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多井隆晴プロの配牌オリを考える
最近では、すっかり、配牌オリが多井隆晴プロの伝家の宝刀みたいになっていることに違和感をおぼえたので書いてみました。
「配牌オリ」というのは、第一打からアガリをめざさず、オリることに専念する打ち方を指します。あまりにも配牌が悪いときや、オーラスに大トップで、とにかく振り込まなければ勝ち、というときにやります。
古参の麻雀ファンとしては、「配牌オリなんて、昭和の昔からみんなやっとるやん」と思ってしまうのですが、なぜそうなったのか、私なりに考えたことを記事にまとめました。
多井って誰やねん、という人はさすがにこんなnoteは読まないと思いますが、そういう人はWikipediaを見てください。
中盤以降の手詰まりを防ぐための「配牌オリ」が特徴で、自身も我が子のように大事にしてきたと語っている。
0.最初に結論を書くよ!
なぜ、現在、「配牌オリ = 多井プロ」みたいになっているのかというと、「試合後のインタビューや配信で、配牌オリをドヤ顔で語る麻雀プロが今までいなかったから」に尽きます。
「はい、解散」と言いたいところですが、上記の太字部分について、(1)Mリーグ、(2)配牌オリ、(3)多井プロの3つの要素に分けて見ていくことにします。
1.Mリーグ固有の事情
(1) トップの価値が大きい
Mリーガーが所属する5つの麻雀プロ団体(プロ連盟、最高位戦、プロ協会、麻将連合、RMU)は、それぞれ公式ルールが異なっており、それに伴ってトップの価値も変わってきます。
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たとえば、プロ連盟の公式ルールだと、トップと2着の順位点の差はわずか4,000点しかありません(これは2人浮きの場合で、プロ連盟は変動ウマ制を採用しているのでより複雑ですが、細かい説明はややこしすぎるので勘弁😣)。つまり、トップを守るのも、3,900点をアガるのも大して変わりありません。
正直に言うと、普段私は順位をあまり意識していない。それは現在私が所属するプロ連盟ルールの影響だろう。
と、多井プロも、公式ルールが順位意識に与える影響をかつて語っていました。
しかし、プロ協会やMリーグのルールでは、トップから陥落すれば、子の役満以上の4万点を失うことになります。
したがって、表の下の方に行けば行くほど、トップ目からの加点よりも、トップを確実に守ることの方が重要になります。このように、Mリーグでは、配牌オリしやすい条件が整っていると言えます。
(2) 試合ごとにインタビューがある
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■配牌オリ受容の5段階
アガリを繰り返す😄
トップ安泰の地位を築く🥳
振り込まなければトップ終了なのでは?🤔
配牌からオリよう😌
いざというときは差し込みも😘
麻雀の放送では、数試合まとめて選手インタビューが行われることが多いため、印象的なアガリに目が行きがちです。オーラスで配牌オリをやっていたとしても、インタビューでは、上記の5段階のうちの「1」についてのみ語られることが多いため、配牌オリが注目されることはありませんでした。
しかし、Mリーグでは、試合ごとにインタビューがあるため、アガリばかりではなく、オリや他のプレイヤーに鳴かせない絞りなどについて語られることも増えてきました。
(3) おまえら、とりかごすきか?
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ここまでは、Mリーグで配牌オリがしやすい理由・語りやすい理由を述べてきました。
その一方、配牌オリを語りにくい要素として、点差を盾にした守備的なプレイは、ネガティブな印象を持たれやすいことがあります。そのため、Mリーグでも、何百万人もの視聴者の前で、「最後は配牌オリで勝ちました🤗」とはなかなか言いにくい状況にあります。うおおおお、若林△!
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その中であえて配牌オリを語るためには、「守備派だが強い」「守備で魅せる」という定評が必要になるわけです。
2.そもそも「配牌オリ」とは?
ベタオリなんてサルでもできる…か?
