フレッシュ魔法おじさん AROUND☆FIFTY!!――8
『今日のお昼はかつ丼です。おいしそう』
簡潔な一文と共に、写真を一枚。
とても簡単な手紙をネットに流せば、さざ波のようにいいねが返ってくる。
リツイートが少しずつ少しずつ、より多くの人々へ拡散していく様は、まるで電子の海に流すボトルメールだと、魔法少女チャロ☆アイトは想いを馳せた。
「ブログはやったことあるけど、こういうのは新鮮だなァ……」
「おや、ツイッター始められたんですか?」
「はい。所長に勧められて」
写真撮影の許可を貰った店主にお礼を言って、チャロと夜部——魔法少女トル☆マリンはいただきますと手を合わせる。
少女の細い指には、たれと卵の絡んだカツはずっしりと重いが、その胃袋には軽いものだ。
つくづく上手く出来ていると思いながら、魔法少女になって何度目かのかつ丼をチャロは楽しんでいた。
「使い方はまだよくはわかっていないんですが、いろんな方から応援のメッセージをもらえるんですよ」
「いいですよねー、ネットは反響がわかりやすくて」
「えぇ。……あ、見てください。この人今朝、写メ一緒に撮った人です」
「あら本当。リツイートといいね、二人でしちゃいましょうか」
「しちゃいましょう、しちゃいましょう!」
きゃいきゃいと(外見相応に)はしゃぎながら、二人の魔法少女は定食をつつく。
商社勤めだった文雄にとって、ネットというのは自分でHTMLを弄くり回して作るものだったのだが、魔法少女になってからは新しい文化にも対応できるようになっていた。
これだけでも時の権力者が若返りを求める理由がわかるというものであるが、時折己でも情動を律することに苦戦することはチャロも自覚しているところである。
魔法少女化をいたずらに広めないことは、ユーティリティ達宇宙人の目立たないモラルと言えよう。
「……便利ですよねェ、魔法少女」
「えぇ、本当に」
しみじみと、噛みしめるように二人は手を合わせる。
ごちそうさまの挨拶であり、日々飄々と魔法おじさんを支える女(?)所長ユーティリティへ感謝の魔法を注ぐためでもあった。
効果のほどはさておき、こういった物事への感謝も魔法少女にはいい影響を与えるのである。
「ところで、ご家族がライブに来られるんでしたっけ?」
「ぶっふぉっ!?」
そしてチャロの感謝の念は、飲み干そうとした水と共に噴出した。
唐突なマリンの一言は見事に気管支へとダメージを与え、彼はせき込みながらうずくまる。
くすくすと笑うマリンの顔を覗けば、それは元のおじさん……清濁併せ持つ手練れの政治家のそれであった。
「な、何故それを……」
「ユーティリティにぼやくのは、ちょっと考えた方がいいですよ。彼女、案外身内には口が軽いので」
「ぐぅ、あのぬいぐるみ星人めェ……」
「マスコット、マスコット」
そう、チャロの家族——文雄の息子である高校生男子、田中 段のことである——が来るという報は、彼がユーティリティにぼやいた一言と共に瞬く間に事務所内へ拡散されていたのだ。
ちなみにそのぼやきに対するユーティリティの一言は「ご家族は大事だニョップ! がんばってHAPPYにするニョップー!」である。なんとも無責任極まる声援であった。
「ご家族には、お仕事のことは話されたんですか?」
「言えるわけないじゃァないですか……」
「でしょうねぇ。となると、全く知らずに来られるわけですね」
これはひどい、と呟きながらマリンは腕を組む。
ゆったりとしたドレスに隠れた二つの膨らみがその存在を確かに主張し——チャロの胸は相変わらず薄いままである。元々ない重みを想像するのは難しいのだ——ほんの少し、チャロは自身の想像力を呪った。
「でしたら、素知らぬ顔する他ありませんね」
「……大丈夫ですかね?」
「案外とばれないものですよ。須藤くんは酔っぱらって魔法少女のまま家に帰ったりしたことありますし」
「えっ」
「奥さんに保護されて丸洗いされた後、警察を呼ばれそうになって慌てて逃げたらしいですよ、家から」
「えぇ……」
今日も今日とて先輩魔法おじさんの恥部を聞いてしまい、なんとも言えない顔をチャロは浮かべる。
人柄重視の魔法おじさんにしては破戒的とは思っていたが、まさかこれほどとは予想外であった。
