2023年 Honorable Mentions-ベストEP+α
前回は2023年の個人的なベストアルバムについて書いたんですが、たくさんの方に読んで頂いてるようで本当に嬉しいですね。
毎年恒例のルーティーンとなっているとは言え、作品を選んだり文章を書いたりするのは中々大変なので、読んでもらって反応を頂けると書いた甲斐がありますよね。
今回は去年に引き続き、ベストアルバムの記事では取り上げなかったけどぜひとも紹介したい作品をいくつか、そしてアルバムよりもコンパクトでまた違った良さのあるEP作品の中でよく聴いたものをいくつか選び、それについて書いてみたいなと思います。
自分は音楽に対するハードルは低い方というか、とりあえず気になったものは聴いてみようというスタンスなので、毎年膨大な数の作品を耳にしているんですが、その中でも特に面白いなと感じた、何度も聴きたくなった作品をいくつかご紹介したいと思います。
前回のベストアルバムで選んだ作品より、作品やアーティストの知名度は高くないものが多いんですが、今後注目されるかもしれない新しい才能や、スルーされてしまうのは惜しい作品など、この記事をきっかけに知ってもらえる機会になったら嬉しいですね。
では今回も長くなりますが、最後までぜひお付き合いください。
a.s.o. 「a.s.o.」
ベルリンベースのデュオ、a.s.o.のデビューアルバム。
Tornade Wallaceという名義でも活動しているLewie Dayと、女優として数々の映画などに出演しているAlia Seror-O'Neillの2人からなるユニットの彼ら。
PortisheadやCocteau Twins、Julee Cruiseを由来としたようなダウナーで妖しげなトリップホップ〜ドリームポップサウンドがとにかくクールで、夜に落ちていくような没入感が味わえる非常に魅惑的な作品でしたね。
90sのミステリアスな空気を纏ったような耽美な響きも、アンニュイなヴォーカルもどこかひんやりとした心地良さ。
ここ数年こういったいわゆるトリップホップと形容されるようなダウンテンポなサウンドが増えてきているような印象で、地味ながらも2023年のトレンドのサウンドと言えるかもしれないですよね。
新たなムーヴメントになるのかどうかはさておき、90s特有のインダストリアルな空気感を現代風にアップデートさせた今作のような作品が出てきたことは、その頃の音楽のファンとして非常に嬉しかったです。
Asake 「Work Of Art」
ナイジェリア出身のSSW、Asakeのセカンドアルバム。
去年リリースのデビューアルバム「Mr. Money With The Vibe」がアメリカやイギリスのチャートにもランクインするなど、一気に注目度を高めたAsakeから早くも届けられた2作目のアルバムは、前作の勢いをさらに加速させるような素晴らしい完成度の作品でした。
ナイジェリア発で今や世界的な音楽となったアフロビーツを軸に、南アフリカ生まれのハウスミュージックの亜種、アマピアノやKwaito、ヨルバの民族音楽であるフジなどのサウンドをミックスした、アフリカ大陸を飛び回るかのような自由なダンスミュージック。
今や様々なアーティストが取り入れているアフロビーツサウンドですが、Asakeのリズム感覚やヴォーカルの乗せ方は本当に独特で、気分を高めてくれる心地良いグルーヴ感を生み出しています。
前作はアルバムを通して楽曲がシームレスに繋がったDJミックスのような質感が特徴的でしたが、今作も前作ほどではないものの、アルバムトータルでコーディネートされた一体感があるんですよね。
数多くのスターが生まれているアフリカの音楽シーンの中でも、彼が頭一つ抜き出た才能の持ち主だという事を見事に証明した1枚です。
B. Cool-Aid 「Leather Blvd.」
ビートメイカーのAhwleeとラッパーのPink Siifuによるユニット、B. Cool-Aidの新作アルバム。
先程挙げたNavy BlueやMaxoも含めて、近年のUSのラップシーンの充実ぶりは本当に凄いなと思うんですが、多くの作品やアーティストが数珠繋ぎになっているのもポイントで、そのコミュニティの中心にいるのがこの2人ですね。
アブストラクトなヒップホップとネオソウルの中間のちょうど1番心地良いポイントを的確に捉えた今作には、彼らの仲間が数多く参加しています。
Liv.eやFousheé、Jimetta Rose、Quelle Chris、 Digable PlanetsのLadybug Meccaなどの客演に加えて、Navy BlueやMndsgnがプロデューサーとして携わっていて、仲間が集まって楽しみながら音楽を作った様子が楽曲から伝わってくるような、とてもリラックスしたムードが作品全体を包み込んでいます。
「Brandy, Aaliyah」という曲があるように、どこかノスタルジックな90sの空気感を感じるところも好みでしたね。
家の中でゆっくり過ごす時に流すのに最適なメロウでチルなサウンドは、休日のお供として今年かなり重宝しました。
BAMBII 「INFINITY CLUB」
カナダ・トロント出身のDJ/プロデューサー、BAMBIIのデビューEP。
アンダーグラウンドシーンで活躍するDJとしてキャリアを重ねながら、今年リリースされたKelelaの傑作アルバム「Raven」ではほとんどの楽曲の制作に関わるなど、プロデューサーとしての才能も開花させたBAMBII。
待望のデビュー作となった今作は、ジャマイカをルーツに持つ彼女らしくダンスホール〜カリビアンなノリをベースにしながら、UKガラージ・ジャングルをアグレッシヴに巻き込んだ、現行のクラブカルチャーの最新鋭の展覧会のような仕上がりとなっています。
最近のトレンドやモードが全て詰め込まれたみたいな音というか、聴いててとても2023年っぽいサウンドだなぁと感じます。
地元のトロントで毎年BAMBIIが主催している「JERK」というパーティーイベントがあるんですが、そこはLGBTQコミュニティーや有色人種などの人達が自分達を解放出来る場所を作りたいという思いから設立したんだそうで、彼女のそういった思いが今作からもサウンドとして伝わってきますよね。
ダンスミュージックの「今」を体感出来る、今年の隠れた名作です。
chunky 「Somebody’s Child」
