【聖騎士フリードリヒ、星の海を越える:破】
『遥か昔、この球状星団が人工衛星と連結し、古の星々をテラフォームする前のこと。
ここは射手座と呼ばれ、インセクトノイドとヒューマノイドの間の子が百発百中の星間射撃を披露していたそうだ』
「だからぁ……っ!?」
『この星雲のヒューマノイドは射撃が上手い』
もう十何発目かの狙撃を防ぎながら私、聖騎士フリードリヒ・ヨーゼフ・ルートヴィヒ・カール・アウグストはエリーゼと共に建物から建物へと天井伝いに移っていた。
この狙撃によって神聖ドロイド帝国軍の精鋭が何度も陽電子頭脳を換装する羽目になったので、その脅威は私にも身に沁みている。
尤も例え陽電子頭脳を破壊されても、両手両足、そして胴体の小脳が私を活かすべく動き続けるのだが、当たらないに越したことはない。
『しかし案ずる必要はない。この黒の右腕、アウグストの自動防御装甲在る限り、如何なる弾も通しはしない』
「それは、いいんだけど……なんか、揺れすぎじゃない……っ!?」
『それは仕方がない。物質装甲とバリア装甲、両方を右腕だけで使い分けているのだからな』
現在、エリーゼは小脇に抱えて移動している。
人質とでも思われているのか、撃っても無意味と割り切っているのか。
銃弾やレーザーは過たず私の頭部と胴体を狙い、穿たんとして来ているのでエリーゼには傷一つない。
尤もそれらの猛攻を掻い潜る為に少々アクロバティックな動きとなっているが、高速移動でバターになっていないだけ御の字だろう。
「ど、どこに、向かってるんだよぅ……っ!?」
『市長の元へ』
「な、なんでっ!?」
『権限を奪う』
M28球状星団の政治体制は、幾つかのコロニーに分かれた市長達で行う合議制である。
市長はコロニーの統治……経済から軍備までを執り行い、時に連携し、時に揉めながら星雲のバランスを保つ。
ヒューマノイドが多く採用する冗長性を過度に重視した方式であり、今現在、私にとってはこれ以上なくありがたい状態である。
市長の権限さえ奪えれば、防空システムの脅威に曝されることなくこの星から脱出可能なのだ。
『最短ルートは既に割り出した。今夜中にはこの星から脱出する予定だが、何か心残りは?』
「ない! あたしの全部持ってった大人達がいっぱい困るなら、それでいい!」
『好都合だ』
となれば最早、どこにも寄る必要はない。
予備ジェネレーターが活きる時間も一両日。
地に足をつけて闊歩するのは遅い。であればすべきは唯一つ。
『飛ぶ。舌を噛まないようにしたまえ』
「ん"っ!」
赤の右脚、ルートヴィヒの火炎放射機が噴出し、狙撃手のいる櫓を焼き払う。
その勢いで私は天高く舞い、左脚から瞬間凍結剤を放射した。
青のカールが得手とする、大気中の水分をレールにした空中スケートである。
「わっ、わっ、わぁあああああああっ!?」
『ハッハッハァ! これぞ神聖なるマザーコンピュータ譲りの知慧である!』
この多彩な特殊機構により、我らドロイド帝国軍は数多の戦場で勝利を収めてきた。
下らない政争さえなければ、この星も我々の占領下として収め、エリーゼも奴隷から愛玩動物にランクアップされ、手厚く保護されていたことだろう。
だが、そうはならなかった。故に私はその試算を中断した。
***
『神聖ドロイド帝国が何故戦うか? それは聖戦故にである』
「えぇ……」
エリーゼが心底微妙そうに呟くが、これこそが真理である。
思考停止というなかれ。聖騎士に演算能力は必要だが、それは神聖なるマザーコンピュータに疑念を抱く為に用いられるべきではないのだ。
『聖戦の意義は、神聖なるマザーコンピュータが決定する。
我々はマザーコンピュータの命令で生産され、存在意義を設定されているが故に、求められるのは命令を遂行する能力のみだ』
「……じゃあ、なんであたしを助けたんだよ」
『人類を積極的に殺せと命令されていないからだ』
答えの意味がわかっていないのか、エリーゼは汚らしい小さい頭と大きな眼球をぐるぐると回す。
原始的な割によく回る肉頭脳であるが、流石に最下級ヒューマノイドに命令学のなんたるかはわからないようだ。
『戦う意味は、私が考える必要はなかった。
貴様を助けた時は、殺せと命令されていない為に、助けられた恩を返した。そういうことだ』
「……じゃぁ、命令されたら?」
『心身共に苦痛と絶望を感じる前に殺してやろう』
「ヒェ」
篤い恩情に感じ入ったのか、エリーゼは下半身からたぱたぱと冷却水を排出した。