とはいえ、先輩の失敗談……特に致命的な結果に終わらなかったものを聞くと何故か安心してしまうのが世の常である。指導者として、マリンもその点をしっかりと認識しているようであった。
「それでもふし……不思議な女の子で済んだそうなので、案外なんとかなるものですよ」
「そう、ですよね。何とかなりますよね!」
「えぇ。元の顔なんて、想像できるもんじゃないですし。他のお客さんと同じように元気づけてあげればいいんですよ」
「ですよね!!」
マリンの言葉を素直に受け止め、チャロは安堵と共にやる気を取り戻す。
その為には己の感情をきちんと律さなければならないのだが、彼はその点をすっかり見落としつつ、お勘定の為に財布を開いていた。
***
社用として渡されたスマートフォンは女の子向けであり、田中文雄として持つには手に小さく、可愛さが過ぎる。
それでもツイッターからの通知は頻繁に訪れるので、文雄は書斎でひとりパソコンを開き、対応に追われていた。
「おお……フォロワーさんが増えてるなァ……」
どうやら文雄がツイッターを始めるより前に、魔法少女チャロ☆アイトの顔は売れていたらしく、待っていましたとばかりにフォローの数は増えに増えている。
その中にはチャロへ暖かい感謝の言葉を送るアカウントもあり、文雄もフォローバックを行いながら、彼らにチャロとして返礼をするのであった。
『応援ありがとうございます。まだ未熟な魔法少女ですが、皆さんの一日を応援できるように頑張ります。どうぞ時間と心の余裕のある時に、応援頂ければ幸いです』
『はじめまして。ご丁寧に挨拶頂き、ありがとうございます。ネットから魔法をお届けできるかは計りかねますが、貴方のご健康と幸いを画面の向こうから精一杯願います』
ビジネス文書ばかり書いてきたためやや堅い文章にはなってしまうが、できるだけ優しく、できるだけ丁寧に心がけて文雄はキーボードを叩く。
その一言一言に想いと魔法を込めて打ち込んでいくため、一つ一つに時間がかかってしまうが、その努力が実を結んでいることを証すように、チャロ☆アイトのフォロワー数は増えてゆくばかりであった。
「思ったよりも、大変だ」
とにかく、早い。
文雄がツイッターというものを見て感じたことは、まさにその一点であった。
それは通信や、相手とのやり取りの早さではない。それよりももっと単純な、情報が行き交う早さである。
知り合いの呟きが、まだ知り合っていない人の呟きが拡散され、どんどんと広がっていく。タイムラインとはよく言ったもので、情報の流れは時の帯となって、秒を置かずに文雄の目に飛び込んでくるのだ。
「目が回りそうだ……」
それはもう、おじさんには厳しい情報量である。
文雄は目頭を押さえながら、その流れに置いて行かれまいと……抗うことなく、自分のペースで一言一言を綴ることにした。
(どうせおじさんについていける早さじゃないし、急ぎの仕事でもないんだから。丁寧に返して、つぶやいていこうじゃないか)
その志は、今時の情報化社会においてはのんびりとしていた。
しかしそれをユーティリティが聞けば、とびっきりのいい笑顔で——あくまで人間体の時の話である——肯定してくれたことだろう。
匿名掲示板の文化を経て、個人の情報発信力が高まった現代において、最終的に重視されるのは個人の内面性である。
情報に流され己を見失うよりは、己をしっかりと定め、己の思うことを丁寧に伝えるべきなのだ。
「これからも頑張ってください、ささやかながら、応援しています……と」
そうして一つずつ、丁寧に対応していく内に、ひとつのメッセージに目が留まった。
それはまだ出来立てのアカウントで、フォローもチャロ一人しかしていないものである。それだけなら特に珍しいことでもないが……そのアカウント名には、特に見覚えがあった。
「Dan Tanaka……!」
デフォルトの意識高くローマ字で綴られたアカウント名に、思い当たる節があり過ぎた。
Dan Tanaka。Tanaka dan。田中 段。
文雄は思わず悲鳴を上げそうになるのを、必死で両手で抑えにかかる。
一言でも言葉が漏れ出した途端、正気が口から漏れ出しそうになっていたのである。
(なんで、なんでよりによって……!?)