マンチェスター出身のラッパー、chunkyのデビューアルバム。
ジンバブエをルーツに持つ彼は、実は15年近く前から活動しているベテランで、イギリスのアンダーグラウンドなクラブシーンにおいて常にその動向が注目される存在だったんだそう。
自分は今作で初めて彼のことを知ったんですが、鼻にかかった声で淡々とビートを乗りこなす感じがとてもクールで、1発で心を掴まれましたね。
グライムやダブステップ、ダンスホール、アフロビーツが散乱したビートは良い意味でラフな仕上がりというか、変に作り込まれ過ぎてないジャンキーな質感が彼のラップスタイルとも合っていて、作品全体がミックステープのような作りになっているところも好きでした。
近年Space AfrikaやRainy Millerを中心に、BlackhaineやFinn、ayaなど続々と新しい感覚を持った才能が登場し盛り上がりを見せているマンチェスターの音楽シーン。
chunkyの今作もその得体の知れない流れをさらに活発化させる存在として、ぜひチェックして欲しい作品です。
Cleo Sol 「Gold」
ロンドン出身のSSW、Cleo Solの通算4作目となる新作アルバム。
公私共にパートナーであるInfloと作り上げるオーセンティックでエレガントなソウルサウンドで多くの人々を魅了しているCleo Sol。
今年は9月に突如3作目のアルバム「Heaven」をリリースし、そのわずか2週間後にこの「Gold」をリリースという驚きのギフトを届けてくれました。
「Heaven」がデビュー作の「Rose in the Dark」の続編のようなオーガニックなネオソウルサウンドだったのに対し、「Gold」は前作「Morher」と通じるような70sフォーク・ソウル由来のビンテージな質感のゆったりと落ち着いた作風という印象。
歌詞に込められたメッセージも含めて、新しく何かに挑戦しているというよりは純度の高い普遍的なものを届けようというスタンスがどの作品からも感じ取れますよね。
2023年らしい作品かと言われるとそんな事はないんだけど、時代に流されないタイムレスな傑作を生み出し続けてる彼らの姿勢はとても美しいなと思います。
SAULTとしての活動も含めて、来年以降も彼らの動向はずっと追いかけ続けていきたいと思います。
Courtesy 「fra eufori」
デンマーク・コペンハーゲン出身のDJ・プロデューサー、Najaaraq Vestbirkによるプロジェクト、Courtesyのデビューアルバム。
今作は彼女が代表を務めるベルリンのスタジオ、Studio Vestbirkでレコーディングを行ったそうで、そこでは音楽だけでなく美術や演劇などかなり多面的にアートに関するプロデュースが活発に行われている場所なんだそう。
そんなアーティスティックな場所に集まったのは、Erika de CasierやLyra Pramukといったコペンハーゲン・ベルリン界隈の才女達。
彼女達がヴォーカルで参加した今作は、全曲がカバー楽曲という珍しい作り。
90s〜00s初期にかけて流行したトランスミュージックやトリップホップのクラシック的楽曲を、彼女のフィルターを通して再解釈したサウンドがとても面白いんですよね。
MadonnaやEnya、Olive、Guru Joshなどその選曲もユニークで、原曲の雰囲気は残しつつ異なる空気感に作り替えてる感じが見事でしたね。
曲のチョイスからして相当マニアックな趣味をお持ちな事が伺い知れますが、原曲の良さを再発見・再確認させてくれる意味でも非常に面白い作品でした。
crushed 「extra life - EP」
LAベースの2人組、crushedのデビューEP。
Bre MorellとShaun Durkanの2人で結成されたcrushed。
BreはTemple Of Angelというバンドで、ShaunはWeekendというバンドで共にヴォーカルとしても活動していて、2人とも音楽的なキャリアはかなり長いんですよね。
ポストパンクやシューゲイザーなテイストの激しめなサウンドを持ち味としているそれぞれのバンドと比べて、crushedとしてのデビュー作はしっとりとダウナーな質感なのが印象的。
トリップホップやドリームポップを由来とした90s感満載のサウンドは、その頃の音楽が好きな人にとっては聴いてると勝手に口角が上がってしまうような、90s好きのツボを心得た仕上がりになっています。
彼らはLAが拠点なんですが、印象としてはめちゃくちゃUKのサウンドって感じですね。
それぞれのバンドで共にヴォーカルを務めている2人のツインヴォーカル体制のcrushed。
女性のBreも男性のShaunも、どちらもどこかアンニュイな質感の声を持っていて、クールなサウンドとも見事にマッチしていましたね。
Elmiene 「Marking My Time - EP」
ロンドンベースのSSW、Elmieneの新作EP。
彼は今作プロデューサーとして関わっているSamphaのライブに出演していたり、Lil Silvaの楽曲に参加していたり、ロンドン周辺のR&Bシーンでその才能が注目されていた存在でした。
今年の3月にEP「El-Mean」でデビューし、その7ヶ月後には早くも2作目のEPとなる今作をリリース。
制作にはSamphaやLil Silvaの他にも、The InternetのSydやJames Vincent McMorrow、Jamie Woonがソングライターとして参加。
さらにはKendrick Lamarや最近では藤井風なども手がけているDJ Dahiや、Caroline PolachekやDominic Fikeなどを手がけてきたJim-E Stackがプロデューサーとして参加するなど、かなり豪華な布陣で制作されていて、レコード会社のElmieneに対する期待の大きさが伺い知れますよね。
D’Angeloを最大の影響源と語る彼のヴォーカルはまさにソウルフル。
00sネオソウル由来のメロウなサウンドと深みとコクのあるヴォーカルのマリアージュはうっとりする程に美しく、ただ美麗というだけではない土臭さの残るナチュラルな美しさが彼のパフォーマンスにはあるんですよね。
R&B好きによるR&B好きのためのR&Bという感じ。
feeble little horse 「Girl with Fish」