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配牌オリという戦術自体は古くから知られていたはずですが、阿佐田哲也の『Aクラス麻雀』(1972)や、小林剛プロの座右の書である天野晴夫の『リーチ麻雀論改革派』(1990)などを読んでみても、表立って論じられてはいませんでした。
そもそも、2000年代に入るまでは、オリの技術自体があまり評価されていませんでした。相手に対する危険牌を止めつつ、アガリをめざすのが上級者の打ち方であって、手を崩してオリるだけなら誰でもできると思われていたんですね。
しかし、麻雀に統計的手法を導入した、とつげき東北氏の革命的著作『科学する麻雀』(2004)によって、はじめて、「麻雀で最も重要な技術はベタオリ」と喝破されます。
降りることは大変重要である。麻雀で一番明確に技術差が感じられるのが「正しく降りているかどうか」である。下手な人はとにかく放銃が多い。親のリーチに対して、ぼろぼろのイーシャンテンにもかかわらず「前に出る」などと言いはじめる始末だ。
普通、麻雀というのは全局のうち半分近くはベタオリするゲームなのだ。なぜならば、4人いるうちで最も配牌とツモがよかった人が和了するのが麻雀であり、自分だけが毎局毎局上がれるゲームではないからだ。大半の「上がれないとき」には確実に降りて失点を防ぐのが正しい打ち方なのである。
局収支から半荘収支へ
また、『科学する麻雀』では、一局ごとの「局収支」だけでなく、半荘単位で有利な打ち方を考える「半荘収支」の概念も提唱されていました。
麻雀において重要な判断の一つに、「点数状況」がある。それぞれが何点持っているときに、どんな手を和了すべきかという問題である。オーラスに近づけば近づくほど、単に1局あたりの得点収支ではなく、点数状況を考えた戦略が必要になってくるだろう。
しかし、「局収支と平均順位は比例に近似できる」「南2局までは局収支にもとづいて打ってよい」と示されたことと、当時のデータやシミュレーションのリソースの問題から、局収支を中心に考えられる時代が長く続きました。
配牌オリは、アガリはおろか、テンパイからも遠ざかる打ち方です。流局時のテンパイ料すら期待できないので、他のプレイヤーが他の誰かに振り込む「点棒の横移動」と全員ノーテンを除いては、配牌オリの局収支は常にマイナスです。
そのため、局収支を前提とするなら、次のような意見が出てきて当然でした。
配牌オリって、じつはものすごく損な行為だと思うので、10巡目2シャンテンくらいの状態になるまでは、自分の手だけ見て打ってます。
こうして、ベタオリの技術は研究される一方、やはり、配牌オリについては表立って論じられることはありませんでした。
配牌オリを評価するには、局収支ではなく半荘収支の見方が必要になります。
とつげき東北氏の近著『新・科学する麻雀』(2021)では、半荘収支のシミュレーションも行われています。シミュレーション結果では、当然ながら、トップ目でオーラスに近づくほど、攻めよりもオリの方が有利になっていました。その極限が、第一打からオリに向かう配牌オリなのでしょう。
麻雀マンガに見る配牌オリ
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麻雀マンガでは、主人公が配牌オリして勝つマンガはあまりないですね。
トップ維持のための配牌オリとは異なりますが、『麻雀無限会社39』の「リベンジ・コード」はけっこう印象的でした。
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このリベンジ・コードというのは、『3/4』や『天牌』にも出てきたツモ牌相理論を元に、当時流行っていた『ダ・ヴィンチ・コード』から命名した……、要するに、「勝てる配牌がくるまで、ひたすら配牌オリし続ける」という配牌ガチャというかリセマラ的な打法ですね。
福本伸行先生の『天』に出てくる、これも配牌オリかな?
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いやいや、尾神は、「最初にプレッシャーを与える捨て牌を作り、その後に残った手牌で手を作り直すという異端の麻雀感性を武器とする男」なので、配牌オリとはちょっと違いましたね。
配牌オリとは逆に、主人公がオリてりゃいいのにアガって勝つマンガはいくつかあります。おまえら、とりかごキライか?
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3.多井隆晴と言えば、配牌オリですよ
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多井さんって、昔からそんなにオリてたっけ?
多井プロをモデルにした麻雀プロ・多口万棒が活躍する、片山まさゆき先生のほぼ実録マンガ『オーラ打ち 言霊マンボ』全2巻(2006)を見てみると
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プロ連盟時代は攻撃派の印象が強く、「多井さんって、意外と守備力も高いのね」って感じでした。
多井プロ自身も、後の著作で、次のように当時を振り返っています。
15年以上前でしょうか、当時の私はバリバリの攻撃型でした。今では信じられないでしょうけど、オリたことがないような打ち手だったのです。
麻雀星人は昔から言ってましたね。
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この『言霊マンボ』は、次のようなシーンで終わっています。
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実際にオーラの津波がやって来たのは、多井プロが第1回RTDリーグ優勝と麻雀日本シリーズ連覇を成し遂げた2016年くらいだと思うので、連載終了からおよそ10年後でした。
オーラの津波が来る前はどう言っていたか?
