ハセガワケイスケ
不可思議な現象や事象の相談を専門とする図書館のレファレンスがある。担当のミサキは、目は見えないが見えないモノが視えるなどの能力を持つヒバナと協力して相談依頼に応えていく。
作った詩(うた)です。
第壱回『雲云なす意図。』後日譚:エピローグ。 † 日常の反対は、非日常ではない。 日常の反対も日常だ。 どちらへいっても、何処へいっても、何処までいっても果てなく日常がつづく。 右を見て、左を見て、上を見て、下を見て、うしろを見て、前を向く。 いつもそこには日常がある。 変わらない日常。 すこしだけ刺激的な日常。 いろいろな日常。 ひとそれぞれの日常。 どこもこれもすばらしい、ただの一日であればいい。 それが日常であってほし
第壱回『雲云なす意図。』♯16-2:蛛、結う糸。2 † 僕にその能力があったのではない。 そもそもが、である。 ふたりの人間の記憶や想いを無理やり合成した、非常に不安定な世界だった。 それにプラスして、他人のインナーワールドと同化しかけてる僕にとってイージーだったというだけ。 「――いた!」 僕は、㐂嵜さんの左手首をにぎって引っ張る。 すでに僕の存在は薄れかけて、もはや一本の糸で輪郭を縁取ったくらいのカタチしかなかった。 「間に合った…
第壱回『雲云なす意図。』♯16-1:蛛、結う糸。 † 「――っうっしゃああ~~~~~~~~~っ!!」 巨大モニターの画面いっぱいに、雄叫ぶヒバナの姿が映し出される。 巨大すぎる蜘蛛に対し、花車な体躯で挑むヒバナの勇姿。 たいへんかっこのよろしい映像だが、これは一体どういうことなのか。 「肩の上にいたヒヴァナがいつのまにか消えて、モニターのなかのヒバナになった……?」 いや、そもそもの話。 ヒヴァナはヒバナである。 「てことは、この映像、インナ
第壱回『雲云なす意図。』♯15:長い手紙を書くように。 † 以前から、心には《結界》のようなものがあると考えていた。 誰にだってあるし、もちろん、僕にもだ。 『記憶に蓋をする』とか『感情を押し殺す』とかもそういう心の結界の一部なのではないか? いま僕が垣間視ている――㐂嵜さんと平埜さんの記憶はたぶん、そういった類なんだろう。 しかしやはり他人の記憶を盗み見ているうしろめたさが拭えない。 けど、目を逸らすこともできない。 僕には責任がある。
第壱回『雲云なす意図。』♯14-3:そう惑う。3 † 其処はおなじく大学の教室のなか。 ふだんの講義で使用する教室よりも、すこしちいさい。 ゼミに使われる教室だ。 教室には、二十人弱のゼミ生がいた。 僕もゼミ生に混じって、席に座っている。 デスクの上に、見知らぬノートPCが拡げてあった。 「本来、此処に座ってるひとのモノだろうね」 ヒヴァナがそう言って、僕は気づいた。 「本来、僕は此処にいないはずだから、」 入学したばかりの一年生。
第壱回『糸云なす意図。』♯14-2:そう惑う。2 † 僕は、映画『ターミネーター2』で未来からやってくるサイボーグみたいなポーズで、記憶のなかの大学に再現された。 「裸じゃなくてよかった」 映画のなかだとそうだから。 「T2は知ってるんだ?」 立ち上がる僕の右肩で、なにか不服そうにヒヴァナがつぶやく。 「名作でしょ。知ってるよ」 「精神と時の部屋は知らないのに?」 「ドラゴンボールだっけ。ちゃんと観てないんだ」 「動画サイトにアニメあるし。図書館
第壱回『雲云なす意図。』♯14-1:そう惑う。 † また頭のなかで声がする。 ――また? またって、いつだっけ。 この声は。 「〝蠧魚〟は、もともと意思もカタチも存在すらない。ほぼ概念のようなモノであり、本来こっちの世界では認識の《外》にある」 聞き覚えのある声。 ああ、これは僕だ。 「けれど、ごく稀にあっち側とこっち側を隔てる壁にできたヒビから、それこそ滲み出して、人間の感情や記憶などに干渉することで『存在』を得る。そして具現化したモ
第壱回『雲云なす意図。』♯13-3:足き伝導。3 † 「じゃあ、あらためて――」 「はい」 「そっちは任せる」 「うん」 あらためてヒバナが僕に『そっち』を任命した。 「任せられた……!」 でも、いったい僕はなにをすれば? 僕がいい返事をしたわりに、きょとんと間の抜けた顔してたからでしょうか。 ヒバナはやれやれと苦笑する。 「だから〝コレ〟を使うんだって」 言ってヒバナが、シールドの展開を止めた。 こっちに振り返りつつ、なにか手でもぞも