ピッツバーグベースの4人組バンド、feeble little horseのセカンドアルバム。
大学の友人同士で結成した彼らの魅力は、地元の音楽好きの仲間達で集まってなんか面白いことやろうぜ、というノリがサウンドにも表れている感じがするというか、色々な固定概念に囚われていない遊び心が楽曲の随所から感じられるところですね。
弾き殴ったようなノイズまみれのギターの轟音のワイルドさと、どこか冷めたようなアンニュイな質感のヴォーカル、そこにキャッチーなポップセンスを持ったメロディーが加わるという何とも不思議なアンバランスさが非常に魅力的。
1曲の中で急にガラッと曲調が変わったり、ヴォーカルのピッチを加工したり、聴いてて飽きない様々なギミックが至る所に施されていて、そのあたりも遊びの延長感があるというか、とてもユニークなスタイルのバンドだなと思います。
同じ男女構成で4人組の先輩バンド、Big Thiefと同じSaddle Creekからのリリースというのも面白いし、遊び心を忘れずBig Thiefのように進化し続けていくバンドになっていって欲しいなと思いますね。
Fever Ray 「Radical Romantics」
スウェーデン出身のKarin Dreijerによるプロジェクト、Fever Rayの通算3作目となる新作アルバム。
実弟のOlofとのユニット、The Knifeとして2000年代から活動を始め、カルト的な人気を博した彼女。
The Knifeとしての作品は2013年リリースの「Shaking the Habitual」が最後となっていますが、今作はOlofがプロデューサーとして何曲かで参加していて、アルバムには他にもNine Inch NailsのTrent ReznorとAtticus RossやVesselなどのクセモノが制作に参加しています。
ダンスホールのリズムや民族音楽のテイストを取り入れた奇妙なエレクトロサウンドは非常に妖しげで、どこか儀式っぽい神聖な質感も感じるような不思議な響き。
Karinの歌声は時に可愛らしい女の子のようでもあり、時に感情を殺した老人のようでもあって、声のトーンだけでなく性別すらもコントロールして使い分けている感じなんですよね。
ジャンルやカテゴリーという枠組みに囚われず、サウンド面でもビジュアル面でも唯一無二の個性を放っているFever Rayの、最新の進化の形が示された傑作アルバムです。
Fielded 「Plus One」
ニューヨーク・ブルックリンを拠点に活動しているシンガー、FieldedことLindsay Powellの新作アルバム。
彼女は面白い経歴を持った人で、ミュージシャンとしてのキャリアは20年近くになるベテランなんですが、元々はCake Bake Bettyという名前でほのぼのとしたフォーク・ポップスを歌っていて、2010年代に入りFieldedと名乗りR&Bサウンドに挑戦し始めます。
その流れで現在所属しているレーベル、Backwoodz Studiozの代表であるbilly Woodsに出会い、レーベル唯一の(恐らく)シンガーとして心機一転活動しているという、中々振り幅の大きいキャリアを送ってきているんですよね。
今作はレーベルの代表であるbilly woodsが全面プロデュースしていて、billyとのタッグでもお馴染みのKenny Segalなどが手がけるジャジーでアブストラクトな質感のビート・トラックの上にErykah Baduを思わす妖艶な歌声が乗っかるという、今まであまり聴いたことのないタイプのサウンドに仕上がっています。
billyやE L U C I D、They Hate Changeなど多くのラッパーも参加していて、彼らのラップとトラックの相性が良いのはもちろんなんですが、Lindsayの歌声が加わる事で生まれる不思議な違和感みたいなものがとても面白い1枚でしたね。
変わったR&Bが聴いてみたいという人にぜひおすすめです。
gum.mp3 & Dazegxd 「Girls Love Jungle」
ノースカロライナを拠点に活動しているgum.mp3と、ニューヨークを拠点に活動しているDazegxdの2人のプロデューサーによるコラボアルバム。
ここ数年再評価の流れが加速しているUKガラージ。
それがニューヨークに渡り独自に進化・発展したサウンドがNYCガラージと呼ばれ、今年に入り一気に注目度を高めているんですが、その先駆者的存在であるSwami Soundと共にシーンを牽引している若手2組によるコラボレーションとなる今作。
凶暴なまでにアグレッシヴなジャングル〜ドラムンベースを展開しながら、メロディアスな質感の歌モノとしても機能している感じがセンスを感じますよね。
高速で暴れまくるビートとスムースなうわものがミスマッチせずに、うるさくごちゃごちゃした感じになり過ぎない絶妙なところを攻めてきてるなという印象でしたね。
アルバムジャケットも含めて、90s後半くらいのビデオゲームのサントラみたいな仕上がりになってるのがたまらなく好きですね。
近年進化が著しいブレイクビーツ復権の流れがたどり着いた最高地点と言える圧巻の完成度の1枚でした。
Headache 「The Head Hurts but the Heart Knows the Truth」
Frank Oceanの近年の楽曲をはじめ、数多くのアーティストの作品に関わってきた、今最も重要なプロデューサーの1人と言えるVegynを中心としたプロジェクト、Headacheのデビューアルバム。
今作はスポークンワードアーティストのFrancis Hornsby Clarkが作詞した詩をAIを使って音声化し、Vegynの手がけるメロウでアンビエントなトラック上でポエトリーリーディングさせるというかなり斬新な手法で制作された作品なんだそう。
Vegynの作るトラックはヒップホップやトリップホップ、エレクトロニカが混ざり合ったようなダウンテンポな響きで、どことなく90sっぽい匂いが漂うノスタルジックな質感。
Francisの書いた詩の内容は非常にシュールというか難解というか。
深い意味があるようにも、何の意味もないようにも捉えられるような抽象的な言葉が奇妙に並べられています。
Vegynの生み出す音楽のファンである自分にとって、彼の持ち味が発揮されたサウンドを堪能出来る作品として楽しめる1枚でありながら、今までにあまり聴いたことのないタイプのアート作品として新たな面白さを教えてもらった、不思議な魅力を持ったアルバムです。
