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今さらながら『無敵の人』を振り返る①
『無敵の人』というのは、甲斐谷忍先生が2015年から2016年にかけて『週刊少年マガジン』及びWebサイト『マガジンポケット』で連載していた麻雀マンガのことを指しています。「無敵の人」と言えば、近年は、「社会的に失うものが何も無いために、犯罪を起こすことに何の躊躇もない人」を指すことが多いですが、そちらではありません。念のため。
この『無敵の人』は、ぶっちゃけ不人気で、連載途中でマガジン本誌からマガポケ送りになってしまったため、最後まで読んでなかったんですよね。で、最近になって読み返したので、レビューついでに甲斐谷忍クロニクルを書いてみようと思い立ったわけです。
なお、この記事では、甲斐谷先生の『週刊少年ジャンプ』での連載デビュー作『翠山ポリスギャング』(1994)を振り返ったところで力尽きたので、『無敵の人』は全然振り返っていません。
0.はじめに
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V林田さんの大著『麻雀漫画50年史』では、『無敵の人』は次のように紹介されています。
15年末に、『週刊少年マガジン』で連載開始されたのが、『無敵の人』(甲斐谷忍)である。甲斐谷は、福本伸行作品に影響を受けた、コンゲーム要素の強い異色の野球漫画『ONE OUTS』、心理戦が主体の変則ギャンブル漫画『LIAR GAME』とヒット作を続けてものしており、『哲也』の連載終了以来久々の週刊少年誌での麻雀漫画ということもあって大きく期待がされたものの、全4巻で終了と人気は今ひとつ得られずに終了した。このあたり、一般誌での麻雀漫画の難しさが改めて浮き彫りになった感はある。
『哲也』以来の週刊少年誌連載
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1997年から2004年にわたってマガジンで連載された『哲也 ~雀聖と呼ばれた男~』は、『麻雀漫画50年史』では、「少年誌では初めて大ヒットした麻雀漫画」(337ページ)と評されています。同時期には、『ヒカルの碁』が1998年から2003年にかけてジャンプで連載され、日本中に囲碁ブームを巻き起こしていました。つまり、メジャー少年誌で、相次いでアナログゲームを題材にしたマンガがヒットを飛ばしていたことになります。
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※下段のマンガは竹書房以外から出版された作品
『麻雀漫画50年史』によれば、2000年代以降の麻雀マンガは「下り坂の専門誌(『近代麻雀』)と一般誌掲載作の台頭」の時代でした。
1990年代後半の少年誌での『哲也』の大ヒットはその下地を作ったと言えますが、アニメの世界でも、『哲也』以降、麻雀アニメが今日まで作り続けられています。
まず、『哲也』のアニメ化(2000〜2001)に始まって、2000年代以降は『アカギ』(2005〜2006)と『咲 -Saki-』シリーズ(2009・2012・2014)が放映されました。そして、今年に入ってからも、1月クールで『ぽんのみち』が、10月クールで『凍牌』が放映されます。
その『哲也』の連載が終了してから11年ぶりにメジャー少年誌・マガジンが世に放つ麻雀マンガ、しかも作者は大ヒット作『LIAR GAME』を引っ下げた甲斐谷忍ということで、2015年当時、『無敵の人』は大いに期待されたわけです。
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しかし、『無敵の人』はその期待に応えられず、特上民を盛大に煽り散らしただけで終わってしまったという印象です。
この記事では、甲斐谷先生の過去作品をいくつか振り返り、そののちに『無敵の人』をレビューしたいと思います。
1.『翠山ポリスギャング』(1994)
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甲斐谷先生の連載デビュー作となる『翠山ポリスギャング』が始まったのは、30年前の『週刊少年ジャンプ』1994年8号でした。新連載の同期となったのは、にわのまこと『BOMBER GIRL』と苅部誠『地獄戦士魔王』です。ダメだ、まったく思い出せない (>_<)
当時のジャンプは、『ドラゴンボール』『スラムダンク』『幽遊白書』の三本柱がそろい踏みするバリバリの黄金期でした。そして、『翠山ポリスギャング』の連載中に『るろうに剣心』が始まり、連載終了のすぐ後に『幽遊白書』が終わっています。
そんな『翠山ポリスギャング』のあらすじをWikipediaから引用すると、以下になります。
研修を終えた新人警官の遠山銀之助は、赴任先が翠山署と聞いて愕然とする。翠山は住んでる住人に前科者が多い犯罪都市で警察署自体も腐敗しヤクザまがいの風貌の刑事による新人いじめ、いびりで有名な署だったのだ。