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プロ連盟時代の2006年に出版された『多井隆晴の最速最強麻雀』は、基本・応用・実戦の解説に自戦記をまじえた総花的な内容で、オリについてはほとんど言及されていません。当時は流れ論者だったため、オカルト寄りの記述が多かったです。
僕は元々、佐々木寿人プロ以上に超攻撃型の打ち手でした。でも、日本プロ麻雀連盟時代に超守備型の藤原隆宏プロにつきっきりで教わったことで今の麻雀に到達しました。
後の著作によれば、『言霊マンボ』にも出てくる藤原プロの影響で、プロ連盟時代の後期(2006年に退会)には、守備派に転向していたようです。
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RMU創設後の2010年に出版された『多井隆晴の最新麻雀戦術』は、手牌を示しての一問一答形式なので、オリの話はまったく出てきません。「この手牌は、ズバリ、配牌オリです😤」では、問題にならないですからね。
この時代でも、「フラットでは○○を打ち、好調時は〇〇」という、自身のツキの度合い(態勢)によって打牌を変える記述があったのが印象的でした。こういった意識は、今でも多井プロの中に残っているのかもしれません。
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私のことは嫌いでも、配牌オリのことは……
オーラの津波が押し寄せ、麻雀プロの中でもひとにぎりのMリーガーに選ばれた多井プロは、Mリーグ1年目の2018年から配牌オリを駆使していました。しかし、うまくいくときばかりではありません。
それが、先日(2023/01/12)の『アメトーーク!』の「Mリーグ芸人」の回でも取り上げられていた、Mリーグ2年目となる2019年10月29日の丸山奏子プロのデビュー戦です。
多井プロはオーラスをトップ目で迎え、親の滝沢プロ以外のアガリならほぼトップ終了のため、メンツをぶった切って配牌オリ
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ところが、滝沢プロに親マンをツモられ2着に落ちた次の局で、丸山プロがリーチ後に打たれた三万見逃しからの倍満ツモで大逆転トップ!!
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3着に落ちた多井プロはこの表情
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丸山プロが多大なプロップスを得る一方で、多井プロは「ちゃんとアガれよ」とディスられまくり、身を挺して我が子を守る母のような悲しみのツイート😭😭😭
僕が何かを言われるのは全然いいんだけど
— 多井隆晴(おおいたかはる) (@takaharu_ooi) October 30, 2019
我が子のように大切にしてきた
「配牌オリ」という戦術がダメと言われるのはつらいな〜
これのおかげで何回も日本一になってきたし
昨シーズンもこれを多用してMVPになったのにな〜
今シーズンもきっと勝ってあげるから
今は勘弁してね
配牌オリちゃん
しかし、世の中、何が幸いするかわかりません。これをきっかけに配牌オリに注目が集まり、多井プロは、配牌オリの第一人者として名を馳せることになります。
このとき、「配牌オリは不利な打ち方」だとか「一種の無気力プレイであり、Mリーグの場にはふさわしくないのでは?」といった批判的な意見もある一方、プロ協会の木原浩一プロや麻雀ライターの福地誠先生など、擁護する意見もありました。
本日の記事は古の戦略といわれている
「配牌オリ」 について取り上げます。この戦略は――
もっと評価されるべき だと思います。
ただねえ、この局の多井は状況が完璧すぎたんだよね。
(中略)
競技麻雀が達者な人だったら、多井の席に誰が座っていても同じように考える。
これはもうセオリーだから。
配牌からアガリを捨てるかどうかは別として、本気でアガリにいこうとは思わない。
最強位を獲るころにはオリまくってた
こうして「配牌オリ = 多井プロ」というイメージが定着した後は、自身の著作でも存分に語っています。
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まず、『必勝! 麻雀実戦対局問題集』(2020)では、転んでもただでは起きないとばかりに、前述の丸山プロにまくられた局を取り上げています。
配牌オリには、麻雀における全ての要素が必要になります。相手の手牌読みや進行速度の見極め、相手にどんなメンツがあるのか。場合によっては、相手の性格なんかも判断材料にすることだってあります。
