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腰掛けを買って、腰掛け気分を卒業する
3年前、勤めていた出版社を辞めた。そうしたら知人から仕事依頼が続き、フリーランスで編集とライティングを請け負うようになった。
売り込みに行きもし、確定申告も青色でして、自己紹介するときには、フリーライターと名乗るようになった。仕事はおかげさまで順調で、会社員時代より収入も増えた。
それでも、決意してフリーライターになったわけじゃなく、流れに身を任せていたらなっちゃったという感じだったので、腰掛け気分といいますか、どこかにいい会社があったら、いつでも就職します、みたいな気分だった。
家には猫がいて、あそんであそんで攻撃が激しいし、ちいさな折りたたみテーブルとスツールしかなかったから、仕事場はもっぱらカフェだった。
仕事が立て込んでいる日は、PCと資料でずっしりと重いリュックを背負って、スタバ、ドトール、図書館併設のカフェをはしごしながら原稿を書いた。
今年に入り、コロナが起きた。行きつけのスタバは休業、図書館も休館、仕方なく、家で原稿を書くように。猫は、はじめこそあそんでと迫ってきたものの、わたしがずっと家にいることに慣れ、おとなしくなった。
コロナで中止になる取材もあって、仕事はそれほど多くなかったが、スツール(家にある唯一の椅子)に座って、パソコンを打つのはつらい。ソファに移動したり、床に寝そべったりしていたが、ようやく決心がついた。
オフィスチェアを買おう。
オフィスチェア、で検索すると、高かった。仕事が減っているいま、この出費は痛い。だがしかし、給付金が入るではないか。そう、あれをこれに当てよう。
コロナで暇になった時間に書いた、「おばあちゃんのこと」で、キナリ杯の準優勝を受賞し、賞金も入る。それもこれに当てよう。
検索した結果、イトーキのカシコチェアというのがいいらしいことがわかった。オフィスチェアは男性の標準体型に作られたものが多いけれど、これは女性向けに作られているという。
そこでマスクに消毒薬持参でイトーキのショールームに行き、試し座りさせてもらった。10万円を超えるお買い物は、簡単にはポチれない。
結果、違うオフィスチェアのほうが座り心地などがよく、購入を決めたが、ショールームなのにオンラインから注文してほしいという。えっ?と思ったけれど、帰宅後、注文すべくサイトを開いた。しかしどこからオーダーしたらいいのか、わからなかった。密林のように、簡単ではなかった。
受注生産だから、ひと月くらいかかると言われたし、注文はしづらいし、面倒になって、オンラインからオーダーするのはやめた。
そして、なんならいろんな椅子に座ってみたい、と思い至り、オフィスチェア専門のセレクトショップを訪問することに。混み合っているらしく、予約できたのは2週間後。
いよいよその日がやってきて、でもそのころには、仕事が全然ないし、結果、原稿もたいして書く必要がないし、オフィスチェアなんていらないんじゃないか、と思いはじめていたけれど、せっかくだから行くことに。
まずはオフィスチェアの座り方から。オフィスチェアの正しい座り方なんて教わったことなかったから、へぇー、と思うこと多々。背もたれに10度くらい倒れた角度でよりかかる、肘掛けはデスクと同じ高さ、などなど。
ハーマンミラーをはじめとした海外メーカーから、国内メーカーまでさまざまな椅子を試し座りして、結局、イトーキのアクトチェアに決定。座面高が低めで、裸足で椅子に座ってもかかとまで床に着くことや、肘掛けの幅を狭くできること、クッションの座り心地や背もたれの角度調整等、いろいろなポイントが、そこそこ合格点だったことと、価格が予算内だったことが決め手になった。
カバーの色も、えいやっ、と決めると、たまたま店に在庫があり、1週間も経たずにわが家にやってきた。
実座。試し座りしたときは、「これなら疲れない。肩も凝らないし、腰も痛くならない」と思ったけれど、やっぱり実作業をすれば疲れるわ。でもスツールよりは当然いいし、背もたれに体重をあずけているから、長時間座っていられる。結果、原稿に集中できる。うん、買ってよかったよ。
コロナのせいで、家で原稿を書く時間が増えたことで、オフィスチェアを買うことに決めた。そしてこの期間、仕事は激減したけれど、なぜか、文筆業にしっかり向き合おうという気持ちになってきた。わが家に腰掛けを迎える決意をしたことと、腰掛け気分を卒業する腹が決まったことは、分かち難く結びついている。