フレッシュ魔法おじさん AROUND☆FYFTY!!――10
おつかれライブは成功に終わった。何一つ失敗もトラブルもなかった。
疲れ切った老若男女の心のオアシス、古き良き飲み会やキャバクラの華やかさを踏襲しながら、今時のささやかな時の過ごし方に倣う暗闇でのやり取りは、訪れた人々の心に確かな彩りを与えた。
しかし文雄はそのことの全てを喜べず、一抹の不安を抱えざるを得ない。
「息子が私の水玉コラをいいねしてる……」
魔法で人を幸せにできても、魔法少女へのガチ恋とツイッターの雑仕様を終わらせることはできないのだった。
業の深い話である。
***
魔法おじさんに必要なのは、勇気や優しさだけではない。
忘れがちだが自分のことをかわいいと思うこと、そして自分のことをかわいく魅せるための技術もまた、魔法の強化に重要な要素だ。
「であるからして、こういうファッション雑誌は経費で落ちます」
「但し書きは、資料代ですか?」
「えぇ。流行りに合わせるのも重要ですからな」
浦戸がにやりと笑いながら、有名なファッション誌を文雄に手渡す。
魔法少女は大きい男のおともだちだけをおげんこにするための存在ではない。
子ども達に夢と希望を、少年少女に優しさと明るさを、大人達に祈りと幸いを与える存在なのだ。
故に男性向けに留まらず、女性向け、子供向けにも目を向ける必要がある。そのため、過度な下品行為は事務所NGとされていた。
「そろそろ魔法少女服以外にも、動きやすい春コーデも必要でしょうからな。何か着たいものがあれば、作りますので言ってください」
「経費で落とさないんですか?」
「そっちの方が安く上がりますからな」
ファッション誌に付属するカタログを眺めながら、浦戸は電卓をぱちぱちと叩く。
骨ばった指がいくつかの数字を叩き終えると、そこには目を背けたくなる光景があった。
「ごま……っ!?」
「上から下まで揃えるなら、安い方ですな」
それは文雄の二ヶ月分のおこづかい(除:諸経費)であった。
勿論文雄も服は同程度、あるいはそれよりいい値段がするものを買うが、それはあくまで数年単位で使うためである。
普段妻 章江や娘 節奈のように季節ごとに購入するには、流石に躊躇いや勇気が要る値段と言えよう。
「きちんとしたブランドのものはどうしても高くなりますからな。年頃の魔法少女が抱えているには少し怪しいですから、自作してしまうのです」
「べ、勉強になります……あの、じゃぁ普通の女の子達はどうするんでしょう?」
「ふむ……ご家庭によりけり、でしょうが」
普段節奈のような少女たちは、どのようにしてこのコーデを揃えているのか?
それは単なる好奇心でもあり、金の工面に心配する親心でもあり、業務上必要な確認でもあった。
老若男女を魅せる魔法少女足らんとするならば、その心理を知ることは余計な苛立ちを防ぐことに繋がるのである。
「うちの娘ですと、やはり自作で」
「あ、やっぱり服飾などを教えられたんですか」
「えぇ。後は自分で稼いで、似たような安物を買い集めたりですな」
「へぇー……」
言われてみれば章江も節奈も、ブランド物を欲しがるのは誕生日やクリスマスといった特別な日くらいで、だいたいはデパートや量販店に足を運んでいた。
運転手兼荷物持ちとして同行する時は何故ここまではしごしなければならないのかと内心愚痴っていたが、ブランド一式の値段を見るとその苦労も偲ばれる。
「案外、娘さんと相談してみるのもいいかもしれませんぞ?」
「いやぁ、それはちょっと」
「これ以上ガチ恋勢が増えても困る?」
「増えません、増えません」
一瞬浮かびかけた恐ろしい未来を全力で振り払いながら、改めて文雄はファッション誌を眺める。
けれども文雄はおじさんである。見てくれを美少女にできたとしても、ファッションセンスまでは美少女にできるものではなかった。
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