチオンしないのーッ!!

そして、これはどうしても書かないわけにはいかない(義務感)。小池作品の代名詞となっている「どうしてエレクチオンしないのーッ!!」についてです。
これは、敵の美女にいくら誘惑されても、かたくなにエレクチオン(勃起)しないことで、簡単には誘いに乗らない主人公の意志の固さを相手と読者に知らしめる、小池作品の定番シーンです。自身の魅力へのプライドを容赦なくへし折られ、敵の美女が上げる絶望の叫び――、それが「どうしてエレクチオンしないのーッ!!」なんですね。

この作品でもいっぱい出てくるんだろうな、と思いながら読んでいたら、なかなか出てこなくて焦りました。考えてみれば、小池作品の主人公は基本的にモテモテでエレクチオンしまくりなので、「どうしてエレクチオンしないのーッ!!」となるのは、「敵の女ボスに捕まって誘惑される」というシチュエーションにかぎられるんですね。
しかし、『オークション・ハウス』でも、12巻でノルマを達成していました🥳 さらに、そこからは堰を切ったように、17巻、19巻と怒涛の三連エレクが続いています。ちなみに、まぎらわしいですが、この3人は全員違う女性です。

小池一夫/叶精作『オークション・ハウス』第12巻(1995)
小池一夫/叶精作『オークション・ハウス』第17巻(1996)
小池一夫/叶精作『オークション・ハウス』第19巻(1997)

小池作品に出てくるエレクチオンについては、以下のページに一覧がまとめられています。

3.旅は終わったのか?

最後に、私は小池一夫原作作品はほんの一部しか読んでいないので、その膨大な作品群を網羅することはできないのですが、『子連れ狼』『傷追い人』『オークション・ハウス』を参考に、小池作品の復讐譚の終わり方についてまとめてみます。
なお、『子連れ狼』と『オークション・ハウス』は、月額980円のKindle Unlimitedに全巻が入っています。

『子連れ狼』(1970〜1976連載)

烈堂率いる柳生一族の手により妻の命と職を失った、水鴎流剣術の達人で胴太貫を携える元・公儀介錯人拝一刀と息子・大五郎の、さすらいと復讐の旅物語。

Wikipedia「子連れ狼 概要」

今から半世紀前の大ヒット作『子連れ狼』は、海外でも高い人気を誇っており、ラーメン二郎並に多数のインスパイア作品を生み出しています。最近だと、『スター・ウォーズ』シリーズのスピンオフドラマ『マンダロリアン』(2019〜)とかですね。

妻の仇である柳生義堂との最後の決闘で、父である拝一刀は斃れますが、その遺志を継いだ息子・大五郎の刃を、義堂は抱きしめるように受け止めます。
完結から30年後に大五郎を主人公にした続編(『新・子連れ狼』『そして――子連れ狼 刺客の子』)が描かれてはいますが、主人公も仇敵も共に討ち死にしており、長きにわたる復讐の旅はひとまず終わりを告げています。

小池一夫/小島剛夕『子連れ狼』第28巻(1976)

『傷追い人』(1981〜1986連載)

悪の巨大組織「G・P・X」に恋人と青春を奪われた元アメリカンフットボーラー・茨木圭介の愛と復讐の戦いを描く、モンテ・クリスト伯を意識して企画された復讐劇。

Wikipedia「傷追い人」

『傷追い人』は、主人公の「茨木圭介」という名前が、『グラップラー刃牙』シリーズの作者・板垣恵介のペンネームの元ネタになったことでも有名な作品です。板垣先生もあこがれるマッチョな主人公が、恋人を次々に失いながらも、エスカレーションしていく敵組織と戦い続けるという『オークション・ハウス』と同じパターンの作品ですね。

最終盤で、主人公は、追い続けた敵の正体がアメリカCIAであることを知ります。それにしても、G・P・Xが元々はポルノ制作組織だったことを考えると、CIAの多角経営ぶりには舌を巻くばかりです。

小池一夫/池上遼一『傷追い人』第11巻(1986)

主人公は、今度は超大国アメリカを相手に戦うのか? それとも、復讐をあきらめてしまうのか?
時は流れ、最終話ですっかりイケオジになった主人公が就いていたのは、CIA長官というポジションでした。つまり、自らが復讐の対象と一体化することで、復讐を成し遂げたわけです。俺自身が——

主人公が最後に口にする「今日もここ・・にいるさ。」というセリフは、敵との戦いの中で死んでいった家族や恋人たちの遺影に向けられた「心はいつも共にある」という鎮魂の言葉です。このように『傷追い人』でも、一見、復讐の旅は終わったように見えます。
しかし、一方で、「今日もここ・・にいるさ。」というセリフは、敵の本拠地にいることで、今も復讐を果たし続けているのだという意味に取ることもできます。その場合、旅はまだ終わっていないことになります。

『オークション・ハウス』(1990〜2003連載)

『オークション・ハウス』では、上記の2作品とは異なり、「復讐のその先」が漂泊編として描かれます。
しかし、全体の半分を占めるこの漂泊編も、「復讐も終わったことだし、後は気楽にハーレム作って、ワッショイ」というような明るい話ではなく、長く苦しい贖罪の旅でした。まあ、新しい女が出てきては即くっついての繰り返しなので、あまりそうは見えなかったりしますが。

小池一夫/叶精作『オークション・ハウス』第29巻(2001)

その旅の果てに、主人公は31巻で前述の「最後の晩餐」を催し、その後は全財産を女たちに分け与えて自殺を図ります。しかし、死にきることはできず、記憶喪失になるというベタな展開を迎えますが、記憶を取り戻すも再びさすらうことが示唆されて物語は終わります。美少女2人をお供に連れているとはいえ、どこか物悲しいラストでした。

小池一夫/叶精作『オークション・ハウス』第34巻(2003)

小池一夫先生自身は、2019年に亡くなっています。しかし、戦いの中で敵と刺しちがえるといった僥倖にめぐまれでもしないかぎり、小池先生が生み出したヒーローたちの地獄めぐりの旅に終わりはないのだ、というのが『オークション・ハウス』を読んで感じたことでした。

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