第壱回『雲云なす意図。』♯13-2:足き伝導。2 † それは——蜘蛛の巨体よりもひと回りほどちいさいが、それでも直径が二、三メートルはある。 ——まるで漆黒の〝糸〟でできた球体だった。 「伏せて!」 ヒバナが言う。 その声で反射的に僕は、㐂嵜さんと平埜さんに覆いかぶさり地面に伏せた。 「よっこらショーイチ!」 元気いっぱい声に出しながら、ヒバナが両手を縦に広げて前に突き出す。 広げた両手を時計と反対周りに半回転させながら、頭上に掲げた。
第壱回『雲云なす意図。』♯13-1:足き伝導。 † 水墨画で殴り書きしたような漆黒の炎を纏う――巨大な蜘蛛。 「――デカ……!」 脳がバグったのかと思うほどの、大きさ。 この蜘蛛は、人間の感情や記憶などに干渉た〝蠧魚〟が具現化したモノ。 本来ならこの世界にはあるはずのないモノ。 蜘蛛といえば―― タランチュラや熱帯のジャングル的な場所に巣喰う、やたら脚の長いやつなどもいるが、いくら大きいと言えどその多くが手のひらサイズだ。 ちいさな蜘蛛が
第壱回『雲云なす意図。』♯12-2:曇がタルい。2 † それは僕の視点では、ガラス窓が砕けるイメージだったが、しかしそのとき鳴った音は、 パァァ――――ンッ! 柏手やハンドクラップみたいな破裂音が鳴った。 そのあまりにも強烈な音に、鼓膜が破れるどころか、頭部ごと吹っ飛ばされるような衝撃を覚えた。 もちろん錯覚ぇ、僕の頭部は無事だったが、あまりの音に、耳鳴りすらしない無音になっあた。 ややあって、ようやくキーンという耳鳴りが聴こえてきた。
第壱回『雲云なす意図。』♯12-1:曇がタルい。 † 魔法陣の天井に浮かんだ〝糸〟を引き抜いたようだった。 瞬間、漆黒のスパークが周囲に拡散する。 雷のように宙を走るスパークのほどんどは魔法陣の《結界》の障壁に吸収されたが、一部は地面をエグるほどの衝撃を与える。 その一部のやつはよりによって、僕が突っ立ってたすぐ傍に落ちた。 「ぎゃう!?」 足もとの土をえぐるほどの衝撃におもわず身体をのけぞらせた。 反射的によけることができたけど、キャンド
第壱回『雲云なす意図。』♯11-2:アンビエンス。2 † 「……まさか、そんな、」 㐂嵜さんがさざめく。 身体にまとわりついてくる淡い薄紫の粒子を恐れるように、㐂嵜さんは両手で震える身体を抱き締めていた。 「こんな、違う……!」 肩を震わせながら㐂嵜さんは頭上の〝ソレ〟を否定する。 「なにをそんなに怖がってるんだろ?」 自分が見ていたモノと、目の前にある〝糸〟の姿があまりに乖離していることを恐怖と感じているのだろうか。 㐂嵜さんの視線をた
第壱回『雲云なす意図。』♯11-1:アンビエンス。 † 淡い薄紫色の赫きが増す。 輝々として魔法陣を包みこんだ。 眩暈がするほどの光の渦が、分厚い雲を突き破るように空へと昇っていく。 目が眩んだというより、質量のないはずの光に後頭部をブン殴られたような衝撃があった。 一寸先は闇というが、光がまぶしくても前が見えなくなる。 自分が目を開けているのか閉じているのかさえ分からなくなる。 光にすべてを飲みこまれた。 視界も、音も、感覚も。
第壱回『雲云なす意図。』♯10-2:魔法陣あるある。2 † ヒバナをガイドしながら、再び魔法陣のなかへ踏みこむ。 さっきふたりを連れて歩いたときよりも、さらに足もとに注意して魔法陣のなかを進んでく。 ぬかるんでる箇所や山盛りのザラメ、異彩を放つパクチーに燃え盛るアロマキャンドル。 ヒバナを連れているとすべてが罠のように思えてくる。 だとしたら仕かけたのは僕だけど。 足もとに注意を向けると、ことさらに見直すまでもなく、不恰好に白線で描かれた円を魔
第壱回『雲云なす意図。』♯10-1:魔法陣あるある。 † 「――はぁい、ではっ。不可思議なレファレンスをはじめさせていただきますっ。担当のミサキです。よろしくお願いしまーすっ」 元気よくいってみましょう。 「なんかはじまったぁ」 急な僕のテンションの可変っぷりに少々驚きを見せたが、すぐに平埜さんは僕のテンションにツラれた。 たのしそうに拍手をしてくる。 「そう、だね……」 平埜さんと反対に、㐂嵜さんはグッと身構え表情を険しくした。 ふたりの