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【訳書『クラフトビールフォアザギークス』全文無料公開連載第21回】ビアスタイル公会議 ラオホビア → 燻製ビール、ペールエール → グルテンフリーペールエール
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ラオホビア → 燻製ビール
ラオホビア
「グーズは最初に飲むビアスタイルとして最も過酷」と92ページで自信を持って伝えたので、次は公園を散歩するような気軽さで、燻製ビールに入って行こう。このホットドッグをミキサーにかけたようなビールを飲むと、キャンプファイヤーのような味わいが楽しめる。最初の一口は変だと思うが、杯を傾けるたびに、本当に歴史ある飲み物を飲んでいるという実感がわいてくる。直火で乾燥・焙煎した大麦が、すべての始まりだった。燻製ビールは変わったビールではなく、むしろ標準的なビールだったのだ。
時がたつにつれ、製麦業者は、薪火から出る煙を麦芽床を迂回させる方法を開発し、ドイツ南部のある一つの地域にそのまま伝わっている。ラオホビア(燻製ビール)の中心地は、当時も今もフランケン地方であり、さらにその中心地は煙が生活の糧となっている。バンベルクという都市だ。アーチ型の橋や中世やバロック様式の建物が並ぶこの絵葉書のようなまちは、ビアギークの「死ぬまでに行ってみたい場所リスト」に入れておきたいところだ。
バンベルクでは、世界的に有名なシュレンケルラやシュペツィアルなどのブルワリーが、ブナでいぶした大麦麦芽の力を利用して、特徴的な浅黒いタンニンをビールに取り入れている。フランケン地方には広大なブナの原生林がある。昔の地元のブルワーたちが古い木を伐採して火にくべて、大麦の穀粒を甘くていぶした感じがある燻製麦芽に変えたことは、簡単に想像できる。そして、数は少なくなったが、今日も同様に麦芽をつくっている人がいる。
すぐ後で出てくるように、他の木材で焙燥していぶした香りや味を付けることもできる。しかしブナで燻製したバイエルンのビールは、昔はそれが当たり前だと思われていたのと同じくらい、今日では独特なビールだと思われている。バンベルクは建築物でもってユネスコの世界遺産に登録されているが、ラオホビアでもっても似たような登録をされるべきだ。このビールの味わいは、一度飲んだらやみつきになる。
アラスカンブルーイング「燻製ポーター」(米国)
一度訪れたら離れたくないと最も思うまちは、アラスカ州ジュノーだ。米国の州都の中で唯一、他の地域とつながっている道路がないため、訪れるには空路か水路を取らなければならない。あらゆる意味で辺境のまちだ。1986年の冬、マーシーとジェフのラーソン夫妻はこの土地で禁酒法時代以来初となるブルワリーを設立し、瞬く間に地元の熱狂的なファンを獲得した。
アラスカンブルーイングは、物流面の特徴よりも、その隔離された土地の独自性に焦点を定めるブルワリーにふさわしく、燻製ビールをつくる術を自然に取り入れた。当初から真のアラスカ産の銘柄をつくろうと考え、トウヒの木の先端を使い、バーリィワインをゴールドラッシュ時代(※3)に建設されたトンネルで熟成させ、ドイツ発祥のラオホビアの独自版をつくった。それは本当に画期的と言える瞬間だった。
今では燻製麦芽を内製していて、ドイツのラオホビアで使われるブナの代わりに地元のハンノキで燻製し、氷河の水で醸造している。これぞクラフトビールの醍醐味だ。マーシーとジェフ、そして彼らのチームは、国内外から触発を受けて、それらを融合させ、身の回りにある資源から生まれた独特な銘柄をつくってきた。燻製ビールはそもそも、ブルワーが唯一取れる選択肢であった地元産の材料を使うことから始まったように、地域色の強いビールだ。この「燻製ポーター」は、それを新たに体現した銘柄だ。
1988年に初めて発売されたこの銘柄は、わざわざ探しに行って飲むのに十分に価値があるだろう。燻製していない麦芽は、濃色で苦味のあるチョコレートやカカオのような香りをもたらす。一方、たき火のような特徴は締めくくりに現れる。しかし、それは決して支配的ではなく、他の特徴を圧倒することがない。これは離れたところから楽しむたき火であり、突然風向きが変わって煙の香りが強く乗ってくる感じではない。バランスが完璧に取れたビールで、飲めば飲むほど味わいが増していく。
※3 1848年に米国カリフォルニアで金鉱が発見されてから1870年代にかけての発掘ブーム。
さらに飲んでみよう
ストーン「燻製ポーター」(米国)
カリフォルニアのストーンブルーイングは1996年に初めて、なめらかな燻製ポーターを発売した。この評価が高い銘柄の特徴は、ピート(泥炭)で燻製した濃色で重厚な味わいを持つ麦芽から生まれる。
フィーヴェン「ポーター」(ベルギー)
銘柄名には入っていないが、この銘柄は燻製ポーターとして取り上げられることがある。いぶした感じの香りと味とともに、煮込まれた濃色の果実がたっぷりと入っている。
トップアウト「燻製ポーター」(スコットランド)
このエディンバラ産の銘柄は、ブナ燻製麦芽とピート燻製麦芽の両方を使用して醸造されていて、いぶした感じが最高にする。ブリュードッグの母国スコットランド産のピート香がきいたウイスキーが好きな人は、探してみて。
ペールエール → グルテンフリーペールエール
ペールエール
産業が発展する前は、ビールといえば「黒くて比重が高くて、建
物にガタがきている居酒屋で陶器のジョッキに緩慢に注がれて出
されるものだった」と考えたくなる。実際、居酒屋はそんな感じ