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そして、2020年12月に麻雀最強位を獲得した翌年に出た『麻雀無敗の手筋』では、表紙からして、「「配牌オリ」だけで最強位になった男が明かす守備の極意」と配牌オリをフィーチャーしまくっています。
■オーラス・トップ目での配牌オリの極意(24〜37ページ)
「赤やドラがあって高打点が見込め、かつ、アガリやすい手格好」ならアガリに向かうが、それ以外なら配牌オリ
配牌オリは、ダマテンにも絶対に放銃できないので、めちゃくちゃ神経を使う。赤ありの場合は、高打点のダマテンに振り込まないように、赤またぎの3・4・6・7を先に切っておく
配牌オリをするときは、「手の内の牌を全部切っても当たらない」くらいに構えておく
ライバル以外への差し込みで局を終わらせることも視野に入れておく
大トップのときの配牌オリは、役満(特に小四喜と国士無双)の可能性を消す。希望を早めに消すことで、役満を狙う相手が無茶な鳴かせや放銃をしないようにする
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さらに、その翌年の2022年に出た『無敵の麻雀』では、東1局からの配牌オリを語っています(12〜17ページ)。
自分に赤やドラがない → 相手に赤やドラがある
相手の捨て牌に3や7がある → そこそこ整っている。それが2人以上なら要注意!
だから、東1局でも配牌オリ
赤あり麻雀では、通常のプロリーグの赤なし麻雀よりも自然と点数が高くなり、配牌格差も酷くなるので、配牌オリを使う局面が増えそうです。
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私の仕事は麻雀を打つことではなく、麻雀で勝つこと。負ければ仕事を失う立場で、アガリという夢を追ってばかりはいられないのです。
上記の言葉に、多井プロの姿勢が表れています。より攻撃的に構えれば、もっと多くのポイントを叩けるかもしれないけれど、マイナスになる年も出てくる。それよりも、毎年一定のポイントを確保するために、配牌オリという極端に守備的な選択を取っているということなのでしょう。
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しかし、こうなるともう、今年の新刊では、卓につく前から配牌オリしそうな勢いです。
インタビューや配信ではどう語ってきたか?
多井プロは、Mリーグの試合後のインタビューでも、早くから配牌オリについて饒舌に語っている印象がありました。
しかし、インタビューで配牌オリについて口にしたのは意外と遅く、前述の丸山プロにオーラスでまくられた次のシーズン、Mリーグ3年目の2020年11月26日でした。その後も、配牌オリについて語るのはシーズンごとに1回くらいで、毎度ドヤっているわけではありませんでした。
■Mリーグ 2020年11月26日の配牌オリ【南4局】
前述の『麻雀無敗の手筋』でも紹介されていた、2着の逆転手の待ち牌となったカン四万を2枚先切りしての配牌オリ
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■Mリーグ 2021年10月29日の配牌オリ【南2局】
4万5千点のトップ目から、暗刻になった五万をぶった切っての配牌オリ
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■YouTube「たかちゃんねる」での配牌オリ講座
こうしたインタビューや自らのYouTubeチャンネルでの配信を通じて、配牌オリの認知度を高めるとともに、「鉄壁の守備を誇る多井隆晴」というブランドを築くことに成功しています。
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今日も元気に配牌オリ!
最後に、多井プロのMリーグでの最新の配牌オリをお届けします。今年に入ってからは、まだトップを取っていないので、昨年の12月13日のものになります。
トップ目の多井プロは、この日も元気よくオーラスで配牌オリ!
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チートイツ気味にも見えましたが、本人の牌譜検証では、下家の親をケアしつつの配牌オリ一本とのこと。いずれにせよ、このトイツの4ソー切りでチートイツもなくなります。
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ハネ満ツモでもまくられないラス目の村上プロから、待望のリーチが入ったときには、このとおり安全牌には困らない状態で、トップのまま終了します。
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来るべきMリーグ2022-2023シーズンのファイナルでも、2着以下のチームを大きく引き離して、多井さんがオーラスで元気に配牌オリして優勝してくれることを祈っています。