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おばあちゃんのこと:6.おばあちゃんと友人

大正14年生まれの祖母には、女学校時代の友人に、きよちゃんがいた。

きよちゃんは、かつて駆け落ちしたことがあった。当時、40代半ば、相手はきよちゃんが雇われママさんをしていた店の客で、ひと回り近く年下の男だった。下は高校生から上は社会人まで、5人の息子たちを捨てての、駆け落ちだった。

40代半ばといえば、いまのわたしと同じくらいの年齢だ。もしもわたしに息子が5人もいて、ひと回り年下の男性にときめくことがあったとしても、駆け落ちできるだろうか。

「きよちゃんは情熱的なんだよ」
と祖母は言った。

きよちゃんは、わたしが物心ついたころ(駆け落ち後の話だ)祖母が暮らすアパートの1階で自分の飲み屋をしていた。アパートの2階には末息子と、4番目の息子家族もそれぞれが部屋を借りて暮らしていた。
4番目の息子家族にはわたしよりふたつ年上の女の子がいて、彼女はきよちゃんを嫌っていたし、きよちゃんも、祖母がわたしをかわいがるようには彼女をかわいがっていなかった。
きよちゃんは年金が入るようになると店を畳み、幼馴染家族もアパートを出ていった。それでわかった。幼馴染の父親は、きよちゃんのそばにいたかったんだな、と。

きよちゃんは店を畳んだあとも、駆け落ち相手(再婚相手でもある)と、ときどき祖母宅を訪れては、ごはんを食べたり、ビールを飲んだりしていた。ついでに祖母からお金も借りていた。

「友だち相手にお金を貸すのはどうかと思うよ」
と言うと、
「ふたりして毎晩のように飲んで歩いてるから、お金が足りなくなるんでしょ。ふたりは仲いいんだよ。きよちゃんは、靴下まではかせてやるんだって」
と祖母。
「お金、よくないよ。どんどん増えてくんじゃない?」
「年金が入れば、ちゃんと返してくれるんだよ。ちょっとがまんすれば、帳尻が合うんだろうけど、できないんでしょ。そういう人なんだよ」

「そういう人」で済ませることができるのは、祖母の徳だった。

駆け落ち相手はきよちゃんよりひと回り年下だったのに、先に死んだ。

きよちゃんはひとりになると、毎日、えっちらおっちら祖母の家まで30分くらい歩いて、お昼ごはんを食べに来た。祖母がつくることもあれば、きよちゃんがお弁当を買ってくることもあった。

きよちゃんはビールを飲んだ。ある日、祖母の家へ寄ると、きよちゃんがじょぼじょぼとテーブルにビールを注いでいた。認知症がはじまっていた。

「90歳の年寄り同士、毎日毎日、何話してるの? きよちゃん、ぼけてるし」
「いろいろだよ。女学校時代のこととか。
このあいだは、きよちゃんが、『だれかいいひと、いない?』って聞くから、『いないよ。いたらわたしだって独りじゃいないよ』って言ってやったよ。
そうしたら、『どっか飲みに行って探そうよ』だって」

90歳にもなって、ボーイハントに燃えていたとは。きよちゃん、やりよるな。「旦那さん、亡くなったばかりじゃん。駆け落ちまでして、ラブラブだったんでしょ」
「そうだよ。でも夜ひとりだとさびしいんだって。だれか飲み相手がほしいみたいだよ」

祖母を見ていると、わたしも90歳になってもガールズトークができるような友人関係を、作っていきたいと思うのだった。それには、世間体を気にせず、人を批判的に見ず、徳を身につけなければ。

そんなきよちゃんも、うんとぼけが進み、施設に入った。

きよちゃんが施設に入るときには、長男が手続きしたと聞いて、「親子って、どんな関係性でも縁を切れないの、大変だね」と言うと、祖母は、「そうだよ」としみじみ言った。

祖母はひとり息子(わたしの父親だ)のために、心中しようとしたことがあったのだが、その話はまた今度。


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