だったかもしれない。しかしビールは、そうとは限らない。ペー
ルエールは現代になって、輸入の米国銘柄や英国ミッドランド地
方からのゴールデンエール、そして今ではどこでも見かけるよう
になった他の瓶ビールのおかげで、ブルワーの格納庫に加わった
ように思える。
しかし、これらのビールはただの「添加物」に過ぎない。ブルワー
は古代から天日干しで乾燥させた麦芽を使用してきたことを、
マーティン・コーネルのような偉大な歴史家たちは、長年にわたっ
て粘り強く説明してきた。石炭焚きの窯が開発される前は、薪の
煙の香りが大麦に付くのを嫌う場合は、天日干しにする選択肢し
かなかった。
クルマの後部座席の後ろに野球帽を置いてきたことがある人なら
誰でも知っているように、長い間日光にさらされていると色が抜
けてしまう。マーティンも言及しているように、天日干しの麦芽の
使用が淡色のビールが出来上がることにつながったのは疑いの
余地がない。インディアペールエールよりも何千年も前に、シュ
メール人による淡色エールは存在していた(とはいえ悲しいこと
に、それがアンタップト(※4)で「チェックイン」できるようになるま
でには3000年以上かかってしまった)。石炭またはその派生物
であるコークスが登場すると、淡色麦芽は簡単に入手できるよう
になった。ここに、ペールエールが生まれる素地が出来上がった。
ポーターかスタウトかの論争を見てきたように、18世紀には濃色
のビールが人気を博していた。それに負けず劣らず、一連の淡
色エールの中でも、独自の命名による混乱があった。多くのブル
ワリーでは、今日のようにそれぞれの淡色エールを作成し、一部
の消費者は、「ペールマイルド」などと名乗って売られていた他の
ビールと区別するために、ペールエールを「ビター」と呼ぶように
なった。何と呼ばれてきたにかかわらず、ビールが始まって以来、
淡色エールは僕らと共に歩んできた。
※4 Untappd。ビールのジオソーシャルサービス(位置情報を活用しSNS)。スマートフォンアプリで利用でき、飲んだビールの写真・コメントの投稿、点数評価を自らしたり、他人がしたものを閲覧できたりする。
ブリュードッグ「ヴァガボンドグルテンフリーペールエール」(スコットランド)
淡色麦芽はペールエールの骨格を形成するだけでなく、濃色ビールには濃色麦芽よりも多くの淡色麦芽が使われている。例えば、アルコール度数16.5%のインペリアルスタウト「Tokyo*」は、小学校の校長の心臓よりも黒い色をしているが、淡色と濃色の麦芽の比率は8:2。この力強いスタウトは、その力の大部分を特に淡色な麦芽から得ている。しかし、すべてのビールは麦芽を主成分としているため、その色合いがどのようなものであれ、一部の人には摂取できない成分、すなわちグルテンが含まれている。
グルテンのようなタンパク質は、麦芽の原料となる穀物のほとんどに含まれており、セリアック病(※5)やその他の胃腸障害のある人にとって、摂取することが大きな問題となる可能性がある。ブリュードッグではビールを可能な限り身近なものにすることを信念としているので、グルテンフリーのペールエールを開発することは、僕らの優先課題に据えていた。2015年の夏、僕らはこのヴァガボンドを世に送り出し、それ以来、僕らのベストセラー銘柄の一つとなった。
※5 小麦や大麦、ライ麦に含まれるタンパク質のグルテンに対する遺伝性の不耐症。小腸の粘膜に特徴的な変化を起こし、吸収不良が生じる。MSDマニュアル家庭版https://www.msdmanuals.com/ja-jp/ホーム/03-消化器の病気/吸収不良/セリアック病
現在、かなり多くの麦芽が登場しているが、ブルワーはどのようにしてグルテンフリーのビールをつくっているのだろうか。グルテンが入っていない穀物(ソルガム、ソバ、オーツ麦、キビなど)を使用する方法や、発酵開始時にある酵素を添加する方法など、いくつかの方法がある。これにより、不耐症の原因となるタンパク質に作用し、ビールが完成して詰められる前に分解され、グルテン含有量がグルテンフリーの基準値内に十分に収まるようになる。
ここ数年の間に、グルテンフリーという分野の進歩は目覚ましい(ビールだけでなくあらゆる分野で)。僕らはヴァガボンドをつくることによって、「グルテンフリーは味のないものである必要はない」とはっきり示したかった。アマリロとセンテニアルのホップからは、柑橘類と松やにの味わいが前面に出ていて、熱帯の果物も同時に軽く感じられる。軽めのカラメル麦芽の味わいが基調となり、そこに松やにのような苦味が非常にうまく調和している。
さらに飲んでみよう
バーントミル「スティールカット」(英国)
オーツ麦、ソバ、トウモロコシ、ソルガムを混合して醸造したこの銘柄は、なめらかでバランスが取れてて、彼らといえばの特徴である桃など核果類や熱帯の果物の味わいも持っている。
ミッケラー「ピーター、ペール、マリー」(デンマーク)
ミッケラーの「フォークペールエール」のグルテンフリー版。終始グレープフルーツのぴりっとした感じが歌い上げられている。探し出して飲む価値は十分にある。
トゥーベイズ「ペールエール」(オーストラリア)
ヴィクトリア州を拠点とするこのブルワリーは、セリアック病患者によって設立された。完全にグルテンフリーの銘柄群をそろえている。彼らの代表作と言えるこのペールエールは、キビ、米、ソバを使って醸造されている。
(つづく)
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