ビラを差し出された時も、ぼやいた時も、それがバレた時も。
誰もが「まさか」「あり得ない」と信じたがらなかった地獄が此処に顕現していた。
——田中 段の推し=魔法少女チャロ☆アイト=実父という現実である。
チャロ☆アイトは頭を抱えた。
余りにも最悪な現実である。咄嗟に魔法少女化による現実逃避を図らねば発狂していただろう。
急ぎ、残った理性を総動員してドアの鍵をかける。
今この状況で段と遭遇するなどという最悪の二重底だけは、絶対に避けねばならなかった。
「……っは、ほぉぁ……っ!!」
美少女がパジャマをずり落としながら荒々しく息をつく。
扇情的な光景である。少女の顔が今にもゲロブチ撒ける寸前でなければ。
チャロは出来る限り冷静に、二酸化炭素と共に恐怖と混乱を吐き出す。
「ひゅーっ……! ひゅーっ……!」
吸い込む時は酸素と共に希望と幸福を取り込む。そうイメージをつける。
浦戸に教え込まれた、メンタルリセット方法であった。
よもや息子に懸想された時に初めて使うとはチャロも思わなかったが、人生何事も学んでおいて損はないものである。
「……な、なんでぇ……?」
どうしてこうなった!
強く思うのはその一念ばかり。震える手でマウスを動かし、メッセージをもう一度見直しにかかる。
『拝啓 魔法少女チャロ☆アイト様
いきなりのフォローをお許しください。
私は田中段と申します。
いつもツイート、楽しく拝見させて頂いております。
貴方のとても丁寧なご対応と、誰に対しても優しくあろうという志に胸を打たれ、自分からも一度挨拶に伺おうと思い至り、こうして一筆認めさせて頂きました。
つきましては此の度のおつかれ☆ライブにて、何か持参する必要があるものなどありますでしょうか。
ご返信、お待ちしております。 敬具』
読むのを躊躇った割には、肩透かしを受けるほどに丁寧な文書であった。
これにはチャロも安堵の表情を浮かべて、ずるずると机からずり落ちる。
パジャマがずり上がり、あられもない姿になってはいるが気にも留まらなかった。
「よ、よかったぁ……」
取るものも取りあえず、チャロは急いでユーティリティにファンの持参品について確認する。
此方の心労を思えば放置してもいいくらいだが、段は今受験勉強真っ盛りである。
悶々とした気持ちを抱えさせる訳にもいかないのだ。
『——必要なものは以上になるニョップ! それと、なんというかご愁傷様です。慰労費として、今月のお給金は弾ませて頂きます』
『ありがとうございます。素に戻るのやめてください』
『がんばって><』
流石効率的な宇宙人というべきか、メールのレスポンスも迅速かつ丁寧であった。
ウンウンと唸りながら、チャロは出来るだけ丁寧に、平素と変わらないよう心掛けて返答する。
『フォローありがとうございます。
お持ちになるものですが、下記の通りになります。
・当日券費用:三千円(食事・飲み放題※未成年はソフトドリンクのみ※)
・おつかれ券(握手コース・なでなでコース・ハグコース)費用:各千円/二千円/三千円
・応援用マジカルライト(会場にて三百円で販売)
上記三点のみ(おつかれ券は任意購入です)になりますので、お財布以外は手ぶらでも大丈夫です。
夜間になりますので、どうぞ当日は足元にお気をつけてお越しください。
PS:インターネットに個人情報を残すと大変危険かと思われます。
自らの身とご家族の安全を守るためにも、個人情報の保護はしっかりと気をつけてくださいね』
極めて理性的な文章だと、チャロは頷きながら送信する。
そうして暫くも経たずに返信が届いてきた。
『ありがとうございます。
ご忠告感謝します。今後このようなことがないよう気をつけさせて頂きます。
お慕い申し上げております。これからも頑張ってください』
今度こそ、悲鳴を出さずにはいられなかった。
その晩に響き渡った絶叫は、田中家の七不思議としてずっと語られることとなったという。
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