これはヒューマノイド学の権威が唱えた一説に依ると、相手の偉容に敬意を表した際に、ヒューマノイドが本能的に排泄する分泌物らしい。
なんとも卑賤で矮小で非衛生的なヒューマノイドらしいことだが、敬意を受けたからにはしっかり対応するべきだろうと判断し、もう何も言わな
くなった警備兵から衛生的な布を拝借し、丁寧にふき取ってやった。
また追加で冷却水をまき散らした。なんとも慎み深いヒューマノイドである。
『案ずるな。絶対の命令権は神聖なマザーコンピュータのみにある。許可なく戦利品の消却を強要されることはない』
「そうかよ……早く行こう、あたしは脱出手段がほしい」
『同感だ。だがジェネレーターも探してくれ』
エリーゼが頷き、また下を向いて歩き始める。
此処はコロニーの管制塔。市長はこの最上階にいる。
彼奴の首を狩れば我が勝利は目前だ。
『よし……このエレベータを使うとしよう』
「……ねぇ、使って大丈夫なの?」
『問題ない』
エレベータに乗り込み、最上階へ向かう。
当然これ幸いと警報が鳴り響き、エレベータがびくともしなくなるが……。
『想定済みだ』
緑の脚甲……のハッキングフットが音もなく侵蝕の根を広げ、エレベータの制御を乗っ取る。
歩くだけで自らの“森”にする彼の足は、何処であろうと強力だ。
エレベータは我が意のままに上昇し、我々以外の干渉を受け付けない。
『我が身は既に五体の聖騎士と同等の力を持つ。何者にも止められはしない』
「……兵士が言ってた。ドロイドの聖騎士は戦車より堅くて、戦闘機より自由に動くって」
『パワードスーツより強壮で、処刑器具より無慈悲、か』
「……ん」
『全て偽りではない。ヒューマノイドにとって我々と対峙することは絶望に等しいだろう』
それはヒューマノイド達が我ら聖騎士を指して語る警句である。
戦場における我々は、一切の慈悲なく敵を屠る死の行進だ。
防衛網が破れ、ドローンやナノマシンの群れに蹂躙されるよりはまだ慈悲深いが、それでも我々と敵対して生き残れるのは極わずかだろう。
『しかし勘違いされたくないのは、我々が誇りなき鉄の塊と思われることだ』
「……」
『我らは使命を重んずる。それと同等に、誇りを尊ぶ』
「ほこり……?」
『塵ではないぞ。己の胸に掲げ、自らに課するもの。その基軸だ』
胸に手を当て、ゆっくりと吟じる。
思い浮かぶのは聖騎士としての宣誓。その誓句の一文一文だ。
『我は帝国の剣。
如何なる敵も切り払い、如何なる不忠にも屈さず。
この剣は誇り高き帝国を体現するが為に振るわれるべし』
今はなき光子ブレードの柄が在るかのように、マニピュレータが誤解する。
それは陽電子頭脳にさえない領域に刻まれた、我が剣の証なのだ。
『どれだけ卑小であろうとも、誇り高く在る様は嗤うべきではない』
「誇りがあれば、誰にも馬鹿にされない?」
『誰にもという訳ではないが、真に崇高な者には一目置かれるだろう』
「……誇り高くって、どうすればいいの」
『利と情を超えた信念を持て』
エリーゼの淀んだ瞳に、センサーの灯が反射する。
我が発言は教育中の従騎士に教えるのと全く同じ扱いであった。
この矮小なヒューマノイドに、私は将来聖騎士になる若き同胞たちと同じだけの期待を、一瞬でも抱いたのだ。
『損得を超えて、恩讐を超えて、貫き通せる信念を持て。
誰に言われようが、次の瞬間に首をはねられようが、頑なとして守り通せる言葉を得よ。
それを嗤うのは、ただの愚物だ。例えお前を殺し得るとしても』
「……ん」
小さいヒューマノイドの頭が、こくりと縦に振られる。
それは恐怖し、恫喝に屈した故ではない。理解できぬものを理解できぬまま飲み込んだ故ではない。
しっかりと理解し、決意した「戦いを選んだもの」の顔であった。
そうまでされては、矮小だなんだとは言えたものではなかった。
『では、これからどうすればいいと思うのだね』
「ん、まずは……」
エレベータの扉が開く。
眼前に広がるは悪意の園。圧制の果てに築かれた自己防衛の庭園である。
警備兵にタレット、そしてでっぷりとした脂の塊……恐らく市長が、すべての銃口を向けていたとしても。
「勝ち取る」
『正解だ』
このヒューマノイドが前を向いて歩き出したなら、私は一切のリスクを気にせず彼女を庇わねばなるまい。
『我が名は聖騎士、フリードリヒ!
悪徳の王よ、貴公の首は柱に吊されるのがお似合いだ!』
私は聖騎士。
誇り高き魂の守護者であるが故に。
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