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ぷしゅ #かくつなぐめぐる

「書くこと」を通じて出会った仲間たちがエッセイでバトンをつなぐマガジン『かく、つなぐ、めぐる。』。9月のキーワードは「台風」と「宇宙人」です。最初と最後の段落にそれぞれの言葉を入れ、11人の"走者"たちが順次記事を公開します。

プシュッ
後ろの席からプルタブを起こす音が聞こえて、缶から空気がとび抜ける音が後に続いた。新大阪駅へ向かう新幹線の車窓からは台風明けの明るい空が見える。

何の変哲もない平日の16時過ぎだが、スーツを着た大人と、子連れの家族でほとんどの座席が埋まっていた。

8月の半ばだし、子どもたちは夏休みだろうか。隣の席で汗をかきながらぐっすり眠る小学生くらいの男の子を盗み見ると、今日が終わるその充足感や、ほどよい疲労感が伝わってきた。

車内全体にそんな雰囲気が漂っているような。

なめらかに動く窓の外の田園風景に飽きて、足元に置いた出張のための大荷物をぼんやりと見やる。さっき聞こえた音について考える。

プシュッ。
後ろの人が開けたのは缶ビールか。チューハイ、コーヒー、エナジードリンクの線もあるな。

冷たい缶は外気に触れてきっと汗をかいてる。
それを片手で持って、もう片方の手で開ける。缶の口が開いた瞬間に細かい無数の飛沫があがって、窓から差し込む光が粒を照らす。
ビールだったら、その数秒後には苦いような酸っぱいようなあの独特の香りが立ち上ってくるだろう。

その時点で無意識に人間の口角は上がって、早く飲みたい!と気持ちが急いている。缶を持つ手が痛いほど冷たくて、その刺激が余計に最初の一口の期待を高める。

冷えた液体が喉を通る。うまい。

私は酒が飲めない。飲めないけど、きっと缶の隣に待ち構えているであろう崎陽軒のシウマイ弁当を想像して、よだれが出そうになった。

「缶を開ける音」は、小さい頃から好きだ。
体質的に酒が飲めないからこそかもしれないが、プシュッだかカシュッだか、突発的に響くこの音にずっと憧れがある。

酒の席では今から酒を飲もうとしている人に頼んで、たまに開けさせてもらう。開ける瞬間、私大きくなったな~と年甲斐もないことを思う。

というのも、缶を開ける音は、私にとって「大人の1日の終わりの音」だ。

小さい頃の記憶だが、父は毎晩缶ビールを2本飲んだ。仕事から帰ってくるとまずパンツ1丁になって、新聞を読みながらピーナッツをつまみに1缶空ける。その後風呂に入って、またパンツだけを履いて夕飯の席に着く。白飯は食べない、おかずをつつきながらもう1缶。
もうその頃には酒に弱い父の全身は茹でダコのように真っ赤になっている。

夕飯の後は新聞の続きを読んで、ガイアの夜明けだとかたけしのTVタックルだとかを見ながら23時過ぎぐらいには寝落ちしている。

これが父の「1日の終わらせ方」だ。
これを見て育ったから、プルタブが起こされて缶が開く音は、大人の1日の終わり、その導入音だと今でも思う。

夜のまどろんだ時間を連想させる、私にとっては開放感のある音だけれど、缶を開ける音が万人にウケる音ではないことも分かる。酒にいい思い出がない人だと、嫌な音だろう。プシュッという音が、またこの時間が始まるのか、という憂鬱な思いを連れてくることもあるだろうし、朝の満員電車でこの音を聞いた日は、なんとなくヒヤッとしたし。

俄然、「缶を開ける音」に興味が湧いてきた。

人々はこの音をどんな気持ちで聞くのだろう。新大阪駅まであと1時間弱、小さな調査をしてみたくなった。

手持ちのiPhoneでSpotifyを立ち上げた。そう、音楽だ。缶を開ける効果音が入っている曲を聞いたことがあるだろう。音楽を通して、作り手が「缶を開ける音」に込める思いが分かるのでは?

さっそく思いつく限りの「プシュっと音」入りの曲を1つのプレイリストに集めた。

1曲目。2番のAメロに、爽快感を感じる「プシュ」が取り込まれていた。「プシュっとさ 開けた ジュースの缶のような」という歌詞の「プシュっ」に合わせての効果音である。
全体的に、もがきながら出口を探すような雰囲気漂う曲である。ここでの「缶を開ける音」は、どちらかといえばやるせない感情を代弁しているようだ。

2曲目。間奏での効果音。プシュッという音にゴクゴクという喉越しの音も収録されている。何を飲んでいるかは分からない。直前に「ミルク」という単語も出てくるが、缶のミルクって存在するかな。
1番の歌詞で、ミルクといい「飲料」を彷彿させるワードが頻出していたので、「缶を開ける音」と「何かを飲む音」を挿入したのかもしれない。なるほど。

3曲目は、缶を開ける音から始まる曲。贅沢にもサビに入る前に毎回「プシュっと音」が鳴っている。この曲は完全にビールをテーマにした曲だった。酒を飲んで「明日も頑張ろう」と締めくくる、前向きな日常。

新大阪駅に着く頃には、「缶を開ける音」が入っている曲のプレイリストは21曲にもなっていた。

ちなみに、曲の1番最初に「プシュッと音」を入れているものが1番多かった。そして開ける対象は、ジュースやコーヒーよりも、お酒の缶が多い。そして季節は、夏の曲が多かった。

缶を開ける音は、明るくて、前向きで、夏や暑さの代名詞。皆さんの予想通りだろうか。

曲探しに疲れて隣の男の子をちらりと見ると、膝に置いたカバンにUFOと惑星をかたどったキーホルダーがついていた。銀色の人型のピンバッチは宇宙人がモチーフだろうか。男の子の呼吸に合わせてそれらが規則正しく上下に動く。
宇宙が大好きな見知らぬこの子も、何十年後にはスーツを着て、新幹線でプシュッとやっているのだろうか。
羨ましいような、どうしてもそんな目で見てしまう。

バトンズの学校1期生メンバーによるマガジン『かく、つなぐ、めぐる。』。
今回の走者は、南凪子でした。
次回の走者は、いちかわあかねさん。更新日は 9月4日(日)です。
お楽しみに!


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