hemlocke springs 「going…going…GONE!」
ノースカロライナ出身のSSW、Isimeme "Naomi" Uduによるソロプロジェクト、hemlocke springsのデビューEP。
彼女は今作にも収録されている「girlfriend」が2022年にTikTok上で人気となり、様々なメディアで今後ブレイクしそうなアーティストとして取り上げられるなど一躍注目を集める存在となりました。
全曲を彼女自身が作曲し、プロデュースやレコーディングもほとんど自分で行うスタイルで完成させた今作は、キャッチーさの中に程良く毒っ気を効かせた80sシンセポップ由来のレトロなタッチのサウンドが中毒性抜群で、うっすらと漂う懐かしさが自分のツボを突かれた感覚でめちゃくちゃハマりましたね。
Charli XCXやGrimes、Magdalena Bay、さらにはTommy february⁶あたりともリンクするような、王道のポップミュージックからは少しハズれたポップスという感じがたまらなく好きですね。
インタビュー記事によると80sのポップスはもちろん、EDMやK-POPなどかなり幅広い音楽から影響を受けているんだそうで、そのごちゃごちゃな感じがサウンドにも表れていて納得でしたね。
ポップミュージックをユニークな捉え方で発展させていってくれそうな存在として要注目です。
Ice Spice 「Like…?」
ニューヨーク出身のラッパー、Ice SpiceのデビューEP。
2023年の音楽シーンを語る上でこの人の存在を無視する事は出来ないでしょう。
昨年リリースの「Munch (Feelin' U)」でその個性的なラップスタイルやヘアスタイルも含めて一躍注目される存在となると、その後はPinkPantheressとの「Boy’s a liar, Pt.2」が全米1位の大ヒットとなり、さらにはTaylor Swiftの「Karma」のリミックスへの参加や、映画「Barbie」のサウンドトラックに収録されたNicki Minajとの「Barbie World」など、大物アーティストとの共演でヒットを連発させます。
このデビューEPはそんな彼女のユニークなキャラクターが全面に出た作品になっていて、プロデューサーのRiotUSAの手がけるニューヨークドリルと呼ばれる高速のビートとIceのゆるっとした独特のフロウがかけ合わさり、Ice Spiceオリジナルのサウンドを早くも確立していますよね。
近年トレンドとなっているジャージークラブ風味の「Actin A Smoochie」など、新しいものや流行しそうなものを積極的に取り入れる流動性の高さも彼女の良さですよね。
グラミー賞のBest New Artistにもノミネートされていましたが、ここ数年のフィメールラッパー百花繚乱の時代の中でも一際大きな個性を放つ彼女の動向からは今後も目が離せなそうです。
Jessy Lanza 「Love Hallucination」
カナダ出身のSSW、Jessy Lanzaの通算4作目となる新作アルバム。
2013年のデビュー以来、ロンドンの気鋭レーベル、Hyperdubの歌姫としてコンスタントに作品を発表してきた彼女。
作品のクオリティに関して個人的に最も信頼しているアーティストの1人ですが、今作も流石の完成度の高さでしたね。
今作は拠点をLAに移した事が作風にかなり顕著に表れている作品となっていて、アルバムジャケット同様に夏らしいブリージーなムードのダンスミュージックが非常に涼やかに響いてきます。
ハウスや2ステップ、Hi-NRGを品良く取り込みながらR&Bとブレンドさせたようなサウンドは、ここ数年トレンドとなっているクラブミュージックインスパイアな流れとも共鳴する仕上がり。
Jacques GreenやTensnake、Junior BoysのJeremy Greenspanなどのダンスミュージック界の手練れ達と共作したサウンドも最高なんだけど、AaliyahやJanet Jacksonから影響を受けたという涼しげな歌声がとにかく心地良くて、今年の災害級の暑さだった夏を乗り切るのにかなり重宝しましたね。
Mandy, Indiana 「i’ve seen a way」
イギリスはマンチェスターベースの4人組バンド、Mandy, Indianaのデビューアルバム。
ここ数年で出会った新人バンドの中でもトップクラスで衝撃を受けましたね。
不穏な空気漂うポストパンクとインダストリアルなテクノサウンドがミックスした実験的な響きは異常なまでにクールで、緊張感にも近い張り詰めた空気感は、聴いててゾクゾクするというか、非常にスリリングな体験を味わっているような感覚でした。
工場や洞窟、地下室、ショッピングセンターなど、様々な場所から採取したノイズや環境音をサウンドに取り入れていて、それがまた怪しさをより増長させてる感じ。
ヴォーカルのValentine Caulfieldはフランス生まれで、彼女の歌はほとんどがフランス語で歌われていて、その独特の響きが今作をよりミステリアスな雰囲気にしているんですよね。
想定してた以上にダンスミュージックとしての要素が強いというか、ライブで観客が頭を振って踊り狂ってる光景が目に浮かぶようなサウンドになってるのが個人的には意外でした。
様々な仕掛けが施された予測不能のダンジョンの中を彷徨っているかのような、危なっかしい魅力が詰まった1枚です。
Marina Zispin 「Life And Death: The Five Chandeliers Of The Funereal Exorcisms」
イギリス・グラスゴー出身のデュオ、Marina ZispinのデビューEP。
Space Afrikaと共演したり、今年「The Heart of the Anchoress」というアルバムをリリースするなどソロでも活動しているBianca Scoutと、同郷のミュージシャンMartin Reidの2人からなるユニットの彼ら。
Bianca Scoutとしての作品ではノイズや環境音を使った非常にエクスペリメンタルなサウンドを鳴らしていたんですが、Marina Zispin名義での今作では80sシンセポップ由来のダークウェイヴな質感のサウンドになっていて、ChromaticsやGlass CandyなどItalians Do It Better所属のアーティストと共鳴するような怪しい世界観の作品に仕上がっています。
