好きな人の緊急連絡先になった
パートナーと2人でシェアハウスの一室を借り、生活を共にし始めてすぐの頃、彼はある撮影の仕事で2泊3日家を空けることになった。
新しい生活を始めたばかりの私は、「自分が家族ではない他人と共に暮らしている」実感が持てず、なんだかおとぎの国にでも迷い込んでしまったかのようなふわふわとした感覚で日々を過ごしていた。
彼が家を空ける一週間ほど前だっただろうか。お風呂に入る準備をしている私に、彼が言った。
「今度の撮影で緊急連絡先を提出しないといけないんだけど、あなたの名前と連絡先を書いても良い?」
この言葉で、ふわふわと浮いていた足が一気に地に着いた。私はこの人と一緒に暮らしているんだ。暮らしていくんだ。そう強く自覚した。
* * *
それから地に足を着け日々を営み、彼と暮らし始めてもうすぐ四ヶ月が経とうとしている。
先日は浴室を出た瞬間に彼が駆け寄って来て、こっそり買って冷凍庫に忍ばせていたというコンビニのソフトクリームを食べさせてくれた。
上裸の大男がそそくさと足早に冷凍庫からソフトクリームを取り出し、ふたをはずし、ドヤ顔で口元に差し出す。その一連の流れがあまりにもスムーズで、私は裸のまま声を出して笑った。
マイペースで一人が好きな私は、予定調和にいかない二人暮らしの日々に時折疲れてしまうこともあるけれど、この世には予定調和じゃないからこそ転がり込んでくるささやかな幸せがあることを知った。
お風呂上がりの火照った身体に、ソフトクリームの冷たさと彼の優しさがじんわりと染みわたる。
これからもこの人の緊急連絡先として、胸を張って生きよう。そんなことを思った八月の夜だった。
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