なんとなく 今日の考察は 結論を じゃがバターリングに持っていきたい それで 駅前のセブンイレブンに行って 買って食べてみたい
じゃがバターリングを世界平和考察するとですね、たとえば自分は買って食べて評論するだけがいいんですよ。役割やポジションとしてね。 バターをどこから仕入れるかとか、どうやってどこで作って衣つけて冷凍して運んで とかは だれか別の人がやってくれるはず。間違ってもバターじゃないわけです。
矛盾をどんどん指摘していけばいい。 「じゃがいもや人参や玉ねぎなどの素材が どろどろに完全に溶け込んだ ドロドロカレーこそがうまいめしである!のだと。それこそがめんたね界隈流なんですよね?」「でもそれ、レン話は腐ったじゃがいもだと言う話と矛盾しませんか?」 そんなこと言ってない?
脳内でどんどんフィクションのストーリーが進んでいきます。なぜならレールが敷かれてきているように見えるからです。 レンタル話し相手さんこういうかな「ぼくという腐ったじゃがいもをめんたねさんがうまく調理してくれるっていう話でしたよね?」「結果のドロドロカレー、それ美味しいんですか?」
笑っちゃう、いかん。いかん。 「 #めんたね界隈流ドロドロカレー って実は、もしかして、まさか、 #めんたね界隈流ごろごろカレー の誤りや間違いなんじゃないですか!?」 「 #名前にケチをつけるやつ呼ばわり してくれていいんですけど、 #名称を誤って いませんかぁ!?」