無機質に刻まれるビートと不穏な音使いのシンセの音色が作り出すのは、海外の古いホラー映画のサウンドトラックのようなどこかチープで妖しげな響き。
ジャケットのアートワークや作品のタイトルからも分かる通り、死が1つのテーマとなっているようで、徹底してダークな世界観を作り上げていますよね。
聴く前の印象はめちゃくちゃ暗い作品なのかなと思ってたんですが、意外にもポップで聴きやすいサウンドになってるので、まだ未聴の方もぜひ聴いてみて欲しいなと思います。
Matty 「EIS O HOMEM」
BADBADNOTGOODの元メンバー、Matthew Tavaresによるソロプロジェクト、Mattyの新作アルバム。
これまでソロでリリースしてきた作品は、メロウな質感のAOR風味なベッドルームポップという感じで自分も気に入ってよく聴いてたんだけど、今作はマジで別人レベルで作風が変わっててビックリしましたね。
ジャズ・サイケ・ロック・民族音楽・ダンスミュージックをボーダレスに行き交う自由極まりないサウンドは、これまでに体験した事のないような新感覚の響き。
旅をテーマにした作品なんだそうで、確かに様々な地域のサウンドが混ざり合ったような響きをしてますよね。
歌モノが多かったこれまでの作品とは違いほとんどがインストで、そのあたりも旅情をかき立てるというか、旅の最中や移動中にBGMとして聴くのにピッタリなサウンドだなと思いました。
ちなみに、MattyのパートナーでもあるAmanda Hicksによるソロプロジェクト、Mandaworldのデビューアルバム「For Emotional Use Only」もMattyがプロデュースしていて、ドリーミーなエレクトロポップサウンドがとても良かったので、気になる方はそちらもぜひチェックしてみてください。
MUNYA 「Jardin」
カナダ・モントリオール出身のSSW、Josie Boivinによるプロジェクト、MUNYAのセカンドアルバム。
今作は以前から親交のあった日系ハワイアンをルーツに持つミュージシャン、Kainaluと共同で制作されていて、ほんのりレトロなフレンチポップ〜ドリームポップなサウンドがとろけるようにスウィートな1枚でした。
前作ではThe Smashing Pumpkinsの「Tonight, Tonight」をカバーしてましたが、今作ではNew Orderの「Bizarre Love Triangle」のカバーしていて、原曲の角を全て削り落としたような滑らかな耳触りの極上のポップスに仕上げていて面白かったですね。
他にもDaft PunkやGiorgio Moroderへのオマージュを捧げた「Un Deux Trois」は、まさに「Random Access Memories」な質感のフレンチハウス・ポップスで、今年の夏はかなりヘビロテしてましたね。
英語とフランス語の2つの言語が公用語として使われているカナダ出身の彼女は、楽曲によって歌う歌詞を使い分けていて、その言葉の響きやニュアンスの違いが感じられるのも面白かったです。
Men I TrustやTOPSなど、モントリオールには素晴らしいポップミュージックを生み出す土壌が出来ているようで、今後も我々を魅了し続けてくれるだろうと期待してます。
Nabihah Iqbal 「DREAMER」
ロンドン出身のアーティスト、Nabihah Iqbalのセカンドアルバム。
自分は今作で彼女の存在を初めて知ったんですが、以前はThrowing Shadeという名義で活動していたそうで、その他にもアート講師や放送作家としての顔もあるらしく、音楽以外の分野でもその才能を発揮している多才な人物みたいですね。
前作から5年振りのアルバムとなった今作が完成に至るまでにはかなり色々とあったようで、手を骨折していた2020年頃にスタジオに強盗が入り、その時の音源や機材が全て失われてしまい、さらにパキスタンに住む祖父が脳出血で倒れたという連絡を貰うという、泣きっ面に蜂どころではない状態が彼女を襲ったんだそうです。
そんな悲劇を乗り越えて完成させた今作は、90sの4ADっぽいゴシックで退廃的な質感のシューゲイズ〜ドリームポップサウンドと、ハウスやテクノなどのクラブミュージック由来のクールなサウンドが融合したような、かなり幅広く多様で自由な響きだなぁという印象。
ゆったりとしたアンビエントな質感の曲もあれば、エモーショナルに展開していくクラブバンガーな曲もあって、彼女の経験してきた人生のようにジェットコースター並みに起伏激しくアップダウンを繰り返す仕上がりになっているのが面白かったですね。
Natural Wonder Beauty Concept 「Natural Wonder Beauty Concept」
Ana RoxanneとDJ Pythonによるプロジェクト、Natural Wonder Beauty Conceptのデビューアルバム。
モダン・ニューエイジなサウンドのAna Roxanneと、ディープ・レゲトンを打ち出してきたDJ Pythonという異色の2人のコラボレーションということで、最初は正直想像が付かなかったというか、ミスマッチなんじゃないのかなとすら思っていたんですが、聴いてみてそれは杞憂だったとすぐに感じましたね。
00sエレクトロニカやトリップホップ、ドラムンベースなどをミニマルでアンビエントな音使いで融合し、2人それぞれの特色をニュアンスとして加え仕上げたサウンドは、お互いの良さを引き出しあったまさにコラボレーションの妙という感じ。
本人達曰くコラボというよりは新しいバンドを結成したみたいな感覚で楽曲制作していたそうで、お互いの音楽性を理解し合っているからこそ生まれたサウンドという感じがありますよね。
以前からお互いの作品を聴いては感想を送り合ったりする仲だったそうなんですが、実際に会ったのはAnaがニューヨークに移住してきてからなんだそう。
ニューヨークの街をBjörkやPortisheadを聴きながらドライブする事から今作の制作を始めたというのも今作を聴いてると分かるなぁという感じでしたね。
NewJeans 「NewJeans 2nd EP ‘Get Up’」
