はじめに。
noteを始めるにあたって「#SUMO」というタイトルをつけました。SUMO(相撲)のことです(SUUMOじゃないです)。
#SUMOに込めた思いについて 、はじめに書いていきます。
このnoteを通して発信したい思いは "相撲を新しく考える” ことです。私は25年以上の大相撲ファンで、相撲が好きです。人生に必要なものは家族が元気なことと相撲が見続けられることだとホンキで思っています。
このnoteを通じて、相撲について語られていないが、重要であるはずのトピックについて深掘っていきます。そのトピックとは、私が思うに3点です。
1 相撲の社会的ニーズ
相撲は、古くから日本社会の中で執り行われてきた芸能であり武術であり神事であります。長きに渡って相撲が存在し続けられた(行われ続けてきた)のは何故か?それは、「様々な時代背景や社会的状況において相撲は時々において一定の社会的ニーズを満たす役割を日本社会で担ってきたから」だと思っています。少し難しくなりましたが、相撲には時代にあった存在価値があり続けてきたのです。
2 相撲の「完成形」としての大相撲
相撲について語る上で大相撲は必要不可欠な要素です(自明)。私は大相撲は相撲の一要素として理解しています。そして、大相撲は相撲を持続可能な形で大衆社会に定着させる、一つの「完成形」であると捉えています。
3 これからの相撲の社会的価値
1,2を踏まえて、現在そして未来の日本社会において、相撲が従来担ってきた社会的な存在意義が持続可能なのか?そうでない場合、相撲はどのような役割を演じていくべきなのか?そして、相撲の一つの「完成形」である大相撲はどのような役割を演じていくべきなのか?
このnoteを通じて相撲についての新しい考え方、そして私の考えについて発信していきます。
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