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浮気は本当によくない

 表題の件は、ただの一般論ではない。

 昨今、芸能人の不倫報道がワイドショーを騒がせることが度々あるが、あれら報道によって発信されているのは「情報」であって「問題」ではないのである。
 何年も前の話だが、この浮気を取り巻く「問題」に巻き込まれたことがある。

 

 その時、私は大阪の日本橋をうろついていた。なぜだったかははっきり覚えていないのだが、午前中から一人でうろうろしていた記憶がある。たぶんフィギュアか漫画を探したかったのだと思う。

 昼時になったので、なにか食べようと辺りを見回すと、小さなカレー屋があった。なんの気なしに入ってみると、その店は厨房を囲んでコの字型にカウンター席が連なるだけのシンプルな店内であった。

 一人で行うサブカル散策に、おしゃれな昼食など無用である。歩き回る活力と休憩が大切だ。私は腹を満たすためだけにその小さなカレー屋に入ったのである。

 入口から一番奥の席に小太りな男性二人連れが、座ってカレーを食べていた。その時はそんなことなど気にせず、男性たちに向き合うように厨房を挟んで反対側に座った。

 私が注文したカレーはすぐに、これまた小太りの店員によって調理され、目の前に差し出された。カレーを食べていた時、私の耳に向かい側に座る小太り二人組の会話が、かすかに入ってきたのである。ひっそりとした店内では、小声で話しているつもりの声も予想上に響いていた。

「なんで、プレゼントした鞄使ってくれないの」

 様子がおかしいことに気が付いたが、別に他人のことを気にするほど私は暇ではない。ちらりと見ると、帽子をかぶった小太りが、坊主のひげ小太りに、話しかけていた。

 別になにも問題ないと思う。朝から一人で日本橋でフィギュアをあさっている人間だっているのだから、様々な趣味趣向があって当たり前だ。当人たちが満足しているのなら、それが一番ではないか。変わったシチュエーションになってしまった、というだけの話だ。小太り店員も特に気にすることなく、厨房の端で控えているではないか。なにも気にすることはない。

「使ってるよ。ちゃんと平日」

 ひげ小太りの言い訳が飛び出したが、私には関係ない。

「本当に?」
「使ってるよ」
「前に家行ったとき、なかった」
「しまってただけやん」

 小太りの痴話げんかをBGMにカレーを食べ進めていると、帽子小太りの一言にスプーンが止まった。

「お前、あのバーのマスターと浮気してるやろ」

 これはちょっと聞いて帰らなくてはいけない。おのずとスプーンの動きは緩慢になる。

「してないよ」
「知ってんねんで、あのマスター、あんたのタイプやん」

 変わったシチュエーションどころか、混沌の片鱗が鈍く店内に広がっていく。小太り店員も、私と同様にこの痴話げんかの一部始終を目撃していた。
 私のスプーンは食べかけのカレーの上でまったく動いていない。

「そんなことないよ」

 ひげ小太りは、そう言って視線をなんの気なしに小太り店員に向けた。その視線には何かうっとりとした質感が漂っていて、カウンターの端で私は突然できあがった、小太りの三角関係をそれぞれに見つからないように眺めた。どうもひげ小太りのタイプはわかりやすいらしい。

 それを見た帽子小太りは、もう普通に聞こえる声で一言つぶやいた。

「なに見てんの」

 小太り店員は、助けを求めるような視線を私に目くばせしてきた。しかし私はそれに構うことはできず、帽子小太りの言葉に押されて、残っていたカレーをすばやく平らげた。

 そしてどうしようもない沈黙が訪れる前に、スプーンが食器を鳴らす音の余韻がまだ残っているうちに、私は会計を済ませてカレー屋を後にした。


 今思え返すと、ひげ小太りは本当に浮気していたのかは定かではないが、この浮気を取り巻く「問題」に巻き込まれたのは事実である。

 今一度言うが、浮気はよくない。
 当人同士の信頼関係を壊してしまうのはもちろんのことだが、なによりも関係のない人間に迷惑をかけることになりかねないのだ。一番問題になるのが、この点なのではないかと思えてならない。

 あの小太り店員が、その後どうなったのかは私は知らない。知りようもないし、別にわざわざ知りたいとも思わない。ただ、一番巻き込まれたのはあの小太り店員であったことは言うまでもないので、そこは草葉の陰で労をねぎらいたい。

 それにしても、あの瞬間の「なに見てんの」という言葉は、瞬時に店内という空間を支配した。

 誠実さがなくなった瞬間に正論が、大きな力を持った。
 やはり不誠実と直結してしまう浮気は、正論の前では太刀打ちできない。

 自分の身を守るためにも、浮気はやはりよくないのである。

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