韓国の5人組ガールズグループ、NewJeansのセカンドEP。
彼女達の活躍っぷりも2023年を振り返る上で外すことの出来ないトピックスの1つですよね。
2022年の年末に「Ditto」、今年の年明けに「OMG」をリリースし、どちらもクラブミュージックの要素が強く表れたサウンドで、自分としてはそこでかなりビビッときたというか、面白い音だなと興味を持ったんですが、このセカンドEPでも引き続き90s〜00sあたりのクラブミュージックからの影響を上手くポップスに落とし込んだサウンドを作り上げていましたね。
近年の2ステップ〜UKガラージリバイバルの流れも捉えつつ、Erika de CasierやFrankie Scoca、Smerzといった曲者サウンドメイカーを招きクールでマニアックな響きを取り入れ、それがちゃんとアイドル的なキャッチーさも持ち合わせてるんだから凄いですよね。
彼女達5人の涼しげでキュートな歌声やキレの良いパフォーマンスももちろん魅力的なんですが、それをバックで作り上げているMin Hee Jinや250を含めた制作チームのアンテナの鋭さやチャレンジ精神も凄いなと思いますね。
相当色々な音楽を聴いてるだろうし、ポップミュージックとどう結び付けたら面白いかみたいなことをかなり研究してるんじゃないかなと思います。
2024年の音楽シーンも彼女達とそのチームがどんな新しいサウンドを提示してくるのか、大いに期待したいと思います。
Nia Archives 「Sunrise Bang Ur Head Against Tha Wall - EP」
ロンドンベースのアーティスト、Nia Archivesの新作EP。
ここ数年のジャングル〜ドラムンベースのリバイバルの流れの火付け役的な存在であるNia Arvhives。
昨年リリースのEP「Forbidden Feelingz」から約1年という短いスパンで届けられた今作は、前作のトライバルなサウンドをブラッシュアップしつつ、ボサノヴァやサンバといったブラジル音楽やメロディアスなR&Bとも接近し、より歌モノとしての耳馴染みの良さが増したような印象でしたね。
今作の影響源としてブラジリアンドラムンベースのシーンを挙げてて、ブラジルでは00年代頃からブラジルの伝統的な音楽とドラムンベースを結び付けた独自のサウンドが発展していたんだそう。
中でもその代表格であるDJ Patifeから大きなインスピレーションを貰ったらしく、確かに聴いてみるといわゆるドラムンベースよりも歌の比重が大きいというか、近年のトレンドともかなりリンクした響きだなという印象でしたね。
今作のリリースから2ヶ月後にはMount KimbieやMall Grab、Special Requestなどが参加したリミックスバージョンも発表していて、原曲の疾走感に拍車をかけたようなフロアバンガーな仕上がりになっててそちらも最高でした。
Niontay 「Dontay’s Inferno」
ニューヨーク・ブルックリンベースのラッパー、Niontayの新作ミックステープ。
彼はミルウォーキーで生まれ5歳の頃にフロリダに移住し、その後19歳でニューヨークに移ってきた後はモデルとして生計を立てていたんだそう。
その頃に今作にも参加していて所属レーベルの大ヒットでもあるMIKEと元々親交を深め、本格的に音楽の世界に入ってきたんだそうで、まだそれほど知名度も高くないアップカミングなラッパーの1人として徐々に知られ始めてきた感じですね。
子供の頃にフロリダで過ごしていたこともあってか、サウスヒップホップっぽい音色のベースだったりゆるいビートが取り入れられていて、最近のアブストラクトな質感のニューヨークのヒップホップシーンのサウンドとは少し違うカラーを持っている感じが個人的には引っかかりました。
彼のラップもダラダラと言葉を並べるようなゆるっとしたスタイルで、それも相まって中毒性があるというか、繰り返しずっと垂れ流していられるような心地良さがあるんですよね。
独特のヘアスタイルも含めてフロリダ出身のKodak Blackにも似た空気感を持ってるなという印象もありましたね。
今年はさらに11月に新作EP「Demon Muppy」もリリースしていて、そちらにはMIKEの他にもEarl Sweatshirtも参加し話題となってました。
今年初めて出会った今後がとても楽しみなラッパーの1人です。
Paris Texas 「MID AIR」
LAベースのラップデュオ、Paris Texasのデビューアルバム。
彼らの事はTyler, the Creatorがお気に入りとして紹介していた事をきっかけに知ったんですが、聴いてみると確かに「IGOR」あたりのTylerのサウンドともリンクするような仕上がりで1発で心を掴まれましたね。
ロックやパンク、ヒップホップを巻き込んだアグレッシヴなサウンドは、BROCKHAMPTONやYves Tumor、Linkin Park、N.E.R.D.が混ざり合ったような混沌とした響き。
00s前半くらいのミクスチャーロックを思い起こさせるような、ざらついたギターの音色と激しくエネルギッシュな2人のラップのカオスなバランス感が聴いててとてもスリリングで面白いんですよね。
OutKastやKing Kruleあたりと比較してるメディアも多かったですね。
彼らは共に映画好きなんだそうで、今作のリリース時には短編映画風の映像を公開していたり、ユニット名も映画「Paris, Texas」から取っていたり、音楽面においても映画からの影響を強く受けているんだそう。
ちなみにLana Del Reyの新作に「Paris, Texas」という曲があるんですが、それにレスポンスするように今作に「Lana Del Rey」という曲が収録されていて、そういう遊び心も彼らの魅力ですよね。
映像で観たライブもかなりの盛り上がりで、人気実力共に今後が非常に期待できる存在です。
patten 「Mirage FM」
ロンドンベースのアーティスト、pattenことDamien Roachの新作アルバム。
作品のビジュアルイメージのデザインなども自ら行ない、これまでもとても風変わりな音楽を作ってきた研究者のような佇まいの彼ですが、今作はそのユニークさにさらに拍車がかかった未体験のサウンドが堪能出来る作品でしたね。
今作で彼は入力した文章を音声化するAIシステムを使い、その音源を切り刻み、重ね、加工し、組み立てるという斬新な手法で完成した一枚。
