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マリネ(20首)
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マリネ
橋本牧人
見ているとコップをコップのあかるさが見限っていく 気分が悪い
つかもうとしながらふいに払う手にテーブルの蛾の手前で、それで
テーブルに耳を伏せるとどこからか車輪が、列車のじゃないなにかの、
夜濯ぎのぼくの衣服が ちょっとだけ泣いてしまった 回りきるまで
ただぼくはちょっとずらしているだけと春がだべっている道を行く
花リラにもらった影を曳いていく 影におさまるひとさまの犬
鳴り止んで針はわずかにレコードの枯野を渡る鳥の死のよう
丁寧語になったりならなかったりな 天使の天使らしさについて
オリーブの木の気配だけ磨り硝子越しに感じていて やっぱりね
曲がり道の写真が壁にかけてありもちろん道の先は見えない
みんなにも見せたげたかったなって思う後ろ手で出てくる蟹炒飯
影の楠(くす)ぐわぐわ揺れて真夜中の、笑って、続かないキャッチボール
もう長い夜がどんどん長くなる予感のままに風の買出し
うちがわの自分にお茶が沿い落ちて溜まる 不遜に花をイメージ
くきやかに電柱はあり友だちの渾身のげろ輝いている
朝へ夢を引きずりながら足裏が先につめたい床へ触れゆく
あたらしい朝が来るたびめいりょうにペットボトルの気持ちとおなじ
二十代のおわりも夏のうつくしいマリネのように もしかしたら
市役所前を経由しながらどれもこれも躑躅だったんだって気付いた
飲みかけのペットボトルの重心を回してたよりない風の午後
(2024年度未来賞候補作)