ネット広告代理店の新規事業開発における落とし穴

タイトルでは主語を大きくしてしまいましたが、私個人の体験談からの反省や学びの共有メモです。

ネット広告代理店に所属していた頃、新規事業開発や新サービス開発に何度も挑戦しては、失敗を繰り返してきました。

ネット広告代理店といえば、営業力もあり、顧客ソースも潤沢で、ネット広告を使ったマーケティング力も兼ね備えています。
また、最大手サイバーエージェントが新規事業を成功させて飛躍している印象もあるので、新規事業開発が上手く行きそうな印象を持たれるかもしれません。

なのになぜ、新規事業開発に失敗してしまうのか、という話をしてみたいと思います。

※本記事内の事例は、複数のプロジェクトを元にした架空のストーリーです。

1. 脱・労働集約への焦りが招く失敗

「早く労働集約から抜け出したい」「スケーラブルな収益源を作りたい」という考えは多くの代理店に共通する目標です。
ただ、その焦りから十分な検証を省略してしまうと、新規事業で思わぬ壁にぶつかる可能性があります。

(1) 事例:SaaSツール開発での転落

ある時期、マーケティング支援SaaSの開発に着手しました。「まずは早く形にしたい」という焦りから、顧客ニーズの検証を十分に行わないまま数千万円規模の開発投資を決定します。3カ月で急ピッチに開発を進め、営業部門の強みを活かして既存顧客を中心に初月で20社の導入に成功しました。

しかし、実際の使用場面で「想定と違う」「必要な機能が足りない」という声が続出します。3カ月後の継続率は40%まで低下し、追加開発コストが雪だるま式に膨らむ事態となりました。

(2) なぜ起こるのか

代理店には「広告案件を回す」というビジネスモデルが深く根付いています。そこには以下の特徴があります。

  • クライアントから予算をもらってから動き出す

  • 不足があれば走りながら改善できる

  • 短期的な成果が見えやすい

しかし、新規事業、特にSaaS開発では以下のようにまったく異なる原理が働きます。

  • 自社でリスクを取って投資する

  • 初期の品質が重要で、後からの修正は困難

  • 成果が出るまで時間がかかる

(3) チェックリスト

以下の項目に当てはまる場合、「脱・労働集約への焦り」が新規事業の足かせになっているかもしれません。

□ MVPやPoCフェーズを設けず、いきなり本格開発に着手していないか
□ 「早く形にしたい」という焦りから、顧客インタビューや市場調査を省略していないか
□ 開発予算は確保したが、運用・改善のための予算計画が不明確ではないか
□ 広告案件と同じKPI(売上・利益)で新規事業を評価していないか

2. 営業力ゆえに起こりがちな“想定外”の歪み

~ 営業成果と顧客継続のジレンマ ~

広告代理店の誇る営業力は、時として新規事業の足かせとなります。
エース社員を投入すれば月300万円〜1,000万円程度の粗利を、比較的短期間で生み出せることもあるほど営業力が強い組織。しかし、その優れた営業力ゆえにプロダクトの完成度が追いつかず、成長を妨げてしまうケースも見受けられます。

(1) 事例:CRMツール開発での顛末

プロダクトの完成度は60%程度でした。しかし、営業部門のエース社員たちは既存顧客との関係を活かし、初月で大手5社を含む15社からの受注を獲得します。

実際の運用フェーズでは、レポート機能やAPI連携など重要機能の不備が次々と露呈しました。顧客からの改善要望は開発チームの処理能力を超え、サポート体制も追いつきません。半年後には導入企業の約70%が利用を取りやめる事態に。営業力によって初期受注は好調でしたが、継続利用や顧客満足度を十分にフォローできず、結果的に顧客離脱が進んでしまいました。


3. 短期成果重視が阻む継続的な改善

~ 組織文化が新規事業の芽を摘む理由 ~

多くの広告代理店では、ビジネスモデル上「大型受注を重視し、小規模な解約には気づきにくい」傾向があります。短期的な売上が評価されやすい特性もあり、広告事業としては合理的な面が多いのですが、新規事業の視点からすると、こうした優先順位が“想定外のブレーキ”になり得ます。

(1) 事例:文化が引き起こす悪循環

ある新規事業が直面した状況は、典型的なケースでした。月間の広告予算が1億円を超える大手クライアントを抱える部署がある一方で、新規サービスは月額10万円程度の小規模契約からのスタートです。

「小規模案件より、広告案件を優先するほうが効率的では?」という意見が強まり、優秀な人材が広告部門へシフトしやすくなります。

結果として、以下のような事態に陥りました。

  • 立ち上げ時のメンバー10名が、半年で4名まで減少

  • 新規導入は続くものの、既存顧客の解約率が毎月10%超に上昇

会社全体の業績が苦しくなると、どうしても「今期の数字」を優先する動きが強まります。その結果、新規事業へ振り向けられるリソースが不足し、十分に育たないケースが見受けられます。


結論:広告代理店の強みを真の成長エンジンに

ここまで見てきたように、広告代理店が新規事業で苦戦する背景には、以下の3つの要因が密接に絡み合っています。

  1. 脱・労働集約への焦り
    → 十分な検証を行わずに大規模投資を急ぎがち

  2. 強すぎる営業力の歪み
    → 未完成のプロダクトでも売りすぎてしまう

  3. 短期成果重視の文化
    → 地道な改善より新規大型受注を優先してしまう

これら三つの要因が重なり、新規事業には予想以上のハードルが生まれる可能性があります。しかし、焦らず適切なステップを踏めば、広告代理店ならではの強みを上手く活かし、成長エンジンへと変えていくことは十分可能です。

【段階的なアクションプラン】

▼ 今すぐできること(~1カ月)

  • 新規事業のKPIを棚卸しし、継続率・顧客満足度などの指標を追加

  • MVPでの検証を必須化し、営業活動は一定のPMFを確認してから開始

  • プロダクト改善とユーザーフィードバックの定期的な確認サイクルを設定

▼ 3カ月以内に着手したいこと

  • 新規事業部門の独立P/L管理を検討

  • 営業担当の評価基準に「継続率」「ユーザー満足度」を組み込む

  • 小規模でも成長性の高い案件を評価する新たな指標を導入

▼ 半年以内に実現を目指すこと

  • インキュベーション制度や別会社化の検討

  • UX設計・データ分析のスキル育成プログラムの整備

  • 広告収益に依存しない、独立した予算計画の策定


最後に:強みを活かすタイミング

広告代理店には、豊富なクライアントネットワークと高い営業力という、他社が簡単には真似できない強みがあります。これらは、プロダクトが一定の完成度に達した後の成長フェーズで、極めて強力な推進力となります。

重要なのは、その強みを「正しいタイミング」で活用すること。まずは地道なMVP検証とユーザーフィードバックの収集を通じて、プロダクトの価値を確実に高めましょう。そして、製品が一定の完成度に達した段階で、営業力という"秘密兵器"を投入します。

このように段階的なアプローチを取ることで、「労働集約からの脱却」と「持続的な新規事業の成長」を同時に実現できます。ぜひ、今回ご紹介した視点とアクションプランを参考に、自社の新規事業開発を見直してみてください。

なお、新規事業開発のPMFについては、こちらの本がおすすめです。(宣伝)


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