例えば「楽しい」と入力すると、「楽しい」を元に画像を生成し、それを音に変換するという仕組みなんだそう。
それを何度も繰り返し、膨大な時間をかけて生み出された今作は、ヴェイパーウェイヴを再解釈したような、近未来感とノスタルジーが入り混じった何とも奇妙な響きで、曲によってはハウスだし、AORっぽくもあるし、ヒップホップのようでもあるし、本当に摩訶不思議なサウンドなんですよね。
音楽の未知の可能性を提示したかのような、時代の何歩も先を進んでいる新感覚の作品です。
Slauson Malone 1 「EXCELSIOR」
LAベースのアーティスト、Jasper Marsalisによるプロジェクト、Slauson Malone 1のセカンドアルバム。
彼は以前ソロ活動と並行してニューヨークベースのグループ、Standing On the Cornerのメンバーとしても活動していて、彼が在籍していたのはわずか2年程だったみたいなんですが、SolangeやEarl Sweatshirtの作品に参加するなど同業のミュージシャンからも大きく注目される存在でした。
グループを脱退後は故郷のLAに戻り、プロデューサーとして様々なアーティストの作品に関わりながら自身の作品も制作していたんですが、今作はアーティスト名を「Slauson Malone」から「Slauson Malone 1」に変更し、さらにレーベルをWarpに移籍してリリースした彼にとって心機一転となる1枚です。
ジャズやサイケデリックロック、ヒップホップ、ダブなど様々なジャンルがごちゃごちゃに煮込まれた非常に折衷的な響きは、何度聴いてもその実体を掴めないような奇妙なサウンドをしています。
どこか不気味で危うさを孕んだような耳触りで、そのニュアンシーな感触を確かめるように何度も繰り返し聴いてしまう中毒性がありますよね。
今作に限らず彼のサウンドは本当に不思議で代わりのきかない魅力を持ってるんですが、hiwattさんのこちらの記事で彼のこれまでの経歴も含めた詳しい情報が分かりやすく書かれているので、ぜひチェックしてみて欲しいなと思います。
Speakers Corner Quartet 「Further Out Than The Edge」
ロンドンベースの4人組ユニット、Speakers Corner Quartetのデビューアルバム。
フルートのBiscuit、ドラムとパーカッションのKwake Bass、バイオリンのRaven Bush、ベースのPeter Bennieの4人からなる彼らは、ロンドンの音楽シーンを中心に数多くの作品にミュージシャンとして参加してきた、アーティスト側からの信頼も厚い凄腕演奏家ユニット。
今作の参加アーティストはSamphaやTirzah、Coby Sey、Kelsey Lu、Kae Tempest、さらにはMica LeviやShabaka Hutchings、Joe Armon-Jones、Léa Sen、James Massiah、LEILAHなど本当に豪華なメンツ。
ジャズやヒップホップ、R&Bがブレンドされた、ここ数年のロンドンのアンダーグラウンドシーンの空気をリアルにパッケージングした見事な完成度の作品で、参加ゲストの個性やカラーを完璧に理解し、それを活かしたサウンドメイクをしてるのが流石でしたね。
今作を聴いて気になったアーティストの作品をチェックするという楽しみ方も出来ると思うし、様々な人やコミュニティを繋ぐハブのような作品としても素晴らしい完成度の作品でした。
Titanic 「Vidrio」
グアテマラ出身で現在メキシコを拠点に活動しているチェロ奏者、Mabe Frattiと同じくメキシコ在住のマルチ楽器奏者、i la CatólicaことHector Tostaからなるユニット、Titanicのデビューアルバム。
チェロのクラシカルな響きに電子音やフィールドレコーディングで採取した環境音などを組み合わせた、耽美で陶酔感のあるサウンドが高く評価されているMabe Fratti。
2020年以降毎年のように作品をリリースしていてどれも本当に素晴らしいんですが、今作では主にピアノやギターを演奏しているHector Tostaと組み、ジャズを軸にした軽やかなチェンバーポップサウンドに挑戦しています。
Mabeのヴォーカルはとても真っ直ぐというか、色で例えると白みたいなクセの無い響きで、様々な楽器の音色が重なり合って描かれたカラフルなサウンドの色彩豊かな美しさを引き立てる役目を果たしてる感じでしたね。
スペイン語で歌っていることもあって、どことなくラテンのフレイバーが感じられるところも魅力的です。
Julia Holterが好きな人にはぜひ聴いてもらいたいですね。
TYSON 「Sunsetters / Daybreakers」
ロンドンベースのSSW、TYSONの新作ミックステープ。
彼女は近年のDean Bluntの楽曲に度々客演し注目を集めていて、その他にも今作にプロデューサーとして参加しているJoy Orbisonの楽曲にも参加するなど、ロンドン周辺のミュージシャン達からその才能を評価されていた存在でした。
ちなみに彼女の母親は「Buffalo Stance」のヒットでもお馴染みのシンガー、Neneh Cherryで、父親はMassive Attackなどを手がけていたプロデューサーのCameron McVey、そして妹は同じくシンガーとして活動しているMabelという音楽一家のサラブレッドでもあるんですよね。
今回のミックステープはコラボレーションが1つのコンセプトになっているようで、Coby SeyやJames Massiah、rRoxymore、Delilah Hollidayといったロンドン界隈のミュージシャンを中心に数多くの才能がゲスト参加しています。
妖しい色気を纏った声が艶かしく響くムーディーなR&Bサウンドは、UKらしく派手さを抑えたクールな質感で好みでしたね。
Varnish La Piscine 「THIS LAKE IS SUCCESSFUL」
スイス出身のラッパー、Varnish La Piscineの新作EP。
彼の事はTyler, the Creatorがおすすめとして紹介していたのがきっかけで知ったんですが、聴いた瞬間に心を奪われましたね。
