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思考の容れ物

  アーティストなどのライブにある感動を、私は世間の流行に求めているところがある。みんなで同じ話をするのは一体感があって好きだ。
 だというのに、私は悉く流行に乗れない人間だ。漫画が大好きなのに、好きな作品が世間の話題になる頃には熱狂は落ち着いてしまっている。ドラマも大好きなのに、リアルタイムで追っている作品は一つもない。

 そんな訳で、私はキラキラしい手帳文化を飲み下すのに数年かかり、こんなタイミングでの記事になってしまった。けれども、きちんと自分なりの意義や主張をもって役割を与えた文具たちはかわいい。犬猫は飼わずとも、愛でているものはみんなと共有したいのだ。例によって、乗り遅れていたとしても!

手帳は思考の秘密基地

役割のある子も、まだ決めかねている子もいる

 読者諸賢も、幼い時分はつくっていたであろう秘密基地。あの空間の魅力は、秘密であることもそうだけれど、口うるさい生き物大人から解放された自由が大きい。漫画ばっかり、ゲームばっかりとこちらの心情を構いもしないで、或いは子ども馬鹿だと決めつけて繰り出される小言からの解放! そりゃ、みんな虜になるはずである。
 デスク紹介だとか、部屋の紹介をする界隈で大人の秘密基地なんて言葉が使われているのも、それを踏まえれば納得できるが、なんだか広告の臭いがして少々下品だ。秘密基地は、それそのものが社会からの、大人という責務からの解放なのだ。だから大人の、なんて枕はまったく最悪。
 あの頃はできなかった贅沢も詰め込んでみましたよ、ということなら夢の秘密基地とか、あるいはもっと感性を遡り最強秘密基地だっていい。私たちは、私たち自身だけの基地で、大人の体面を脱ぎ捨てて全力で楽しむだけだ。


新しいことはワクワクする。優れているかは、比べて初めて分かる


 最初に紹介するのは、右端でファイルに埋もれているバインダーだ。この子は外での活動用。バインダーの厚みは結構余裕があるので、付箋や筆記用具もえぇいと一緒に連れて行けるスグレモノ。


 中身はA6サイズの用紙で分割して、いろいろなメモをジャンル分けしてファイリングしている。A5サイズの紙にメモしてもいいのだが、メモの内容ごとに紙が分割されていたほうが分かりやすくて好きだ。

 この方法の何が優れているかって、(実存している)モノとして在るのがいい

 私たちは普段、それはもうスマートフォン(のなかに溢れるコンテンツ)が大好きだ。四六時中SNSを確認してフィクションに触れて、ソーシャルゲームをしている。他者の発信を眺めて、なんとなく自分の好む意見がインターネットという皿の上にきちんと乗っているのを見て安堵している。
 教科書や実用書だってやろうと思えばスマホだけにすっぽり収められるし、それで不便ならタブレットだ。これも負けず劣らず多機能で、紙のノートとはこれでオサラバ! 

 端末さえあればあらゆるメモやパーソナルな情報は無くさないし、集約されて便利。わざわざ紙にメモなんか取る必要なくない? だって全部入りの方が絶対便利。化粧水と一緒だよ、って?


 紙なんて古い媒体だ、そう思っているならちょこっと考えてみてほしい。紙って昔っからある。嵩張るし、全然スマートじゃない。
 でも充電しなくても中身が確認できるし、タブレットより安価だ。Wi-Fiが弱くたって関係ないし、マイクロソフトやGoogleの機能障害なんてどこ吹く風。
 まぁタブレットと同じかそれ以上に水には弱いけれど、検索能力だってないけれど、いやいや、違うのだ。

 アイデアや事実という概念を手に取れる、これは革命的にすごい。

 SNSやYouTubeを観ていて、記憶に残らないなぁと思うことって少なくない。ぼんやり見ている事も一因だけれども、これは中身がどんなに変わろうと同じ端末から見ていて、メリハリがないことも原因じゃないだろうか。
 さらに飛躍が許されるならば、私はデジタルで全てを済ませることは高い認知負荷がかかっているような気がしてならない。

