文系不人気が著しい現在において、高校物理愛好家である私が思うのは、文系に足りないのは結局それって何なんという玉虫色の結論を導くその導出過程の客観性だ。数学は証明に数式モデルを使うし、原理原則から演繹されるのが物理だ。俺から言わせれば、法学は誰かの言い分を批評し、抽象化していく作業
マツコ・デラックスさんが国立大に所得枠を設けるべきだと言われてる。ただ、学力の分布を見てみるとどうしても所得の高い人らの方が、アカデミズムに触れる機会は圧倒的に多い。貧困層の人をピックアップして国立大に入れるには、やはり教育国債のような先行投資がどうしてもいる気がする。
上位の大学に入れるのが高所得者であるという命題を崩すのは、大義としてアンバランスだ。低所得者であるけど、学力をつけてる若しくはつけたい人をピックアップするのは実は国家の命題である事は指摘しておかなければならない。色んな知と向き合って、自分の好きな研究に没頭出来れば、それは国の進歩
国葬で世論を二分するのは、岸田総理の友を思う気持ちを素直に表してしまった事と山上被疑者の動機が重なってしまった点にある。旧統一教会の今までの隠れ不法行為が再び白日の下に晒され、事態は一変した。ただ、岸田総理としては安倍元総理への友情を正直に表して何で批判があるんだという悔しさが。
英女王のエリザベスが亡くなられて、一つの時代の終わりを告げたように思う。チャーチルからも小娘扱いされたエリザベスの果断な努力は立場のあるないを超え、大きなエネルギーを国政に添えてくれたような気がする。