Tylerの他にThe NeptunesやDaft Punkから強く影響を受けているんだそうで、その影響がストレートに表れたようなトリッキーなリズムや音選びのセンスが心地良いグルーヴを作り出した極上のシンセファンク・ソウルサウンドは、「CALL ME IF YOU GET LOST」のアウトテイク集なんじゃないかと思うくらいハイレベルな完成度。
フランス語のラップってこれまであまり聴いたことが無かったんだけど、独特の響きや味があってそこも良いんですよね。
彼は今年Justiceなどが所属しているフランスのレーベル、Ed Bangerと契約していて、最近はPharrellともスタジオ入りしてるみたいです。
TylerやPharrellの弟分的な存在として、今後彼らと共演する日も近そうな予感…。
大いに期待して待ちたいと思います。
Vayda 「Breeze」
アトランタベースのラッパー・プロデューサー、Vaydaの新作ミックステープ。
父親がラップグループの一員だったこともあり幼少の頃からヒップホップが身近な存在で、ピアノのレッスンもかなり熱心に行なっていて音楽に囲まれて育っていったんだそう。
カルト的な人気を誇るLAのレーベル、Soulectionのサウンドに魅せられ自身もプロデューサーとして活動したいと思うようになった彼女は、SoundCloud上で数多くの楽曲を発表し徐々に注目を集めるようになります。
2020年代に入りミックステープを大量に制作し始めるんですが、その内の1つである今作を聴いて思うのは本当に自由なサウンドだなという事。
ハードなトラップからスムースなR&B、高速のジャージークラブまで何でもありな感じで、Mary J. BligeがChaka Khanをカバーした「Sweet Thing」をそのまんまサンプリングしてビートにしたりまさにやりたい放題な仕上がり。
囁くようなウィスパーヴォイスのラップスタイルや、サクサクと進んでいくテンポ感の良さも相まって気がつくと何度も聴いてしまうような中毒性があります。
知名度も実力もまだまだ未知数なところはありますが、今後も好き勝手に面白いサウンドをどんどん生み出してくれそうで楽しみですね。
Water From Your Eyes 「Everyone’s Crushed」
ニューヨークベースのNate Amos、Rachel Brownによるデュオ、Water From Your Eyesの通算5作目となる新作アルバム。
前作の「Structure」が音楽好きの間で話題となり一気に注目度を高めた彼ら。
今作は名門レーベル、Matadorに移籍してから初のアルバムで、彼らの自由な発想から繰り出される摩訶不思議なポップサウンドにさらに磨きがかかった作品に仕上がっています。
ざらついた質感のジャンキーなギター、トリッキーに動き回るドラムとベース、多彩な色使いで奇抜な模様を描くシンセ、クールかつキュートなヴォーカル。
様々な響きが雑多に混ざり合ったカオスな質感のポップサウンドは、やりたい放題やってるように見えて意外と統率が取れているというか、不思議とごちゃつかず統一感があるんですよね。
個人的には去年心を掴まれたJockstrapのサウンドと近い印象で、彼らに共通してるのはジャンルやカテゴリーを意識していない自由な音でありながら、そこにしっかりとしたビジョンというか彼らなりの美学があるところだなと思いますね。
新しい感覚と発想を持った2人の音を使ったハイレベルな遊びが堪能出来る1枚です。
Yussef Dayes 「Black Classical Music」
ロンドン出身のドラム奏者、Yussef Dayesのデビューアルバム。
彼はこれまでSamphaやNonameをはじめとした数多くのアーティストの作品に参加してきたことでも知られていて、キーボーディストのKamaal WilliamsやギタリストでSSWのTom Mischとはコラボアルバムをリリースしていましたが、ソロとしては今作が初めてのアルバムとなります。
タイトルの通りブラックミュージックからの影響を強く感じさせるクロスオーバーなジャズサウンドの心地良さもさることながら、生命が宿ったようなドラムの躍動感がとにかくハンパじゃないんですよね。
ソウルやファンクともリンクするスピリチュアルジャズ的なサウンドから、ヒップホップやエレクトロを経由したようなビートっぽいリズムまで、様々なジャンルを飲み込みながらジャズという音楽の可能性を拡大させる圧巻のプレイを聴かせてくれています。
今作にはジャズミュージシャンだけでなく、SAULTのALにも参加してたChronixxやMasegoなどジャマイカ出身のアーティストなどが歌で彩りを加えていて、速い展開のジャズサウンドの中にゆったりとした時間が生まれる感じがとても良かったですね。
来年2月には来日公演が予定されていて、彼の神懸かったようなドラミングを生で体感出来るということで、今作を聴いて彼のサウンドに魅せられた方はぜひとも参加して欲しいなと思います。
というわけでいかがだったでしょうか?
自分は気になったアーティストがどんな環境で育ったかとか、どんな音楽に影響を受けているかなどを調べたりするのが好きなんですが、今回紹介したラインナップは中々情報が少なくて、細かいディテールまで調べるのは結構難しいものが多かったですね。
面白いなと感じた音楽について調べると、自分が好きなミュージシャンと繋がっていたり意外な接点が見つかって、そこからまた新しい音楽に出会えたりするのが楽しいんですよね。
来年も新しい音楽へのアンテナの敏感さはキープしつつ、そのルーツとなった過去の音楽についても深く掘り下げられるような楽しみ方を出来るようにしたいなと思ってます。
次々にリリースされる新しいものを追っていると、たまに立ち止まってみたくなる瞬間や、過去を振り返る時間が必要だなと感じる瞬間が訪れるんですよね。
来年は少しゆったりと余裕をもって、音楽と向き合う時間を作る1年にしたいなと思います。
2023年はたくさんの素晴らしい音楽に出会うことが出来、記憶に残るたくさんの素晴らしいライブにも参加することが出来ました。
2024年も自分のペースで音楽を楽しめる1年にしたいなと思いますし、その様子や情報を変わらず発信出来たらなと思ってます。
引き続きよろしくお願いします。
今回も最後まで読んでくださってありがとうございました!