 紙に書く時は、ただ紙にこの内容を書くと決めて書けばよい。対してスマホはあまりに多機能だ。数多あるメモアプリのなかでも自分に合ったものを選び機能をカスタマイズしそれを能動的に開いて、文字を打つ。ともすれば、後から検索しやすいようタグも考えて。
 この情報を視覚情報に全てを任せて行わなければならない。しかし、アナログな。実体のある媒体にすればどうだろう。特定の役目を与えた(例えば、家計簿など)に対応した情報をそこに書く、このファイルにしまう。つまり、予め決定してしまった役割さえあれば自分で決定する必要がないのだ。
 この点付箋は最強で、とりあえずさっと忘れないうちに書き込む。後からその役目の手帳に貼る。気楽にこれが出来る。これが自分にはかなり必要な環境だった。マルチタスク苦手だからね。
 それに紙に書くということは視覚触覚を使っている、気がするので頭が覚えてくれやすい。まぁこれは、飛躍を重ねた私の実感のみの言説なのだけれど。でも、結構馬鹿にできないぞと自分は信じていることでもある。書き心地には拘る文具好きの信仰だ。
 そんなわけで、付箋やリフィルの基地としてこの子を使っている。その時々で中身が替わったり、別の基地へ移動したりしているので、内容に関しては詳述しない。使い方をこれからも模索していて、これは哲学として体系化できるぞと実感したらまたお話したい。


サラバ憧れ、ロロマクラシック

 ところで、私は手帳の魅力をバッチリとYouTubeで予習していた。だからロロマクラシックのような高級感のある手帳にそれはもう憧れていた。私も立派に消費社会の奴隷としてまんまと購買意欲を掻き立てられていたのだ。
 それに私は大の万年筆好き。そこに革の手帳があってどうしてこれが邪魔になろうか。それに革は経年劣化も楽しめる素材だし、どんなシーンでも締まった印象で使いやすいし、ちょっと高かろうとこれを一生使うって考えたら日割りでいくら? えーもうロロマクラシックと長生きして採算を取るしか! いや、ロロマクラシックは採算とかじゃないしロマンだし。お金をだして買えるロマンならそんなん買う一択でしょ!?


 ロロマクラシックを手にしたらスケジュールも日記もメモも、仕事プライベート問わずあらゆる情報を一元管理できる。いわばロロマクラシックは空母、移動の便利も兼ね備えた最強の基地……!

 革のシステム手帳は、そのがっしりとした材質で情報の一元管理を可能にするけれど、そしてそれって使いこなし感がハンパなくて超クールだけど、私は思った。それをやるならスマホでいいじゃん。
 そのスマホですら値段の高騰が馬鹿らしくなってiPhoneからAndroidに宗旨替えした。そんな私が定価約25,000円の手帳を持ち歩くものとして使えるのか。答えは泣く泣くながら、否だった。

 そもそも認知負荷を減らしたいなら、手帳そのものからして役割ごとに変えるべきだ。ワーキングメモリの低さを自覚しているのだから、背伸びなんて愚かなことをいつまでもやっていてどうする。
 憧れと涙ながらに、後ろ髪を引かれながら、断腸の思いで別れた時に私の手帳ライフ。それは確かに自分だけの、工夫を凝らした、至上のワクワク最強秘密基地として始まったのだった。

 次回は一週間後。よければまた読みにきてね。



読まなくていいこだわり

 タイトルに違和感を覚えた人も、ひょっとしたらいるのかもしれない。容れ物って言われても分かるけど、入れ物でいいじゃん。
 
 「入」と「容」の意味をまず比べてみてほしい


音−ニュウ/ジュウ・ジュ
訓−いる・いれる・はいる しお

②いれる。なかにおさめる。

漢字ぺディア


音−ヨウ
訓−かたち・いれる・ゆるす

①いれる。(ア)器にいれる。おさめる。「容器」「収容」

漢字ぺディア

 入る、とはみて分かるように動詞だ。対して例にもみられるように容は動作ではなく何かをいれるモノ自体に重点を置いている、ように読める。
 細かい印象レベルの違いだけれども、調べてみてよかったと思ったので参考までに置いておく。

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