そんな中、銀之助は自分に良く似た顔のヤクザ「死神の辰」と出会う。実は彼は子供の頃銀之助に事実を知らされることも無く生き別れた双子の兄、遠山金之助だったのだ。
『翠山ポリスギャング』は、連載回数20回、2クールで打ち切りになっています。確かに、女の子がカワイイという以外には特に見どころがなく、ラブコメにもバトルにも振り切れないふわふわした作品だったので、打ち切りはやむなしですね。生存競争の激しいジャンプ黄金期ということもありますし。
しかし、この作品には、のちのヒットにつながる萌芽も見えていました。
バディ物とダブルヒロイン
『翠山ポリスギャング』の一番の特徴は、タイトルのとおり、警官とヤクザのバディ物であるということです。主人公の名前は、金之助と銀之助。むむむ、この名前はどこかで見たような……。
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何と、『銀魂』の金魂編でネタにされる20年近くも前に、福本伸行先生の『銀と金』はジャンプ本誌でネタにされていたわけです。
なお、単行本内のコーナーで、甲斐谷先生は「オレたちの世代(1967年生まれ)は『少年チャンピオン』世代であり、鴨川つばめ先生の『マカロニほうれん荘』に大きな衝撃を受けた」とコメントしています。
また、『翠山ポリスギャング』は、途中からヒロインが追加されるダブルヒロイン制を取っていました。一見ギャル風ながら実は一途な陽子と、小生意気な一葉という隙を生じぬ二段構えです。
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このバディ物とダブルヒロインという特徴は、10年後の大ヒット作『LIAR GAME』(2005〜2015)で大輪の花を咲かせることになります。
貴重な闘牌シーン
『翠山ポリスギャング』には麻雀を打つシーンが何度かあり、麻雀の内容にふれているシーンも一箇所だけあります。
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描かれている手牌は一部だけですが、セリフとちゃんと一致しています。この「ダマで三色ねらえるやんけ」というセリフを「リーチをかけずにダマテンにしておけば、三色の手変わりを狙える」と解釈すれば、牌姿はこんな感じですかね。
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二ー五万待ちのテンパイで、④筒引きなら234の三色が狙え、1索引きなら123の確定三色になります。三色重視・手変わり重視は、いかにも90年代の麻雀ですね。
麻雀だけでなく、ギャンブル少女・一葉の登場回では、ドローポーカーも出てきました。
このように、甲斐谷先生のギャンブル志向・麻雀志向というのは、デビュー作からすでにあったわけです。
その他の麻雀ネタ
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主人公の背中の鳳凰の入れ墨は、麻雀ネタってほどではないですかね。しかし、キャラ名は「死神の辰」なんだから、そこは竜の入れ墨じゃないのかと。あと、瞬さんさぁ、1索は鳳凰じゃなくて孔雀じゃね?
また、作品の舞台となる「東京・翠山」という地名も、緑一色や麻雀卓の色からきているのかもしれません。まあ、これに関しては、横浜の「緑山」や、東京なら町田市の「三輪緑山」が元ネタかな?
そして、全20回、およそ5ヶ月で打ち切られた『翠山ポリスギャング』は、最後のセリフも麻雀がらみでした。
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この最後の「帰って、いっちょ麻雀でもするかぁ――」の21年越しの伏線回収(?)となったのが、ジャンプからマガジンに居場所を変えた『無敵の人』だったわけです。
福本伸行フォロワーとしての甲斐谷忍
『麻雀漫画50年史』にも書かれているとおり、甲斐谷先生は福本伸行作品に大きな影響を受けています。
『翠山ポリスギャング』の福本作品要素は主人公の名前だけですが、一応、『銀と金』の関連作品ということにして、今後扱う予定の福本・甲斐谷作品の連載期間をグラフにするとこんな感じ。
しかし、福本作品は長く続きすぎだろ、いくら何でも。
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最近完結した『僕のヒーローアカデミア』の堀越耕平先生のように、デビュー作が打ち切られた後、ジャンプ本誌で再挑戦する作家は何人もいますが、甲斐谷先生は、『翠山ポリスギャング』打ち切り後、同じ集英社の青年マンガ誌『MANGAオールマン』に居場所を移します。そこで手がけた城アラキ原作のワインうんちくマンガ『ソムリエ』(1996〜1999)は、ドラマ化もするスマッシュヒット。そして、1998年から『ビジネスジャンプ』で、甲斐谷先生自らが野球版『アカギ』と語る『ONE OUTS』が始まります。
というわけで、次回はその『ONE OUTS』に続きます。